㉓
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トリアテール公爵がラフィーネの護衛に憑く……ではなくて、就くことは聞いてはいた。
が、何かすごく距離が近くないだろうか?
もうすでに狐に絆されたのかな?
というのが、トーゴから見たラフィーネとヴァッシュに関する最初の感想だった。
ラフィーネはこれでもきっと何とか距離を取ろうとしているのだろう。
けれど、生来のお人好し加減というか、世話焼きというか、ラフィーネの性格上、何だかんだと無視するようなことは出来ないだろうし、どうしても意識してしまうのだろう。
だから狐男子だと思っておけと言ったのに。
ヴァッシュの言葉に何だかんだときちんと対応しているラフィーネと、少々近めの距離感で彼女を護衛しているヴァッシュは、端から見ると親しい関係にしか見えない。
「……なぁ、オルフェ」
「ラフィーネってさ、すっごくいい人だよね」
一緒に遠くから二人の様子を見ていたオルフェが、すっごくいい笑顔をしていた。
思惑通りに事が進み過ぎて楽しいのだろう、きっと。
「……まぁ、いいけどな。だが、ラフィーネのトラウマは、お前たちが思っている以上だぞ。そこら辺は間違えるなよ」
「ヴァッシュ様も、何となく感じてはいるとは思うんだけど……」
「幼い頃から身内に見下されて育ってきているんだ。ちょっとしたことで、きっとすぐにラフィーネは諦めるぞ。諦めて、結局誰にも頼れないって自分自身を縛る。自分だけで出来る範囲でしか生きていかなくなる。他人のためになら必死になれるが、自分自身のことになると諦めて、それで終了だ」
「甘え下手というか、自分自身のことを知っているというか……」
「俺は契約という形を取ったが、さすがにトリアテール公爵相手では、そんなことは言い出せないだろう。もし下手に何かを約束するなんて言って、トリアテール公爵がそれを反故にしたら、たとえどんな理由があろうとも、二度とラフィーネはトリアテール公爵を信用しないだろう」
「やっぱり私との約束なんて破ってもいいと思っていたのね、って内心で思って、そこでバッサリ切ってしまうんだね」
「しかもラフィーネは、絶対にそれを口に出したりしない。あれだけ色々な話をするのに、一番肝心なことは何も言わないのがラフィーネだ。自分という存在を常にいない者として考えてるんだよなぁ」
「あぁ、分かる。リディの時に助けてくれたお礼を後から改めて言ったら、何で私にも言うの?っていう顔してた時があったから。あれって、僕がお礼を言うリストの中に自分が入ってるって思ってなかったからなんだね」
「二人っきりだとそうでもないが、少しでも人数が多いと、自分の姿が埋もれて見えなくなると無意識に思ってるようなんだ。集団の中で名前を呼んだら、多分、あいつ驚いて動揺するぞ。どうして見えてるの?、みたいな感じで」
「幽霊かな?それにしても、自己肯定感が低すぎない?」
「ぱっと見だと分からないけどな。キレた時は、全部ぱーっと捨てそうだよな」
「……しょせん視界にも入っていないその他大勢の一人だから、私が何か捨てたところで何の影響もないよね、って感じかな」
「それが自分自身でもおかしくない。しかもラフィーネは、自分のことはこっちが追求しないと詳しく言わないからな」
「……はぁ、何かヴァッシュ様も苦労しそうな気がする」
「あぁ、強い信頼を得ないと、ちょっとしたことで気付かれないように心を閉ざすぞ」
「そうだね」
今のところ、何とか上手くいっているような感じのする二人の姿を見ながら、トーゴとオルフェはため息を吐いた。
「これに、元凶の父や兄が絡んでくるのか……」
「うわぁ、嫌だなぁ」
血縁というだけで完全に見捨てられていないラフィーネだが、彼らをかばうことはないだろう。
「……なぁ、オルフェ」
「だめ。トーゴの国にラフィーネはあげない」
「おいおい、そういうのは本人が決めるもんだろう?」
「だとしても、絶対にあげない。皇妃様やリディも使って全力で引き止めるよ」
最後の手段として、新しい場所で一からやり直すという名目でラフィーネをセオリツ国に連れて行くことを提案しようとしたら、言う前にオルフェに阻止された。
「はぁ、仕方ない。ラフィーネも、これだけ自分が周囲の人間から必要とされてるって理解してくれるといいんだがな……」
幼い頃に植え付けられた価値観を翻すのは難しい。
まして、それをしていたのは実の父と兄だ。
口でいくら言っても、そこに信頼がなければ信用してもらえない。
「難しいな……」
トーゴの呟いた言葉に、オルフェも深く頷いていたのだった。