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読んでいただいてありがとうございます。「それは当たり前じゃないから」がシーモアさんだと8/25、他社さんだと9/15に発売されます。書き下ろしでトーゴも出ています。よろしくお願いします。
実家からの手紙でため息しか出て来ない数日を過ごしたら、また手紙が来た。
もうこのままゴミ箱に投げ入れてしまおうかと思ったのも仕方がない。
だが、読まなかったら読まなかったで、後々面倒事に発展しそうな雰囲気が手紙から漂っていたので、諦めて手紙を開けた。
「……ヤダ、お兄様が来るの?」
一人きりの部屋の中とはいえ、実の兄が来ることに嫌だという感情が思いっきり顔に出た。
しかし、何しに来るのだろう。
就職とか?
それはそっちで勝手にやってほしい。
生憎とコネも金もラフィーネにはない。
いくら皇宮で侍女として働いているといっても、基本的に接触するのは同僚とかだけなので、偉い人には会わないのだ。ちょっと後輩や最近仲良くなった女官の恋人がお偉いさんなだけで。
あと考えられるとしたら、父親が書いてきたラフィーネの結婚についてだ。
それこそ放っておいてほしい。
兄と父の借金のために、一度は結婚式を挙げかけたことだってあるのだ。
自分たちが作った借金なら、自分たちでどうにかすればいい。
どこかのお金持ちさんのヒモにでもなればいい。
やさぐれた思考でそんなことを考えながら仕事をしていたら、兄が指定した日になり、ほとんど死んだような顔をしてラフィーネは待ち合わせのカフェへとやってきた。
「ラフィーネ、こっちだ」
久しぶりに見た兄は、とても元気だった。
当然と言えば当然だ。
兄は自分の好きなことを好きなようにやってきたのだから。
ラフィーネが売られたお金で。
そのことを、この兄が知っているとは思えない。
知っていてこの笑顔なら、どういう神経をしているのか疑ってしまう。
「……お兄様、久しぶりね」
「俺はフレストール王国に行ったっきりだったからな」
「えぇ、そうね。一年だけって言っていたくせに、あれからもう何年経っていると思ってるの?」
「悪い、悪い。あっちでの生活が楽しくて。それに、あっちで恋人が出来てさ。離れるのが嫌だったんだ」
無邪気な兄を、ラフィーネは本気で殴りたくなった。
「さすがにこっちに戻って家を継がないといけないと思って、泣く泣く別れて帰ってきたんだ。傷心なんだよ、俺。というわけで、可愛い子がいたら紹介してくれ」
「嫌よ。自分で勝手に探せばいいでしょう」
友人を生贄にするなんてまっぴらごめんだ。
「おいおい、久しぶりなのに冷たいなぁ。あ、そういえば、聞いたぞ、お前まだ結婚してないらしいな。それに一度破談したって?我が妹ながら情けない」
ラフィーネを責めるような言い方に、ラフィーネは一瞬、意識が真っ白になった。
そして、内側からどす黒いどろどろとしたモノがゆっくり上がってくるのを感じた。
「……誰から聞いたの?」
「父上だ。それで、父上がどうせまともなところには嫁げないだろうからって、知り合いにお前のことをもらってくれるように頼んだそうだ。だから、今すぐ仕事を辞めて家に帰れ」
「はぁ?」
その知り合いって、絶対にお金を借りた先だよね?
まともなところに嫁げないって、誰のせいだと思ってるの?
「お断りよ。そんなの絶対に裏があるに決まっているもの。お兄様はその相手のことを自分で調べたの?」
「別に調べる必要なんてないだろう?父上の知り合いなんだし」
「ばっかじゃないの!!最悪だわ」
「おい、兄に向かってそんな言い方」
「馬鹿以外の言いようなんてないわよ。そもそもどうして私が嫁ぐことになったのか知って言ってるの?」
「父上に聞いたぞ。家のためだって」
「……は?」
家?家って何?家っていうか、兄の趣味留学と父の見栄のためじゃない。
それも同じ相手に二度も。
婚約破棄と結婚当日の裏切り。
そのおかげで借金がなくなっただけ。
「父上が一生懸命考えて嫁ぎ先を決めたっていうのに、お前が破談に追い込んだんだって?」
「……呆れた。へぇー、そんな風に言ってるのね。じゃあ、お兄様、そんな悪女的なことをした妹なんて忘れて、お父様と二人でこれから領地を盛り立てていけばいいじゃない。私のことは当てにしないで。もうこれ以上、お父様とお兄様に振り回されるのはごめんよ」
「ラフィーネ!当てにするなって、それはこちらのセリフだ!お前なんか、父上の縁がなければどこにも嫁になんていけないだろう!」
「いけなくてけっこうよ」
激高する兄に、ラフィーネは頭が痛くなってきた。
この人って、こんな性格だったっけ?
