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王侯貴族や他国の人間に会う機会が多い侍女や女官には、礼儀作法が必須だ。それも一朝一夕ではなく、物心付いた頃から叩き込まれた礼儀が。
自国の人間ならまだしも、他国の王侯貴族が相手だと国際問題に発展する場合もある。
だからこそ侍女や女官には、貴族令嬢にしかなれないのだ。
「ラフィーネ嬢、君の仕事については問題ない。君の仕事っぷりはあの女官長でさえ褒めていたからね。陛下からも、しっかりとした後見さえ付ければ問題ないと言われているよ」
「本当ですか?」
「あぁ、今で言えば、女官のレティシア嬢もドロシーも実家といえるものはもうないが、女官として働いている」
「えっと、お二人の場合は、婚約者が……」
レティシアの婚約者は皇帝の側近の男性で、ドロシーの婚約者は目の前の宰相補佐だ。
「それなりに信用ある人物が後見人になってくれれば、別に婚約者じゃなくてもいい」
「はい!それ、僕じゃだめですか?」
ピシッと片手を上げて立候補したのは、オルフェだった。
「後見人になってもいいし、何ならうちに養女に来ますか?」
「同い年だけど、パパって呼んでやるわよ?」
「じゃあ、リディがママですね!」
「悪かったわ。ごめん」
オルフェをパパって呼ぶのは嫌がらせを込めて有りだけど、さすがに後輩のリディアーヌをママと呼ぶのはちょっと……。
すぐに謝ったラフィーネに、オルフェが何だかつまらなそうな顔をしたことは、見なかったことにした。
そんなにパパって呼んでほしかったのだろうか?
「オルフェのとこは最終手段だな。どの家に後見になってもらうかは、任せてくれたら選定するよ。決してラフィーネ嬢に不利にならないような家を選ぶ。約束するよ」
ノアが自分から口に出した約束を守らないとは思えないけれど、それでも約束と言われるとラフィーネの心が落ち着かない。それに、実家の状況次第ではどうとでもなりそうだし。
「……出来れば、書面でいただきたいです」
恐る恐るそう言ったラフィーネに、ノアはにこりと笑った。
「そういう慎重なところもいいね。口約束なんて後でいくらでも言い逃れ出来るから、書面をちゃんと用意しよう。そうだ、陛下のサインもいただいておこう。それなら安心出来るだろう?」
「もっと安心出来ないです!」
どこの世界に、たかが侍女との口約束を書面にした物に皇帝陛下のサインを求める人物がいるというのか。
……いたよ、目の前にそういうことを平気でする宰相補佐官様が。
「いやいやラフィーネ嬢、言っただろう?君は優秀な人材だって。陛下だってそういう人は手放したくないんだ。特に後宮に入って皇族の身の回りのことをする皇宮侍女は、信頼出来る人間が必要だ」
「……それなら、まぁ」
確かに皇族の私的な空間である後宮に入ることの出来る侍女は、信頼出来る人間じゃないと何をされるか分かったものじゃない。
かつての後宮は、そういうどろどろした争いの場でもあった。
そう考えれば皇帝陛下の署名をもらってもおかしくない、のかな?
ラフィーネがそんな風に考えていると、ノアが笑顔でさらに爆弾を落とした。
「それから、しばらくの間、君に護衛を付ける。焦ったリンゼイル伯爵が何をしてくるか分からないからね。伯爵自身はもちろん、伯爵が誰を味方に付けてやって来てもいいように、最上級の爵位を持つ方が護衛をしてくれることになったから。君とは何度か話をしたことがあるそうだから、喜んで引き受けてくれたよ」
「……は?」
言われた内容が全く理解出来なくて、ラフィーネはぽかんとした顔をした。
……ねぇ、待って。最上級の爵位を持つ方?
今は、皇帝の兄弟などに贈られる爵位である大公の地位を持つ方はいないから、そうなると侯爵……ではなくて、公爵。しかもラフィーネがちょっとでも話をしたことのある公爵って……。
「……まさか、騎士団長様……?」
恐る恐る聞いたラフィーネの問いかけの答えは、ノアのとても良い笑顔だった。




