㉗
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オルフェたちの企み、というか、皇家の問題は理解したが、だからと言ってラフィーネがそれに律儀に付き合うこともないので、ラフィーネは早々に聞かなかったことにした。
騎士団長様は臨時の護衛。
うん、それ以上は何もなし。
どうせ何か約束したところで絶対に反故にされるのだから、聞かない、言わない、聞いてない、この三点セットで乗り越えよう。
なのでラフィーネは、オルフェからヴァッシュのことを聞いた後も、今まで通りの態度を取り続けていた。
そして、ようやくラフィーネが待ち望んでいた人物がやってきた。
今までの人生の中で、こんなに早く兄に会いたいと思ったのは初めてのことだ。
きっとこれから先の人生では絶対にないだろう。
「ラフィーネ」
「どうかしたの?お兄様」
内容を知っているけれど、わざわざデリックに聞くのはちょっとした嫌がらせ兼情報収集だ。
どこまで、父と兄が理解しているのかを確認したかった。
すぐ後ろで睨みを利かせている方がいるのがちょっと問題ありかもしれないけれど、この威圧感のある男性に直接何かを言う度胸は兄にはない。
「いや、その、その方は?」
「護衛よ。今、侍女や女官に護衛が付いているの」
嘘だけど。それが嘘だと兄に教える人物はここにはいない。
「ご、護衛か」
「そうよ」
どうやら兄はこの男性が騎士団長だと気が付いていないようだ。
さすがに貴族であることは分かるだろうけれど、まさか妹の護衛に騎士団長が自ら就いているなんて、普通は思わないだろう。
兄はずっとフレストール王国に行っていたから、ヴァッシュ・トリアテール公爵の顔を知らないのだろう。じゃないと、さすがにアレコレ言い出していたと思うから。
というか、公爵がここにいるのだから、直接色々と訴えられるはずだ。
迫力ある護衛、で納得しているあたり、兄はこちらのことには疎くて弱い。
トリアテール公爵には賄賂が通用しないので、父からの行き先リストにも名前は載っていないと見た。
「その護衛にちょっと席を外してもらえ」
「無理よ」
「家族の一大事なんだ。家のことを他人に聞かせるわけには」
「皇帝陛下のご命令よ。それに、陛下は私たちの安全のためにわざわざ護衛を付けてくださったの。それなのに、お兄様の一存で陛下のご命令を破って護衛の方から離れて、その隙に私が怪我でもしたら、この方も陛下から叱責されるのよ?そうなった時、お兄様はどう責任を取るつもりなの?」
「な!家族なんだぞ!お前に怪我を負わせるわけないだろうが!」
「家族だから傷つけない?そんなわけないでしょう?お兄様、歴史は習ったの?親兄弟で傷つけ合うことなんてしょっちゅうあることじゃない。特に王侯貴族は、血の繋がりがあるからと言って、必ずしも安全には結びつかないわよ。家族としてどう関係を築き上げてきたかが重要でしょう?」
これくらい当たり前の常識でしょう?そんな風な目でラフィーネに見られたデリックは、動揺を隠せないでいた。
父と二人で話していた、ラフィーネをヌークス子爵の後妻にして子爵からお金を引っ張ってこようとしていた計画を見抜かれているのかと思ったくらいだ。
そんなわけはないのに。ラフィーネにはまだ何も言っていないのに。
だが、家のためだから、ラフィーネだって納得するはずだ。
そうでないと、俺たちは……。
「ラフィーネ嬢の言う通りだな。皇帝陛下のご命令を、伯爵家の嫡男が好き勝手に解釈していいものではない。たとえ家族だろうがラフィーネ嬢の安全には繋がらない。それに、たかが護衛が聞いたくらいで大事になるような話なら、早々に陛下にご相談しなければならないだろう。家の一大事ということは、帝国貴族であるリンゼイル伯爵家が危ういということになるからな。伯爵の責任問題にもなる」
その一大事を引き起こしたのが皇帝本人なのだが、ヴァッシュはしれっとそう言った。
帝国貴族、リンゼイル伯爵家、と言われてデリックは、今度は顔を青ざめさせた。
その皇帝陛下のご命令で始まった監査を止めさせるよう、ラフィーネを使ってどこかの高位貴族に働きかけるつもりだった。
それは目の前の二人が言う、皇帝陛下のご命令に逆らうことになる。
そのことに対して、リンゼイル伯爵はどう責任を取るのか。
デリックは、今更ながら今回の監査について相談に行った貴族たちの反応が鈍かった理由を理解した。
皇帝陛下のご命令だから、陛下に逆らうわけにはいかないから。
先帝陛下の時代とは違うのだということをようやく理解した。
皇宮から遠い場所にいたリンゼイル伯爵家では、もはやどうにもならないのだということに、やっと気が付いた。
ラフィーネがずっと前から知っていたことを、自分は知らなかった。
そう思ったら、ラフィーネに対して怒りが湧いてきた。
知っていたなら、ちゃんと家族に教えるものだろうが!
何のために皇宮にいると思っているんだ!
デリックは、ラフィーネがこれ以上家族に利用されたくなくて働きに出たことを知らなかった。
ラフィーネが、自分が出来る範囲で一番賃金と待遇が良かったから皇宮勤めを選んだだけで、家のためじゃないことを理解していなかった。
「それで、お兄様、一大事とは何ですか?」
「リンゼイル伯爵家の一大事とやらを聞かせてもらおうか」
くそっ!どうしてこんな妙に迫力のある護衛が意地悪な妹の護衛なんだ!
デリックは唇を噛み締めながら、二人を睨んだのだった。




