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3 厳しい現実 自分に挑戦

楽しく喜びあふれる地上の遊楽園は

財産( 食べ物 )と嫁さん虫の獲得を巡って争う

厳しい生存争いの世界でもありました。

 東の空がほんのり白く明けてきました。

まだ暗い空の下、クヌギの青葉の上をオレンジ色の赤シジミが二匹、ふわふわ飛んでいます。

カブトマルは太いクヌギの(みき)に止まりました、

長く伸びた枝の下の、幹の()け目け目を見上げると、そこには早くも四匹のカブト虫と二匹のクワガタ虫が集まって輪になり、樹液(じゅえき)を飲んでいました。

カブト虫達は皆つやつやして(たくま)しく、大小二本の(つの)がそれは立派です。

クワガタ虫も皆つやつやして逞しく、がっしり伸びた(きば)が立派です。

カブトマルは足取りも軽く虫達の()に歩み寄り、一匹は入れるくらい空いているカブト虫とクワガタ虫の間にそっと入りました。

裂け目の樹液は真夜中に見た時よりも、たっぷりしっとり(にじ)んで皆静かに美味しそうに飲んでいます。

カブトマルも喜んで飲もうと樹液に顔を近づけた時、スッと隣のカブト虫の肩に()れてしまいました。

「ごめんなさい」と急いで顔をあげお()びを言った時には、もうギロリと(にら)まれていて、あっという間に長い角で一気にポーンと投げ飛ばされてしまったのでした。

カブトマルの目に天と地がひっくり返り、バサッと草の葉を大きくゆらしてズンッ、と地面に転がり落ちました。落ちた時、内臓(ないぞう)も目玉も吹っ飛んでしまうかと思うほど身体にビンッと(ひび)く痛みを受けましたが、幸いにも地面に落ち葉が重なってありましたので、どうにか怪我はなくてすみました。

けれど、輝いていた喜びと楽しさはペチャンコになって消え、胸に押し寄せふくらんだのは情けない淋しさでした。

誰の優しさもありません。

(いた)みをこらえ起き上がって乱れた羽を直しました。

クヨクヨしとれやん。前へ進むしかないんや。

自分にそぅ言って、しゃんと気を立て直して、ゆっくりした足取りで幹に登りました。

幹の傷口から、わずかにじんでいる液を見つけて飲み、飲みながら、もう決して飛ばされないよぅに足と腰の力を強くしょうと決めました。


 クヌギの長く伸びた枝の葉にコイチャコガネ虫が飛んできてとまり、その葉をパリパリ食べて穴を広げていきます。広がっていく穴をながめているうちに林の中がいつしか明るくなって、清々しい木立の中から緑色のイトトンボがスー、フラ、スーと、か弱げに飛んできて目の前をゆっくり、のんびり飛んで木立の緑に見えなくなりました。

その木立の奥の草の上を、オオムラサキが大股にふわーふわーとすべるよぅに飛んでいきました。

ふと、地面に目をやると、そこにはカマキリがじっとしているのでした。

まだねとるんやろか。

どの虫も一匹一匹が単独で、元気に自分らしく生きてるようでした。

カブトマルは傷口の樹液から離れると、ゴツゴツカサカサの固い幹を踏みしめて歩き、登っては下りてを何度も繰り返したのでした。

陽ざしがだんだん強くなって大地を焼き照らし、林の中も熱気で蒸し暑くなっています。

幹や枝で休んでいたカブト虫やクワガタ虫は、根元の落ち葉の下やら幹の隙間(すきま)にもぐっていきました。

カブトマルは汗をたらたら流して歩いていましたが、今日はこれでええと一息つきました。

びっしょりの汗は、かえって清々しく爽やかで心地良いのでした。

落ち葉の下の土はひんやりして気持ちがよく、もぐるとすぐに眠ってしまいました、


 次の夜、隣の緑青々した大きな森に飛んできたのでした。

夜が更けるといろいろな種類の虫達は眠りについて、森の中を遊び飛び回っているのはクワガタ虫とカブト虫だけになっていました。

虫達はより美味しくて樹液がたっぷり(にじ)む木と、嫁さん虫をさがし求めて木から木へ夏の夜を一晩中、元気に活動するのでした。

カブトマルが目の前の(かしわ)の木へ止まろうと飛んできました。

その柏の幹では、二匹のカブト虫が一匹の美しい娘虫と結婚するために樹液を独占(どくせん)しょうと(うば)い合う戦いをしていて、(こわ)そうなカブト虫が物凄(ものすご)(いきお)いのド迫力(はくりよく)で前にさげた角をブンブン振り回し、(あせ)るカブト虫を後ろへどんどん追い詰め長い角を胸の下に差し込みポーンと後方へ()ね飛ばしたのです。

