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セオリツ国の神社、こちらで言う教会みたいなところで、おみくじというたくさんの紙の中から一枚だけ引く、神様からの言葉が書かれた用紙があるという。そこには、色々と種類はあるが、吉と凶という言葉があって、当然ながら吉は良くて凶は悪いのだと聞いたことがある。
きっと今日がその凶の日なのだと、ラフィーネは悟った。
じゃないと、どうしてトーゴ絡みの女性に言いたい放題言われた後、少々苦手にしている騎士団長様が目の前に現れるのだろう。
いや、苦手なのはラフィーネの過去のせいであって、彼のせいではない。
騎士団長は、ラフィーネとの約束を破り続けても平気な顔をしていた彼らではない。
大きく息を吸ってから、ラフィーネは意を決してヴァッシュに話しかけた。
「あの、私に何か用事でもあるのでしょうか?」
騎士団長は同時に公爵でもある。
皇帝ユージーンの従兄弟で、同じ色の髪をしている。
体格は騎士団長の方がいいが、かつてはユージーンの身代わりのようなことをしていたことがあると聞いている。
本来なら、彼が何かしゃべり出すまで黙っていなくてはいけないのだろうが、こっちにも仕事の都合というものがあるので、いつまでもだんまりでは困るのだ。
「……いや、すまない。少し噂を聞いたから」
「噂?どれのことでしょうか?もしかして、先ほどのことがもう噂に?」
全く隠れていなかったし、あの女性は全く周囲を気にしていない、というか、むしろラフィーネの悪口を嬉々として周囲に言いそうな雰囲気の人だったので、すでにもうやらかしたのだろうか。
「先ほど?それではないが……何かあったのか?」
「えーっと、少々、とある女性に絡まれまして」
「もしや部外者か?警備の者たちが見逃したのか?もし、そうなら……!」
怒るどころの騒ぎではない。ラフィーネが働いている場所は後宮やその周辺だ。そんな重要な場所に身元の分からないような者が侵入していたとなれば、話は大きくなる。
「ち、違います。きちんとした貴族令嬢でしたので、許可はお持ちだと思いますよ。それに会ったのは、表の庭園の方でしたので、問題はありません。そうではなくて、絡まれ方が、その、困った感じでして」
そこはしっかり否定しておかないと、警備の人たちの首が飛ぶ。物理的に。
そんな光景は見たくないので、ラフィーネは慌ててヴァッシュの腕を掴んだ。
腕を掴まれたヴァッシュは、その自分とは違うほっそりした指に見惚れた。
……あの時、この指は震えていた。
『後輩が危ないの!あなたと同じ騎士の人が嫌がる彼女に何をするのか分からないから、止めて!』
そう言いながら震えるその手でヴァッシュの腕を掴んで引っ張って行く彼女に、ヴァッシュはそのまま大人しくついて行った。
体格差もあるし、何より自分は騎士だ。ただの侍女である彼女の細い腕など、簡単に振り払える。
元々、その騎士が要注意人物であったこともあったが、そうでなくてもきっと彼女に連れて行かれるままになっていたと思う。
もしや、ヴァッシュのことを知らないのかと思ったが、その後、後輩に、騎士団長様がー、と言っていたので、ちゃんと認識していたようだ。
それでも後輩のために、震えながらも迷うことなくヴァッシュを捕まえた彼女に目を奪われたのは事実だ。
「困っていることがあるのなら、相談してくれ。俺でよければ力になる」
「えーっと、たぶん、大丈夫です。私絡みではなくて、トーゴ……友人絡みの話なので、あっちと相談しないと根本的な解決になりそうもないので」
「だが現に、ここで絡まれたのだろう?皇宮の警護は騎士団の仕事だ」
「今のところ害はないと思うので。その、もし何かあれば相談いたします」
精神的に少々疲労しただけだ。しかもその時にオルフェが乱入してきて、いつの間にか自分たちは学生時代からの友人になった。
本当に、どうしてこうなった?というやつだ。
「そうか。それで……」
「あ、団長、ここにいらしたんですね。陛下がお呼びですよ!」
ヴァッシュが何か言おうとした瞬間、ヴァッシュを探していたらしい部下に見つかった。
「……チッ、分かったすぐに行く」
しかも皇帝が呼んでいるとなれば、さすがに無視は出来ない。
「失礼する、ラフィーネ嬢。何かあればすぐに俺のところに来てくれ」
「は、はい。お心遣い、ありがとうございます」
さすがに命の危機とかではない限り、小さなことで騎士団長に相談する気になんてなれないが、もし彼女が刃物とか持ち出したら騎士団長のもとへ逃げ込もう。
それくらいなら、許してくれるだろう。純粋に刃物が怖いということもある。
去って行くヴァッシュにほっとしながら、ラフィーネはその日の仕事を終えて部屋へと戻った。
侍女の人数が少ない今は、一人一人に個室が与えられていて嬉しい。
ほっとして紅茶でも飲もうと思ったら、メイドが手紙を届けてくれた。
どんな手紙でも皇宮に届けられた手紙は、担当の人間に一度開封されて中身を確認されるので、当然ながら封は開いている。でも、その印はとても見慣れたもので、ラフィーネは本日何度目かのため息を吐いて手紙を読んだ。
「……最悪、今日はきっと大凶という日なのね……」
その手紙には、兄が帰って来た。お前ももういい年なので、そろそろ嫁に行くように、と書かれていたのだった。