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「トーゴ!」
名前を呼ばれて振り返ると、ラフィーネが笑顔で近付いて来た。
走ってはいけません、と怒られるかどうかのギリギリの速さでやって来たラフィーネのすぐ後ろには、護衛の騎士団長がまだ付いていた。
「よう、ラフィーネ。走ると怒られるぞ」
「ちょっと速く歩いているだけ。歩いているだけなんだから、怒られないわよ」
「はいはい。で、どうした?」
「あのね、家のことがちょっと片付きそうなの。うちの父と兄は、不正が見つかって拘束されているわ」
「あー、それはまた……まぁ、がんばれ?」
「私は何にもがんばらないわよ。陛下の決定に粛々と従うだけよ。私自身はもう何年も家から離れて暮らしていたから、そこまでリンゼイル伯爵家に執着があるわけでもないしね。私の身分は、このまま陛下が保障してくださるそうだから、ずっと皇宮で働いていられるし」
「そうか」
ラフィーネ、それはお前のすぐ後ろにいる人物次第だと思うぞ。
トーゴの心の声に、ラフィーネは気が付いていない。
本当に気が付いていないのか、さらっと無視をしているのかは知らないが、ラフィーネの将来に騎士団長が関わってくるだろうことは、誰にでも簡単に予想出来る。
「だが、よかったな。家から解放されて」
「えぇ。実は兄がここに来て面倒くさい感じで絡まれていた時に、騎士の方が拘束しに来てくれたの。あの時の兄は、きっとまたろくでもないことを考えていそうだったから、実行に移される前に拘束されてよかったわ」
トーゴは、ほっとした表情のラフィーネを見て何だかすごく頭ぽんぽんをしたくなった。だがそれをやると、確実に目の前の男性に睨まれるのでぐっと我慢して堪えた。
「……あの人とちょっと話をしただけで、とっても疲れたわ」
「あんまり気にするな。父と兄のことを、ラフィーネが無理に理解しようとする必要はない。とはいえ、一応は家族だからな。ちょっと時が経てば、またすぐに何かを言ってきそうだな」
「それ、本当に嫌。でも、絶対に言って来ると思うわ。あの人たち、誰が何と言おうとも、私のことを便利な道具だとしか思ってないもの。しかも、自分たちが自由に使える手駒としか見てないから」
「手駒か。その手駒にも自分の意思というものがあることを考えない人間は多いな」
「それ、本当に不思議よね。他家の方の意見は尊重するくせに、血の繋がりのある人は何も考えない人形だとでも思ってるのかしらね。普通に考えれば、意思のない人間なんていないのに」
「甘え、かな。家族という括りの中でしか生きていけないとでも思ってるんじゃないのか?はは、羨ましいな。ある意味、家族という存在を絶対的に信じることが出来るなんて」
「そうね。羨ましいわね。家族だから裏切らないって思えて。単純すぎるくらいだけど」
ラフィーネには、絶対に理解出来ない感覚だ。
男性二人も頷いていた。
「皇族の歴史なんて、血族同士の争いばかりだぞ」
「歴史が長い分、色々と表には出せない争いもあるだろうし。ところで、閣下、少し二人っきりで話せませんか?」
トーゴがヴァッシュに聞くと、ヴァッシュはラフィーネの方を見た。
ヴァッシュも一度はトーゴとしっかり話をしたかったのだが、今はラフィーネの護衛中だ。
最大の懸念事項であったラフィーネの父と兄が来ることはないだろうが、それでもひょっとしたら他の親族が来る可能性も排除出来ない。
「でしたら、私、リディアーヌたちと一緒にいます」
ちょうどリディアーヌが他の侍女と一緒に廊下を歩いていた。
「そうだな、リディアーヌ嬢が一緒なら大丈夫だろう。だが、もし変な言いがかりを付けられたら、俺の名前を出せ。それでも足りなければ陛下に伝えるとでも言えばいい。実際、ラフィーネ嬢のことは陛下に報告しなくてはいけないから」
「はい。出来ればそういう事態には遭いたくないですけど、どうしてもの場合は、ヴァッシュ様と陛下のお名前を使わせてもらいます」
そう言ってトーゴにも軽く別れの挨拶をすると、ラフィーネは小走りでリディアーヌたちに合流しに行った。
「……走るなって言ったのに。まぁ、ラフィーネらしいな」
さっき注意したばかりなのに、もう忘れて小走りで行ってしまったラフィーネにトーゴは軽く肩をすくめた。
「そうだな。で、俺も聞きたいことがあるんだが、お前はラフィーネ嬢のことが好きなのか?」
ラフィーネがいなくなったらすぐに単刀直入に聞いてきたヴァッシュに、トーゴは苦笑した。