嫡男だから、父に甘やかされていたのは知っている。
ラフィーネには無理難題を強いるくせに、兄の言うことは何でも聞く父のおかげで好き勝手生きているのも。
でも、もう少し頭は良いと思っていたが、そうでもなさそうだ。
父の言うことを鵜呑みにしているあたり、貴族社会では生きるのが難しいだろう。周りに好き勝手やられて、ただでさえ潰れそうな家を完全に潰しそうだ。
「いい加減わがままをいうのは止めろ。その年齢まで働けているのも父上の温情なんだぞ。分かったら、さっさと」
「ラフィーネ?」
兄がうるさく何か言っている最中に、ラフィーネの名前を別の声が呼んだ。
さらっと現れて笑顔で立っていた男性を見て、ラフィーネはほっとした。
「まぁ、トーゴ」
「奇遇だね」
「えぇ、そうね」
「今夜、暇かな?よければ夕食を一緒にどうだい?」
「喜んで。あなたの連れて行ってくださるお店は美味しいから」
トーゴが思いっきり商人仕様の話し方をしている。いつもは、こんな少し甘ったるい声を出す人ではないのに。
兄を無視してラフィーネに話かけるトーゴと夕食の約束をしていたら、兄が怒り出した。
「何だ、お前は!」
「おや、失礼。彼女に対してずいぶんと高圧的な態度を取っていたから、借金取りか何かだと思ってしまったよ」
「一応、これでも兄よ。お兄様、こちらはセオリツ国からいらしている、トーゴ・ロクオン様よ。あまり無礼な態度は取らない方がいいわ」
「……セオリツ国の?」
「えぇ。そうよ」
「初めまして、ラフィーネの兄君。私はトーゴ・ロクオン。セオリツ国からこちらに来ています。今はこちらで商売をさせてもらっていますが、セオリツ国の全権大使のような存在だと思っていただければいいですよ」
「そ、それは……。ラフィーネの兄のデリック・リンゼイルです」
さすがに他国の人間の前で、ラフィーネを罵倒するわけにはいかなかった。
まして、セオリツ国の全権大使と名乗る男の前では。
「ラフィーネとは大変良い関係を築かせてもらっている仲なのですが、どうして彼女にそのような態度を?」
「そ、それは、こちらの家の問題なので、あなたには関係ないことだ」
「関係ない?ラフィーネ、そうなのかな?」
トーゴのきらりと光った瞳を見て、はっと思い出した。
そうだ、トーゴとは、契約を交わした仲だ。
お互いがちょっとした盾になる契約を!
今こそ、それを果たしてもらう時!
「関係なくないわ。だって、トーゴと私は(時々夕食を一緒に食べる)良い仲なんですもの」
当然ながら、兄に伝えない部分はある。
早く誤解して帰ってほしい。
「な!お前は嫁入り前だというのに!」
「お兄様にだって恋人がいたんでしょう?同じじゃない。しかも、お兄様がその恋人と別れて帰ってきたってことは、その方とは結婚前に付き合ってたのよね?それともまさか、人妻?」
「ち、違う!」
慌てて否定しているあたり、本当に人妻と付き合っていたのかもしれない。
「まぁまぁ、ラフィーネ。付き合い方は人それぞれだよ。場合によっては噂になるけれど。私たちには私たちの付き合い方というものがあるが、人によっては見たことに自分の想像を付け加えて勝手に判断するものだよ。それが正しいと信じてね」
「そうね。というわけで、お兄様、お父様には好きに言えばいいわよ」
今に関しては、想像を付け加えて父に報告すればいい。
実際には、最近ではラフィーネがトーゴに餌付けされているような関係だけれど、親しいことに変わりはない。
いつの間にか、オルフェを加えて学生時代から親しい三人組にされている程度には。
「それから、絶対にお父様の勧める結婚はしません、とも伝えておいてね」
もし力尽くで実行されそうになったら、権力者に泣きつこう。
目の前に権力者に繋がっていそうな友人もいることだし。
ラフィーネは、躊躇なんて絶対にしない、と心に決めたのだった。