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後宮内の部屋の確認をしたラフィーネは、問題がなかったことを女官長のシャリアーナに報告した。
「ご苦労様でした、ラフィーネ」
女官長というと厳しい女性のイメージだったのだが、シャリアーナは優しそうな顔立ちをした女性だ。
けれど、女官長に選ばれるくらいだからしっかりしており、時にはちょっぴり腹黒いことも言ってくる。
かつては女性皇族の政務を手伝う女官も、後宮内のことや身の回りの世話をする侍女の数も多かったので、女官長と侍女長が存在していた。
今は皇族が少なくなり、後宮で暮らしているのも皇帝と皇妃だけになったので、女官長がその二つの部署をまとめて管理している。
「そうそう、今更だけれど、リディアーヌの時はあなたが騎士団長を呼んでくれて助かりました」
「う……は、はい」
騎士団長と聞いて思わず言葉が詰まったのを聞き逃してくれるシャリアーナではない。
「騎士団長と何かありましたか?」
「いえ!何もありません!」
慌てて否定したのだが、シャリアーナは疑いの眼差しを向けてきた。
「あの、本当に何もないんです。ただ、ちょっと……」
「ちょっと?」
「今まで会った男性の中で、一番、真面目そうだったので……」
こんな真面目そうな顔をしていても、きっと約束は破るのよねぇ、という偏見の目で見てしまって、あまりお近づきにはなりたくない、と勝手に思ってしまったのだ。
そして、後悔しただけだ。
実際の騎士団長の為人を全くしらないのに、ラフィーネの経験からくる思い込みで偏見の目で見て申し訳ありません、と心の中で謝り倒したばかりなので、急に騎士団長とか言われると意識してしまう。
「実際、真面目な方ですから」
「見張りや護衛をしている騎士たちは見慣れていたんですけど、騎士団長様と接触したのは初めてだったので」
「だからと言って、そんなにびくつくことはないでしょう?」
「私が慣れていないだけなんです。だから、何でもありません!」
「そう?もしかして、真面目な方が苦手なの?」
シャリアーナにそう聞かれて、ラフィーネは取りあえず頷いておいた。その方が話が早く終わりそうだし。
ラフィーネとしては、これから先、騎士団長にあまり関わることなく生きられればそれでいい。
「あなたは真面目そうな人の方が好きだと思っていたけれど、軽薄な感じの男性の方がいいの?」
「いえ、そんなことは……」
ラフィーネは、そんなことはない、と言おうとしたのだが急に、あれ?ひょっとしてそれって有りなんじゃないの、と思ってしまった。
軽薄な男性ということは、最初から信用しなくていい相手だ。
その言動も行動も、全ては嘘。
約束だって最初から守る気がないのだから、相手の話を聞いていなくてもいいし、期待なんて一切しなくていい。
だとしたら、それはそれで有りなのでは?
本当は、真面目な人の方がいい。
誠実で浮気なんてしない人の方がいいに決まっている。
でもラフィーネの場合は、どんな男性であろうと約束を守ってもらえないという謎のハンデがある。
相手が真面目で他の誰かとの約束は必ず守るような人だったら、ラフィーネとの約束も守ってもらえるんじゃないかと期待してしまう。
期待した分、裏切られた時のショックはきっと大きい。
たとえたった一度だけ、それも何らかの事情があってラフィーネとの約束を破ってしまったのだとしても、きっともうそれ以降、ラフィーネは彼を信じられないだろうし、諦めて自分からは約束なんて二度としない。
極端だと自分でも思うけれど、裏切られ続けたラフィーネの心には大きな傷が残ってしまっている。
出来ない可能性があるのなら、約束なんてしてほしくない。
たかが一度くらい、と思われるかもしれないが、ラフィーネにとっては、その一度が重要なのだ。
その点、軽薄な男性なら、ものすごく楽なのではないだろうか。
「……ラフィーネ?」
シャリアーナが動きが止まってしまったラフィーネを心配そうに呼んだが、自分の考えに没頭したラフィーネの耳には届かなかった。
そもそも今のラフィーネには結婚願望がない。何なら、このまま仕事に生涯を捧げる気でいる。
皇宮の侍女という仕事は、衣食住は保証されているし、給料だってそれなりにいい。
皇族を支えるという貴族の体面やら誇りやらも守れているし、やりがいだってある。
後輩たちも可愛いので、その恋愛模様を眺めて楽しんでいたりもする。
ただ、いつの時代も結婚していないことでうるさく言う人たちはいるので、そいつらを黙らせる方法は必要だ。
それなりの年齢になるまでは、お付き合いしてますよ、的な状態の人を確保しておいておけば、外野を黙らせることが出来るはずだ。
相手も結婚願望はないだろうから、適当な付き合いで済ませることだって出来る。
別れるのだって簡単そうだ。
そうなると軽薄な男性というのは、ものすごく都合が良い人に思えてきた。
などとつらつらと言い訳を並べてみたが、正直、最近ラフィーネの周りが甘々になってきたので、ちょっと羨ましくなったのだ。
彼氏というほどではなくても、たまに時間が合えば食事をする程度の付き合いが出来る、ほど良い距離感のある男性が一人くらいはほしくなった。
「声は聞こえていますか?ラフィーネ」
「え?あ、申し訳ありません。聞こえています」
「本当にどうしたの?ラフィーネ」
「シャリアーナ様、ありがとうございます!おかげで考えが纏まって、これから先の道が見えました!」
「そう?何のことか分からないけれど、先の道が見えたのならよかったわね」
「はい」
シャリアーナには意味が分からないお礼の言葉だったが、ラフィーネが先のことを考え始めたのはいい傾向のような気がした。
もし詳細な内容を知っていたのならば、絶対に止めていただろう。
そもそもシャリアーナは、「軽薄そうな男」と言っただけで「軽薄な男」とは言っていない。
軽薄そうに見えても、中身が全く違うということだってある。
けれど、シャリアーナの言葉に天啓のようなものを感じたラフィーネは、そういう男性を見つけようという気になっていた。
唯一怖いことは変な執着を持たれることだが、そこだけ気を付けていればお互いに気楽な関係を築ける最高の相手が見つかるかもしれない。
ラフィーネのどこか吹っ切れたような顔に、シャリアーナは妙な心配が湧いてきたのだった。