⑭
読んでいただいてありがとうございます。風邪をひきました。蘇る去年の悪夢。中耳炎は……中耳炎は嫌。
またまた来た父からの手紙を、ラフィーネはつまんで空中でぷらぷらさせていた。
どうせ、兄が父に何か言ったのだろう。
あぁ、本当にあの二人はラフィーネのことなど考えてくれない。
分かっていたけれど、留学先で兄の性格が多少でも変わっていれば父も変わるかもしれないと淡い期待を持っていたのだが、帰って来た兄は、今まで以上に自分勝手になっている気がする。
自分たちが上の立場で威張れる場所では、他の人間の言うことなど耳の中を駆け抜けていくだけのようだ。
いつまでも放置しておくわけにはいかないので、ラフィーネは嫌々手紙を開けた。
「……はぁー……」
思った通り、叱責から始まったその手紙には、父の言うことを聞け、兄の言うことを聞け、否定するな、逆らうな、という意味の文章が長々と書かれていた。
書かれてあるからといって、ラフィーネが従う必要性は見いだせないのだけれど。
下の方にちょろっと、デリックが帰って来たから新しい事業を始める、と書かれていた。
「資金はどこから持ってくるつもりなのよ」
正直、小さな領地の収入ではそんなに大規模な事業は展開出来ない。
それに具体的にどんな事業をするつもりなのかが、全く書かれていないことにも不安を覚えた。
むしろ、不安しかない。
自分たちで勝手にやる分にはいいけれど、領民やラフィーネに迷惑をかけてほしくない。
「あー、もう、本当に最悪」
嘆いていても事態が良くなることはないので、ラフィーネは気合いを入れて返事を書き始めた。
まず、結婚については、お父様の紹介は信用出来ないので却下。
相手は自分で見つけます。
借金のために嫁がされるのはもうたくさんです。
もし強行しようとした場合は、周りにお父様とお兄様の借金のせいで嫁ぐことになります、と宣言します。
ちなみにお忘れかもしれませんが、私が働いているのは皇宮。それも侍女として。
皇帝陛下や皇妃様にもわりと会えます。
それから事業として、具体的に何をするのかを教えてほしい。
一生懸命働いている私と善良な領民に迷惑をかけないでよね。
いざとなれば、上の人に泣きつくわよ。
というのを色んな言葉に変換して、遠回しに伝わるように文章を書いた。
父と兄がこの文章から色々と読み取れるかどうか心配という新たな問題が発生したが、小さくても一応は領地持ちの貴族。
家柄だけは古い家の人間だ。
少なくとも、これくらいは手紙から読み取ってほしい。
翌日、書いた手紙を配達人に渡すと、ラフィーネは休憩室のイスに座ってため息を吐いた。
「……やだ、最近ため息ばっかり吐いてるわよねー、私。幸せが逃げちゃうわ」
大きな幸せにはとっくの昔に逃げられているかもしれないが、まだささやかな幸せだけは逃げていないと信じたい。
こっちも必死で生きているのだから、せめてそれくらいは残っていてほしい。
「ラフィーネさん、ため息で幸せが逃げて行くのなら、幸せごと思いっきり吸い込めばいいんですよ!」
ラフィーネの独り言を聞いたリディアーヌが、不意にそんな風に言った。
「ため息で幸せが逃げるのなら、今この場所には幸せが漂っているっていうことですよね。なら、吸い込みましょう」
「えー、そんな理屈あるー?ふふ、でも、そう考えた方がいいかも。ため息ばっかり吐いているより、深呼吸した方が落ち着くしね」
リディアーヌの無茶苦茶な理屈に笑いながら、ラフィーネはゆっくりと息を吸った。
たしかにため息を吐くよりは、深呼吸を何回かした方が心がすっきりした感じがする。
頭の中の整理も出来るし、何となく気合いも入る。
「あ、いたいた、ラフィーネ。ちょっと来てくれない?」
にこやかにラフィーネを呼んだのは、リディアーヌの恋人のオルフェだった。
オルフェは、休憩室の扉から中を覗き込んでいた。
「よ、呼び出されるようなことはしてないわよ?」
動揺で少々どもってしまった。
「うん、それは大丈夫。ラフィーネがどうこうとかじゃないから、多分」
「多分?多分なの?すごく怪しくて何か嫌」
しかめっ面をしたラフィーネに、オルフェは笑った。
「そんな顔をしちゃダメだよ。もしかしたら、ラフィーネにとっては良い話かもしれないし」
「そういうことを言うってことは、あんまりよろしくない話なのね?」
「ノア様が、ちょっとご家族について聞きたいんだって」
「思いっきりよろしくない話じゃない!あの二人を売れるのならリボンでも付けて売りたいけど、それをやると同時に私もリボンをかけられてどっかに行かされそうな感じがするわ。何?どうして、私?もしかして、陛下にどうやらお父様が借金していそうなことがばれたとか?」
「リンゼイル伯爵家の借金のことなら把握してあるから今更だね」
「……あ、そう。そしてやっぱり借金を作ってたのね」
そんな気はしていたけれど、やっぱりそうだった。
だとすると、ラフィーネの結婚話には、絶対にあんまりよろしくない裏話があることに間違いはなさそうだ。
「それにしてもよく貸してくれるところがあったわね」
通常なら落ちぶれた貴族にお金を貸す商人などいないはずだが、どこかから何かしかの圧力でもかかったのか、ラフィーネの父は順調に借金を重ねているようだ。
前回借りていたヌークス子爵は、息子さんとは色々とあったけれど、子爵本人は善良な方だ。
何せ息子の後始末としてリンゼイル伯爵家の借金を消してくれたのだから。
けれど、リンゼイル伯爵家が貧乏なのは昔から知られているし、父が投資下手なのも知られている。
そんな家によくお金を貸そうという人がいたものだ。
「その辺についても聞きたいそうだよ。リディ、女官長の許可はもらっているから、ラフィーネを連れていくね」
「はい。あの、オルフェ様……」
「大丈夫だよ」
リディアーヌがラフィーネを心配しているのは分かっている。
いざとなれば、ラフィーネだけはすくい上げるようにと皇帝陛下からも言われているから、ラフィーネ自身が今回のことでどうこうなることはない。
ちょっと伯爵令嬢から違う肩書きになるかもしれないだけだ。
オルフェは恋人を安心させるように微笑むと、嫌そうな顔をしているラフィーネを連れて休憩室から出て行った。