㉑
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リンゼイル伯爵邸を今現在、支配しているのは監査に入った文官たちだった。
最初に近衛と一緒に来た文官が中心となって、いつもはリンゼイル伯爵が座っている執務室を占拠して書類の確認をしているようだった。
というのも、リンゼイル伯爵自身は執務室へ入るのを禁じられていて、今は応接室にデリックと一緒に閉じ込められていた。
自分の部屋に帰ることも許されていない。
部屋から出る時は騎士が常に付いて回り、一人になることがない。
伯爵は、当然、抗議した。
「なぜ、私たちがこの部屋に閉じ込められなくてはいけないのだ!」
「まだ、どの書類がどこにあるのか把握出来ていませんので。万が一、何かしらの物を処分されると、こちらとしても大変面倒くさい……ではなくて、困りますので。一応、先に言っておきますが、監査の妨害をした場合や、必要な書類等を処分した場合は犯罪となります。それから、苦情の宛先は陛下でいいそうですので、文句は全て陛下へどうぞ」
「陛下は、我らのことを疑っているのか!」
「疑う?そう思われることをしていると自白したと見なしますがよろしいですか?」
「ち、違う、そうではなくて」
「でしたら、大人しくしていてください」
文官はスパッとそう言うと、容赦なくリンゼイル伯爵たちを応接室に閉じ込めた。
先ほど入ってきた執事に聞いたが、使用人たちも個々に呼ばれて質問をされているのだそうだ。
「父上」
小声でデリックに話しかけられたので、伯爵も小声で返事をした。
部屋の扉近くに騎士が一人いるが、これくらいの声なら彼までは届かない。
「……私は何もしていない。だから、監査もすぐに終わるだろう。だが、監査のことは、皇宮内ではそれなりに噂になったはずだ。ラフィーネ、あの馬鹿娘め。情報を手に入れたのなら、なぜ早くこちらに知らせなかったのだ」
「そうですね。ラフィーネが先に知らせてくれていれば、もっと対処のしようがあったのに」
これでは、ラフィーネを皇宮で働かせている意味がない。
いち早く情報を収集して、父や兄の役に立てるようにすぐに知らせるのがあの娘の役目の一つだ。
ラフィーネが役に立てる数少ない機会なのだから、家のためにもすぐに知らせを送るべきだったのだ。
「……デリック」
「はい」
「私はさすがに動けん。だが、お前はつい先日までフレストール王国に留学していた身だ。今回の監査には何も関わりがないと主張して外に出ろ。その足で皇都に行き、誰でもいいから高官の方に繋ぎを取ってこんな馬鹿げたことは止めさせるようにお願いしてこい。伯爵家の嫡男なら、貴族院の誰かは会ってくれる。それとラフィーネが知らせてこなかったことが悪いんだから、あいつを好きに使ってかまわん。どんな手段を使ってでも止めさせろ」
「父上、それは……」
「ふん、どうせ婚約破棄や結婚式に相手を寝取られるような女だ。どうせ行く先も後妻でしかないし、私たちのためにラフィーネを使えばいい」
「分かりました。家のためなら、仕方ないですね」
「あぁ、そうだ」
デリックが少し青ざめた顔色をしているのをちらりと見てから、リンゼイル伯爵は窓の外を見た。
デリックはまだまだだ。
確かにこんな時に急に監査が入るとは思っていなかったが、貴族院から何か言われれば、いくら皇帝とはいえ、何かしらの配慮は見せるだろう。
後、一月もすればフレストール王国の女王がこの国にやってくる。
そのための準備で皇宮内はバタついていると聞いていた。
そんな時期に監査をやるなんて、想像もしていなかった。
「ふん、どこかからの抗議で、陛下も少しは大人しくしてくれるといいのだが……」
ぼそっと愚痴を言ったリンゼイル伯爵は、ユージーンが今だからこそ監査を入れたとは思っていなかった。
女王の来訪のための準備で皇宮が忙しいと思われている今、油断して普段は地の底でこそこそしているような者たちが、ちょっとだけ顔を出しているのをまとめて刈り取りたいというユージーンの思惑があった。
リンゼイル伯爵自身も、多少、危ない取引きに手を出したくて、その資金のためにラフィーネを売り払おうとしていたところだった。
同じ家に三度も娘を差し出そうとしているのを皇帝が知ったらうるさく言われるかもしれないと思い、この忙しい時を選んだのだ。
女王の相手で忙しければ、たかが侍女の一人が辞めたくらいのことなど気が付かないと思っていたのだ。
ここのところ皇宮内が忙しかったのは、女王の来訪前にユージーンが各家に監査を入れたかったのでさっさと準備を終わらせるためだったのだが、中央の情報が薄いリンゼイル伯爵はそのことに気が付かなかった。
「……はぁ……」
世の中、どうしてこうも自分の思う通りにいかないのだろう。
怒りにまかせて大声を出したいが、騎士が見ている前ではそんなことも出来ない。
精々、こうしてため息を吐くくらいだ。
「デリック、私が今から監査の者と話を付けてくる。お前はもう少し大人しくここで待っていろ」
「はい。許可が出たら、すぐに皇宮に向かいます」
「あぁ、そうしてくれ」
リンゼイル伯爵は監査の文官と交渉するために、騎士に話しかけたのだった。
ちなみに監査の文官は、宰相補佐室でノアとオルフェにいつも付き合わされている先輩です。
やる時はやる男なので、内心では、
『ここが俺ってことは、陛下、徹底的にリンゼイル伯爵家を潰せってことですかー?」
と思ってお仕事をしております。