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2 成虫の喜び 輝く未来

卵からかえって約一年間、幼虫時代を土の中でのんびり暮らして成虫になり、

広い地上で暮らすことになります。それはなにもかもが新鮮な驚きでいっぱいでした。

 のどかで平和な夏の夜空には、数しれない星が銀色にまたたいて、数しれない星の群れが白くけむって南から北へ川のように流れて見えるのでした。

 さつま(いも)の緑の葉が繁る畑の(すみ)の、こんもり盛り上がった土の中から、カブト虫のカブトマルが長い(つの)をだし、顔をだしました。

カブトマルは地上にはいあがるとあたりをながめて夜空を(あお)ぎました。

なんと広い空、大きい空。

広大な天空には星々がきらめいて、こんもり繁る暗い林の上に三日月が明るく浮かんでいます。

美しく明るい月、数ある星の王者のようや。

カブトマルは月に見とれながら二、三歩歩き、清々しい空気を胸いっぱい吸い込みました。

 ぁ、ほうやった。

脱皮(だっぴ)した時から気になっていた背中に力を入れてみました。

バタッ、バタッ、身体が少し浮き上がりました。

あれれ、とびっくりして飛びはね、力を込めてはばたくと空へ高く高く舞い上がったのです。

驚天動地(きょうてんどぅち)、目の前の風景が(さわ)やかに広がり喜びの未来が開けてきました。

飛べるんや、飛んどるんや。

嬉しく楽しく明るく一気に熱い感動がこみあげ、夢中になって畑の上を飛びました。

トマトと西瓜畑(すいかばたけ)を越え、清いせせらぎと待宵草(まつよいぐさ)の花群れを越えて青々した稲田の上を飛んでいました。

こんな日が来ようとは、土の中では夢にも思わないことでした。

けれど今や、大小二本の角と六本もの足があり、新天地を飛んでいるのでした。

稲田遠くには村里の家々の(あか)りが、いくつもほっかり見えます。


 カブトマルは目の前の、こんもり鬱蒼(うっそう)と繁る暗い林の中へ飛び込みました。

林の中は太い木、細い木が長く伸びた枝枝に青葉を生い繫らせ、木と木の間にも夏草が繁っています。

太い木の下で白シタバが三匹、()になってクルクル追いかけ合い飛び舞って遊んでいるのでした。

つる草のからむ木と(こけ)むした木の向こうから甘い匂がして、木立(こだち)をぬって飛んでいくと奥からカミキリ虫がブーンと飛んできて、すれ違っていきました。

甘いよい匂いは古いクヌギの幹からです。

カブトマルはクヌギの幹の周りを飛び回って幹の中ほどにバシッと止まりました。

近くに休んでいたベニスズメが音のショックで幹からパッと離れ、ふわふわ飛んで、すぐに元に戻りました。

カブトマルは、驚かしたのやと、ごめんな、と言いました。

ベニスズメは、ニコッとして頭を横にふりました。

ブーンと葉色のカナブンが、幹の裂け目から飛び立っていきました。

クヌギの幹は固く、()からびたようにゴツゴツ、カサカサしています。

そんな木肌の()け目から、糖が発酵(はっこう)して甘い匂いの樹液(じゅえき)がにじんでいるのでした。

裂け目の周りに集まっているミヤマカマキリもコクワガタも、ヨツボシケシキスイも、おとなしく静かに樹液を飲んでいるのでした。

 カブトマルも近づいて、裂け目の樹液をそっと飲んでみました。

ああ、なんと美味しいのや。

口の中になめらかに、まろやかなソフトな甘みが広がってとろけました。

腐葉土(ふようど)にくらべれば夢のような味です。

一口飲むたびに夢見心地になりました。

この地上はは幸福の遊楽園、素晴らしい所、これからどんな楽しい日がくるんやろ。

成虫になった喜びに、胸を温かくふくらませる嬉しい夜でした。




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