お互い名前を呼び捨てにしていて、時々夕食も一緒に食べている誰から見ても親しい男ともなれば、そう思われても仕方がない。
そういう契約でもあったし、他人に関係を尋ねられた時も、特に否定はしなかった。
お互い、それで都合がよかった。
だが、ここはきちんと自分たちの関係を伝えておかないと、変な風に拗らせるかもしれない。
「友人ですよ、あくまでも。俺とラフィーネとオルフェは同級生ですから」
「だが、学生時代にそれほど交流はなかったようだが?」
「大人になれば色々と事情が変わりますので。ですが、俺たちの間にあるのは友情だけです」
「それを信じろと?」
「それを信じられないのでしたら、ラフィーネにこれ以上、近付くのは止めてください」
トーゴは真剣な顔でヴァッシュにそう告げた。
「……悪かった。つまらない嫉妬だ」
「ま、未だに他人行儀な呼び方しか出来ない男のつまらない嫉妬ということで流しますよ。ですが閣下、ラフィーネに、今まで周りにいなかった面白そうな女だから、程度の興味で近付いているのでしたら、この護衛期間が終了次第、すぐに離れてください」
「その程度の興味だったら、他の誰かを護衛に出している。俺自身が彼女のことを守りたかったから、譲らなかったんだ」
「本気だと?オルフェたちに煽られたとかではなく?」
「本気だ。他の誰かに言われたからとかでなく、俺がラフィーネ嬢に惚れたんだ。オルフェたちはそれを知って少々、先走りしたに過ぎない。皇族の数が極端に少ない今、少しでも増やしたいというオルフェたちの気持ちも分かるが、俺は彼女に惚れたんだ」
ラフィーネのことを思い浮かべたのか、ヴァッシュが優しく微笑んだのを見て、トーゴは肩の力を抜いた。
「ラフィーネがあなたに気があるとは、あまり思えないんですが?」
「そうだな。彼女は今、家のことで頭がいっぱいだろう。だから、まずは告白からだな」
「……え?告白、するんですか?トリアテール公爵閣下が?」
「当たり前だろう。惚れた女に自分から告白しないでどうする?」
「いや、色々と手を回して即婚約とか……」
「それをやったら彼女に嫌われるだろうが。ラフィーネ嬢とは、そんな簡単な仲で終わりたくないんだ。ラフィーネ嬢と一緒に行きたい場所も考えてある」
「えーっと、案外、ロマンチスト?」
「そう言われたのは初めてだ」
「婚約してから仲を深めるんじゃなくて、仲を深めてから婚約ですか」
「今は仕事として常に一緒にいられるが、さすがに護衛が終わったらお互いに色々と忙しい身だ。そうそう会えるものではない。婚約をしてその縛りがあるから大丈夫だなんて思っていたら、すぐにラフィーネ嬢に嫌われるだろう」
「でしょうね。婚約してから仕事を理由に約束を破りまくっていたら、すぐに嫌われます」
「騎士団長として陛下や国に何かあった場合は、ラフィーネ嬢との約束を破ってしまうこともあるかもしれない。だが、それが婚約しているのだから許されるなどと甘えるつもりはない。ラフィーネ嬢が俺と婚約してもいいと思えるまで、彼女に俺という人間を見てもらうしかない」
「絶対に彼女との約束を無意味に破らないでくださいね。ラフィーネは、理由さえきちんとあれば理解を示してくれますから」
「もちろんだ。なるべく約束をしたら果たすつもりではいる。ただ、絶対とは言い切れないのだがな」
皇帝の従兄弟で公爵で騎士団長ともなれば、国防の要として動かなければならないことは多い。
ラフィーネにも苦労と心配をかけてしまうだろう。
「正直に言うことですね。下手に隠すからラフィーネだって疑うことになるんです。その結果、ラフィーネはあなたを信用出来なくなる」
「ラフィーネ嬢を失いたくはない」
「全てはラフィーネ次第ですよ。何かあった場合、許すかどうかを決めるのはラフィーネだ」
「あぁ、分かっている」
「もし、これから先の人生でラフィーネが俺に本気で泣きついて来た場合、俺はラフィーネを逃がします。その結果、帝国がどうなるか分からなくなっても、俺はラフィーネの味方でいます」
「……その時は、頼む」
絶対に約束を破らない。
そんな風に言う口先だけ立派な人間より、よほど好感度が上がった。
トーゴが思っている以上に、この公爵はラフィーネのことをよく見ている。
「ラフィーネを、なるべく泣かさないようにお願いします」
頭を下げて、しっかりとした礼をしながらトーゴがそう言うと、ヴァッシュはちょっと驚いた顔をしたが、すぐに同じように一礼をしたのだった。




