21 やぶ蚊と少年の家
森のスポーツ会は今夜、光男は朝一度、梨を一切れ持ってきましたが
遊びに忙しくてカブトマルをすかり忘れてしまいました。
光男は宿題帳をすませて、庭先でゆみ子と自分の本立てを作っているおじいさんの手仕事を見ていました。
木の板を長いのやら四角めやらと、ノコギリでゴシゴシと簡単そうに切っていきます。
光男が自分にもできそうに思えてきて
「僕も切りたい」
と言うと、おじいさんは光男の顔を見て手を休め、木と木の間に挟まったノコギリを手放してから、足と手でこう押さえて、自分の足まで切ってしまわんように危ないでこうしてと言いました。
光男は嬉しい気持ちで、ノコギリをにぎって引きました。
あれ?、押しても引いても、ビクとも動きません。
「やっぱり、おじいちゃんに代わるわ」
とノコギリを手放しました。
「もうちょっと大っきなったら、いくらでも上手に出来るようになるに」
と、おじいさんはゴシゴシ気持ちよく板を切ってカンナで板の淵に丸みをつけていきます。
見ていると、スイスイ進むので簡単そうにしか見えないのです。
そこへ遊び仲間の洋二とひろしと健太と次郎が来ました。
しばらくは皆で板を組み合わせて金槌でカンカンと釘を打つおじいさんの手仕事をながめていましたが、三年年生の次郎が板の切れはしを持って
「おじさん、これで箱作れるなぁ」
と言うと、おじいさんはにこやかな顔で
「できるな、鉛筆立にもなるし、ワンタをつけたら車にも電車にもなるわな」
皆も切れはしを持って組み合わせてみて楽しくおしゃべりしていましたが、そのうち
「おじいちゃん、遊びに行ってくるわ」
と、仲良くでかけていきました。
昼時には帰ってきましたが、お昼ご飯がすむと
「ひろちゃんのお兄さんも海へ行くて、六人でいくで」
と、海水パンツとタオルと、お母さんにたのんで洗ってもらったトマト六個袋に入れて元気よくでかけていきました。
広くて大きな海は、村外れの堤防の道を歩いて30分で行けるのでした。
眠りつづけたカブトマルが爽やかに目を覚ましました。
蓋の隙間から、かいま見える天井は明るく、身体中に力がみなぎって、スポーツ会と皆の顔を思い浮かべ、意欲満々で少年を待ちました。
けれど、なかなか現れません。
スポーツ会は今夜、気が気でなくなって落ち着かなくなりました。
ゴゥ、ゴゥと外からかすかに音が聞こえてきました。
おじいさんが鶏の餌用にと、乾燥してほぐしたとぅもろこしを石うすで粉にしているのでした。
あれからやぶ蚊のサスヨとカヤノは、洋二の家の庭を出て四方八方の家々の庭や道、空地で遊んでいる蚊といぅ蚊にたずねて飛んだのです。
「口元にホクロのある少年、このあたりで見かけやんへんだやろか」
昨晩は、家族でお月見しながら縁台に涼んでいる家やら、庭先で大人と子供が線香花火をしている家やら、白黒テレビの前に並んで大人と子供が笑っている家やら、子供が大人に絵本を読んでもらっている家やらと。
そして今日も二匹して、張り切ってあちこち疲れることも無く飛び回ったのでした。
洗濯物がきれいに干してある家やら、花がたくさん咲いて猫がのんびり歩いている家やら、子供がゴザの上でままごとしてる家やら、小屋で牛が草を食べている家やら、池に魚が泳いでる家やら、犬が小屋の前でポーとすわっている家やらと。
ようやく、ヤギ小屋のある家の庭の草むらで、ブン子というスマートな蚊が言いました。
「たしか、ほの道行って曲がった五軒目の家の、色の浅黒い坊主頭のかわいらしい少年ですやろ。私、一緒にいきますで」
ヤギがメエェェェェェと鳴きました。
サスヨとカヤノが喜んで、ブン子と一緒に広い道を光男の家へと飛びました。
「なんかこう、いつもより楽しいな」
「私もや、心があったかく燃えとる感じ」
と、カヤノがサスヨに言いました。
ブン子が言いました。
「知らん虫のために尽くすのって、心に愛があるからや。あなたらええ蚊や」
「あなたも優しいええ蚊や」
人通りの少ない広い道を三匹はにこにこと楽しく右に曲がりました。
女の人が自転車でスーーと来てスーーと行ってしまいました。
「この家やに。ここから入りましょか」
表玄関横の開いている窓から家の中に入りました。
三匹の蚊は部屋から部屋へ障子が開いている奥の部屋へ飛び、ふすまが開いている部屋へ飛び窓が開いている部屋へ飛んで行くと女の子が本を読んでいました。
他のガラス戸の部屋から部屋へ行くと台所でお母さんとおばあさんが夕飯の支度をしていましたがホクロの少年とカブト虫はみつからないのでした。
「戸が閉まった部屋もあるで、ホクロの少年を待ってましょか」
と、サスヨが言いました。
三匹は大きな飯台のある畳の食堂で、目立たないよう天井や柱、戸に散らばって止まりました。
そこへおばあさんが来て戸だなの一番下の引き出しを開けて、四角い箱から緑の渦巻を取り出し、豚の姿の入れ物に取り付けてマッチの火をつけました。
ほどなく線香の匂いと煙がモワーモワーと天井や柱にかかってきました。
「あかん、ここにおったら、生き苦して死んでしまうわ」
三匹は煙の無い隣の居間に避難しました。
安心したのもつかの間、さっきの匂いと煙がして線香を入れた蚊やり器を持ったおばあさんが居間にきました。
蚊三匹はギョッとして、慌ててガラス戸の開いている所から庭へ飛びだしました。
「困るなぁ、陽が暮れるやない」
「逃げやなしかたあらへん。死んだら約束守れやんで」
「まぁ、ちょと、ここで待っとろに」
蚊三匹は暗くなるまでにカブトマルに会わなあかんと違うやろかと落ち着かなくなって、そのあたりをブンブん飛んだり軒下の柱に止まったりしました。
おじいさんと光男がお風呂からあがり居間にきて、さっぱりした身体にユカタを着て、おばあさんに帯を結んでもらいました。
「あ、本立て、ええのがで来たなぁ」
光男は隅に置いてあった本立てを持って机のある部屋へいき、おばあさんとゆみ子がお風呂場へ入っていきました。
お母さんは飯台へお茶碗やお箸並べています。
どんなに待っても少年は来ません。
暗くなったら今日はもうこないやろ。
カブトマルはいらいら焦って身体も心臓も高鳴り、チャンスがあったのに失った自分のトロさに泣きそうになっていました。
もし、カブマサと二匹して約束の時間に行かなかったら皆は首を長くして待ち、がっかりして悲しむやろ。
予定も崩れてしまい、せっかくの楽しさがぶち壊しになってしまう。
皆の結ばれかけた友好と信頼を壊してしまう。
どうしても行かなければならないんや。
それを思うといても立ってもいられない、めちゃくちゃな気持ちになるのでした。
けれど、死んでも行く、と決めました。
どうか、どうか、来てほしい。
チャンスを与え、必ず行かせてくだい、ひたすら天に祈る気持ちで待ちました。




