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生まれ転じて、花が咲く  作者: 舞々
第二章 再会…?
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再会…?①


 長かった冬が終わりを告げ春がやってきた。桜が一斉に咲き乱れ、温かい風が頬を撫でていく。

「これが高校の制服か……」

 渉は高校三年生になってようやく制服というものに袖を通すことができた。普段来ている礼服とは全く違って動きやすい。それに、なんとなく青春の香りがした。真っ新なブレザーを羽織り、赤いチェックのネクタイを締める。

「あ、ちょっと緩めに締めるのがかっこいいのか?」

 新学期が始まる前にSNSで色々なことを勉強しておいたのに、緊張してしまって全てが空回りしてしまいそうだ。それ程、渉は高校へ行くことが楽しみだったのだ。

 今日という日を平和に迎えるために、香夏子の買い物にも我慢して付き合ったし、規則正しい生活も心掛けた。そう、全てはこの日の為に……。


「参りましょう、坊ちゃん」

「うん」

 柴崎がそわそわしながら迎えに来る。本当ならば電車通学をしてみたかったのだけど、両親がそれを許すはずなどなく……柴崎が毎日送迎してくれることとなった。

「本当に大丈夫ですか? 坊ちゃん……」

 柴崎の声が心なしか震えている。

「渉坊ちゃん、どうかご無事にお戻りくださいませ」

「渉坊ちゃん。これがお弁当になります。きっと召し上がる頃には冷めてしまっているでしょうが……」

「渉坊ちゃん、不良に絡まれたすぐに先生に言うのですよ」

「どうか私共に、もう一度その愛らしい笑顔を見せてくださいね」

 見送る家政婦たちは皆涙を浮かべ、肩を震わせている。

 ――俺はこれから戦地に向かうわけじゃないんだけど……。

 大袈裟すぎる、と皆からの扱いに慣れている渉でさえも、呆気にとられるほどの盛大な見送りだった。

 あまりのも盛大な見送りに苦笑いしてしまう。

「大丈夫だから。じゃあ行ってきます」

 一体何人前の弁当なんだろう? というくらい大きな弁当箱を抱えて、渉は柴崎の運転する車へと乗り込んだのだった。


 さすがに馬鹿みたいに大きな高級車が正門の前に停まることに抵抗を感じた渉は、不満を爆発させる柴崎を宥め、少し離れた場所から歩いて学校へ向かった。

「おはよう!」

「あ、おはよう! 一緒に行こうよ」

 高校の周辺からは、元気な生徒達の声が聞こえてくる。皆とても活発そうで、キラキラと輝いて見えた。楽しそうに笑う声が響き渡り、仲良く校舎の中へと消えて行く。

 ――これが高校か……。

 急に怖くなって足が止まってしまう。そこには渉の知らない世界が広がっていた。あんなに楽しみにしていたのに、突然孤独を感じて俯いてしまう。足が思うように前へと進まなくなってしまった。

 皆はあんなに楽しそうにしているのに、自分には友達すらいない。一体どうやってこの輪の中に入っていけばいいのだろうか? そもそも、自分がここにいること自体が場違いなのだろうか……?

 楽しみにしていた高校生活の始まりに影が落ちてくるを感じる。

「やっぱり帰ろうかな」

 こんなにも世間知らずな自分が、この場所で友達を作って、楽しい高校生活を送ることなんて難しいことなのかもしれない。井の中の蛙大海を知らず……そんなことわざがふと頭を過った。

「駄目だ、怖い」

 拳を握り締めて唇をギュッと噛み締める。諦めて帰ろうと正門に背を向けた瞬間、強い春風が吹いて満開の桜の花びらが一斉に空へと舞い上がった。


「あれ? もしかして君、今日から来るっていう転校生かな?」

「……え?」

「あ、そうかも。見かけたことのない顔だもん。一人じゃ心細いだろう?」

 気さくに声をかけてきた青年を見て、ドクンと大きく渉の心臓が跳ねた。あまりにも勢いよく跳ねたものだから、止まってしまうのではないと不安になったくらいだ。

 恐る恐る顔を上げた視線の先には、端正な顔つきをした青年が立っている。身長は渉よりずっと高くて、何かスポーツをしていたのだろうか? 制服の上からでも逞しい体つきをしていることがわかる。綺麗な一重の瞳は優しく細められ、色素の薄いサラサラとした髪が春の日差しを受けて絹糸のように輝いていた。

「一緒に行こうか?」

 この耳障りのいい低くて甘い声だって忘れたことなんてない。渉が大好きな声だった。


 ――見つけた。

 渉の鼓動がトクントクンと速くなっていく。髪が逆立っていくような強烈な興奮を感じた。

 ――ようやく会えたんだ……。

 鼻の奥がツンとなって目の前が涙で滲んだ。


「仁……さん……?」

「え?」

「貴方は仁さんでしょう? 会いたかった、仁さん!」

 渉は無我夢中で目の前にいる青年に飛びついた。忘れることなんてない、もう何度も夢に見たのだ。

 毎日会いたいと思ったし、絶対に探し出してみせると心に誓ったのだ。でもまさか、こんなにも早く再会できるとは思っていなかった。

「仁さん、会いたかった……」

 全てが懐かしくて仕方がない。この逞しい胸板も、温もりも、匂いも……渉は嬉しくて思わず頬ずりをした。その瞬間、青年の体がビクンッと強張り、物凄い力で体を引き離されてしまった。

「あ、あの、多分君は人違いをしていると思うんだ」

「……人、違い……?」

「うん。僕の名前は仁じゃなくて正悟。西野正悟(にしのしょうご)だよ」

「西野、正悟……」

「そう。この学校で生徒会長をやってる。それから、君が在籍するクラスで学級委員もやってるんだ。よろしくね。君の名前は?」

「え?」

「君の名前が知りたいなって思って」

「あ、俺は桐谷渉」

「よし、桐谷君。これからよろしくね」

 目の前でニッコリ微笑むその姿は、どこをどう見ても仁そのものだ。それに抱きついた時に感じた温もりや匂いだって変わっていない。正悟と名乗った青年は、何から何まで仁にそっくりだ。

 渉の心の中にあった仁の面影が、バラバラと音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 呆然としている渉の耳に、遠くの方で始業を始める鐘の音が聞こえてくる。先程までたくさんいた生徒たちの姿はそこにはなく、すでに教室に行ってしまったのだろう。

「あ、ヤバイ! チャイムが鳴っちゃった。急ごう、桐谷君」

 笑顔で手招きをする正悟を見ると心がグチャグチャになって泣きたくなってしまう。仁の声で『宗一郎』と呼んでもらえないことが悲しくて仕方がない。

「あの人は仁さんの生まれ変わりなんだろうか……それとも、ただ似ているだけなんだろうか……」

 何が何だか意味がわからなくて混乱したまま、正悟の背中を無我夢中で追いかけた。




 

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