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「まぁ、トリアテール公爵なら護衛としてはいいんじゃないか?腕力も権力も持ってるし」
「……そういう問題じゃないもの……」
ぷいっとそっぽを向いたラフィーネに、トーゴは少し考えてから口を開いた。
「ひょっとして苦手なのか?」
「……うん……」
「何かされたのか?」
「ううん、されてないわ。むしろ私の要請でリディアーヌを助けてくれたんだから、感謝しかないわね」
「でも、苦手なんだろう?」
「……そうなの」
下の方に視線を向けたまま言うラフィーネに、トーゴとオルフェは目を見合わせた。
このラフィーネの態度を、どう考えるべきか。
自己申告通り、騎士団長に苦手意識はあるのだろう。
けれど、嫌っているとかそういうことではないと思う。
トーゴが熱血系の人間を苦手にしているように、ラフィーネは騎士団長みたいな人が苦手なのだろう。
トーゴも騎士団長に会ったことはあるが、間違っても女性に何か強要するような人物ではなかった。
どちらかというと真面目な感じで、女性受けの良さそうな人物だった。
「ラフィーネ、ヴァッシュ様が傍にいることで恐怖を感じるようなら、護衛を代わってもらうように僕から提案するよ。ラフィーネが精神的にきつくなっちゃうのは本意じゃないし」
オルフェがそう言うと、ラフィーネがようやく目を合わせた。
「……ごめんなさい。これ以上は私のわがままになっちゃうわね。困らせたいわけじゃないし、騎士団長様が苦手なのは、個人的な思い込みが入っているからだもの。私が悪いわ」
「思い込み?」
「えぇ。オルフェにはあまり詳しく言ってなかったけど、昼間にフェレメレン様がおっしゃっていた通り、うちの父と兄は基本的に私のことを困った時に売り払える外見だけしか用のない人形みたいなものだと思ってるのよ。自分たちの都合のよいようにお金持ちに売り払える人形とどんな約束をしようが、反故にしていいものだと無意識のうちに認識してるみたいで、あの人たちは私としたどんな些細な約束でもけっして守ってくれないの。今まで私の周りにはそういう男性が多くて……。初めて騎士団長様を見た時、こんな真面目そうな顔をしていても、私と何か約束したらすぐに破るんだろうな、って思ったら、苦手意識を持っちゃって……」
「ここで僕が、ヴァッシュ様はそんな人じゃない!って力説したところで、ラフィーネの不信感は拭えないよね」
「ごめんなさい、オルフェ。分かってはいるんだけど、一度芽生えた種はなかなか消えなくて。本当に騎士団長様が悪いわけじゃないの」
ラフィーネがすごくしょんぼりした顔で謝ったので、オルフェも軽くため息を吐いた。
「それにしても、ラフィーネの父と兄は何を見てるんだ?ラフィーネは、陛下にも認められるくらいに優秀な人間なのに。最初の婚約と結婚も借金の形だったみたいだし」
「大切なのは自分と後継ぎだけだから。そういう父に育てられた兄も同じ考えなのよね。あの人たち、私が皇宮でどんな仕事をしていて、いくら給料をもらっているとか、全然知らないと思うわよ。知っていたら、家にお金を入れろって言われてたわね」
皇宮で侍女をしているラフィーネの給料はけっこういい方だ。
ラフィーネは、いつ家から追い出されてもいいようにそれらをちゃんと貯めている。
以前、家で父がラフィーネに向かって、仕事といっても楽なことしかしていないだろう、と言っていたので、侍女の仕事がどんなものかを全く理解していなかった。もし皇宮内でそんなことを言おうものなら、各所からものすごく怒られたことだろう。
ラフィーネは、最悪の場合、無知でまともに領地経営が出来ていない父や兄のことを皇帝に告げ口して縁を切るしかないと思っていたが、まさか皇帝の方が先に動くとは思っていなかった。
「本当に名ばかりの伯爵家だな。ラフィーネ、お金に困ったらまずは俺たちに相談しろ。俺もオルフェも伝手は色々と持っているから、何とでもなる」
「そうそう。爵位関係はノア様や陛下に任せておけばいいんだから、お金の問題だったら僕たちで何とかするよ」
「……ありがとう。二人のことは学生時代から見てたから知ってるし、あんまり不信感を抱かないんだけどねー」
「ラフィーネ、これからトリアテール公爵が護衛になるとしたら、横に並ぶか、一歩下がって付いてくるかになるが、どっちがいい?」
トーゴに言われて想像してみたが、そもそも護衛の騎士とはいえ、公爵という地位にいる方が侍女の後ろに付いている構図は大丈夫なのだろうか?
「……後ろは怖いから却下」
「じゃあ、横並び」
「う、横からの圧がすごそう」
「話しかけられたら返答出来るか?」
「ちょっと戸惑う可能性はあるけど、他国の重鎮の方と一緒だと思えばいけるわ」
「自国の重鎮なんだけどねー」
真面目に答えたラフィーネを、オルフェがくすりと笑ってそうからかった。
「オルフェ、トリアテール公爵が護衛に付くとしたら、期間はどれくらいになるんだ?」
「えーっと、多分、十日ほどかな。ある程度はこっちでも調べてあるから、後は家捜しとかした後にぱぱっと陛下が勅令を出して終了予定。ラフィーネに接触してくるとしたら家捜しの前後だと思うから、少なくともその間は護衛を付ける。必要なら延長もするよ」
「だそうだ、ラフィーネ。仕事中にトリアテール公爵が隣にいるのは、狐でも憑いているようなもんだと思っておけ」
「やだ、すっごく存在感のある狐じゃない」
「いいか、ラフィーネ。相手は狐だ。つまり人間じゃない。ラフィーネが苦手なのは人間の男であって、狐男子じゃない」
「ちょっと強引すぎない?」
トーゴの結論というか、躱し方が斜め上から過ぎる。
狐男子って……!いや、でも、立派な黒狐の護衛とでも思えば……。
「……ちょっともふもふ感が足りないわ」
「トリアテール公爵に狐耳でも着けてもらうか」
「何それ可愛い。今度何かのイベントの時にでも私が付けたいわよ。尻尾もほしいわね。でも、そうね、人間の男だと思うから私の心を抉ってくるのよね。なら、動物が傍にいるとでも思えばいいのね!」
トーゴの強引さに何故かラフィーネが共感している姿を見て、オルフェがぼそりと
「……ヴァッシュ様は狐というより、黒狼なんじゃない?」
と言ったのだが、ラフィーネの耳に届くことはなかった。