飛ばされた虫は隣の木の根っこにゴンッと転げ落ち、地面で仰向(あおむ)けになりました。

虫は身体をなんとか元に戻そうと必死にもがいています。

カブトマルは自分が投げ飛ばされたようなショックを受け、幹に止まるとすぐにかけ下りて虫の元に行き、二本の足で助けおこしました。

「よいしょ」

「あぁぁいたたたた、ありがとう」

虫は痛みにゆがんだ顔を、恥ずかしそうにゆるませ言いました。

「あのド迫力には参ったわ」

「凄かったな、必死のド迫力には誰もかなわんに」

そう言って二匹が幹を見上げると、ド迫力の虫と娘虫が心配そうにこちらを見下ろしていました。

その顔を見て、虫とカブトマルの気持が幾分(いくぶん)(やわ)らぎました。

「負けは、やっぱり嬉しくない」

と、虫は苦笑いして、おとなしい声でスッパリ言いました。

「こうなったら僕も、ええ嫁さん見つけるで」

カブトマルが清々しい心意気に共感してうなづきました。

「いさぎよくて恰好いいです。お互いに良い嫁さん虫をさがそう」

虫が大きく、こっくりうなづきました。


 虫と別れて広くて深い森の中へ飛んでいくと、コナラの幹でカブト虫とクワガタ虫が後ろ足で立ち上がり、ガッチリ取り組んでいたのでしたが、カブト虫が角をふった瞬間身をかわされて、クワガタ虫が大牙(おおきば)でカブト虫の胴体(どうたい)をはさむと頭上へ持ち上げ木下へ放り投げたのです。

大抵はカブト虫が勝つのですが、たまにクワガタ虫が勝つこともあるのでした。

二匹はどちらも木を独占して嫁さん虫と結婚したかったのです。

地面でカブト虫は青い顔をグイとしかめて痛そうにしています。

カブトマルはコナラの幹に止まって虫の元へかけ下りました。

「身体、痛いやろな」

大牙で(はさ)まれた羽が(いた)んで、腹から血がでています。

カブトマルは古い落ち葉を集めて苦しそうな虫を休ませました。

「羽、やぶれとらへんやろか」

虫が心配そうにしました。

正直に伝えた方が良いのか、なんともないでと安心させてあげた方が良いのか、と迷いました。

「本当のことを言って欲しいです」

虫はカブトマルの目をじっと見つめて不安そうです。

「牙の先、当たったとこな、傷ついとる出で飛ぶとき、一度に遠くまで飛ばん方がええと思います」

虫の目から涙がどっとあふれました。

「ああもう健康な羽やない、元の美しい羽やない、あんな木、独占しょうて思わんだら良かった。いつ誰に奪われるかわからん木より、健康な羽の方がずっと大事やった」

と、わんわん泣きました。

「泣きたいときは泣いてもええけどな、泣かんでもええ、傷が治るまでの辛抱(しんぼう)や。(なお)ったら思い切り飛べるし、(きず)しとっても歩けるし動ける。目も鼻も頭も健康ですやろ」

虫は自分を思ってくれる温かい声に涙をこぼして耳をかたむけました。

「あのな、飛んでばかりおったら出来やんことありますやろ。飛ばんだら出来る楽しい事いっぱいあるし、治るまで、今までしたことのないことしたらええ、ほしたら新しい世界が広がって、発見があって才能が見つかるかもわからんしな。好きな事、ありますやろ」

虫は涙の目を見開いて、明るい目をしました。

「ほうやの……考えてみるで」

「僕も投げ飛ばされて(みじ)めになったで、誰にも投げられないよう足腰を強くするために、木を登ったり下りたり、毎日がんばっとるんや」

虫としばらく一緒に話をしました。

 激しい争いをする虫も、一匹一匹は良い虫なのでした。

林や森には、張り切っている虫や、傷ついた虫や、幸せそうなカップルや、飛び疲れてトロンとした虫や

いろいろな気持ちの虫達がいました。


 暗い夜が明けて、木立が明るくなりました。

あれから森の中を飛んで、がっしり太いクヌギの幹に休み、樹液がにじむ裂け目の裏側に回ると幹を()みしめて歩き始めたのでした。

足の(つめ)を幹に引っ掛けて登っては下りて、今日も汗びっしょりになって一歩一歩と登っている時でした。

どうしたら一気に強い力が出せるのかがわかったのです。

六本の足の爪を幹にグィッと引っ掛けて踏ん張ると、とても強い力が出るのです。もう、多少の力では押されても決してずり落ちたり、飛ばされたりしないと思いました。

自分の中の力、努力で新しい世界を見た喜び、この一つの小さな体験は、カブトマルの心に宝の光となって未来を豊に明るく照らしました。

けど、強くて乱暴な虫に出会ったら、また飛ばされるやろ。

もっと、ビクともせん虫になるために、踏ん張るけいこもしよう、と決めました。

小さい事も毎日積み重ねれば、いつか自分を根っこから転換(てんかん)する大きな力となって、見たこともない世界が開けると信じたからでした。

するとファイトがもりもり湧きました。

ほうや、長いこと休まんと飛ぶけいこもしょう。ほしたらもっと力がつく。

未来の雄々しい姿を描いてみて、すぐに踏ん張りを始めました。

 ふわーふわーと優雅な羽の青色が美しいオオムラサキが飛んできて、裏側の幹の裂け目に止まりました。

すると左右に広げた羽をギロッ、と見たカブト虫とクワガタ虫が、長い角と大牙をほとんど同時に思い切りふりました。

素早くも飛び上がったオオムラサキは

「やっぱりなー」

と、一言もらし、楽しさも自尊心も大いに損なって、泣きそうな顔をしてすべるよぅに草むらへ消えていきました。

愛も(なさ)けもない虫達の(まわ)りには、いつも悲しみが作られるのでした。

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