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第六章 疑惑と混乱のディナー


憧れの魔法師たちと会食することになってはしゃいでいたルルトアの前で

繰り広げられる疑惑と混乱のディナー、いざ開幕――――――――



 火の星マーディンを出発してから四時間後。約束の夜八時を迎えるころ、ルルトアは伯母たちと共に3号車の最上階フロアにあるレストランに到着した。

「……あ~~~、緊張するぅ……」

 移動する間中、胸に手を当てて深呼吸を繰り返していたルルトアをメディーレが笑う。

「大袈裟だな」

「だって! 相手はあのアカデミー所属の現役魔法師なんだよ」

「あー、はいはい」

「すっごい人たちなんだから!」

 メディーレやジャンカルロにとっては旅先でたまたま知り合った人と食卓を囲むだけのひと時だが、ルルトアにとってはそんな単純なことではない。憧れの映画スターよりも遠い存在と一緒に食事をするという、一生に一度あるかないかの特別な機会なのだ。

(どんな話が聞けちゃうんだろう……最新研究のこととか教えてくれるかなぁ)

 胸躍るとはまさにこのこと。

 浮かれるなというのが無理な話だ。

『ご合席のお客様はすでに店内でお待ちです。お席にご案内いたします』

 エレガントで落ち着いた雰囲気の店内はすでに満席のようで、大勢の客が晩餐を楽しんでいる。そんな中、ウェイターロボットに案内されて向かったのは壁際に位置する八人掛けの大きなテーブルだった。

「すみません、お待たせしてしまったでしょうか」

「いえ、我々も今来たところですから」

 一番奥の席にいた青年が、向かいの席に着いたメディーレとにこやかに挨拶を交わす。確かユリアンという名だった。伯母の小説を愛読していると話していて、ジャンカルロと二人でこの会食を決めた人だ。瞳の色と同じ濃紺のスーツがとてもよく似合っていて、思慮深そうな印象が強い。

 その隣、ルルトアの向かい側の席に座っているのがもう一人の年長者、テオドールだ。

「素敵なドレスですね。大変良くお似合いですよ」

「それはどうも。お世辞でも、お若い方にそう言っていただけるのは嬉しいものですね」

 実際、長い髪を一つに結い上げ、暗い赤紫色(バーガンディ)のドレスに身を包んでいるメディーレは普段とは別人のように貴婦人然とした装いだが、伯母は彼のお愛想をさらりと軽く受け流した。

(やっぱりこの人はちょっと軽い感じ……でもお洒落だなぁ。あのスーツきっとすごく高いやつだ)

 テオドールが身につけているのは高級素材と思しき上品な光沢のある深緑のスーツに白いベストを合わせた三つ揃えだ。メディーレと二人で並べば上流階級のサロンのようにも見える。とはいえ周りを見渡せば、同じようにドレスアップしている紳士淑女は少なくない。

(さすが一等室のお客さんたち。みんなお金持ちそう)

 ここは1号車の店ほどドレスコードが厳しいわけではないが、ディナードレスやスーツを着ている客が多く目についた。クリスとリュカもジャケットを羽織っているし、ジャンカルロが着ているのも格子柄のダブルスーツ。彼の一張羅だ。そしてルルトア自身も昼間着ていたパンツスタイルから、今はディナー用のワンピースに着替えていた。

(こういう格好慣れてないから余計に緊張する……)

 襟元にレース飾りをあしらったクリーム色のふわりとしたワンピースは自分のキャラと少し合わないような気もするが、可愛らしいので結構気に入っている。

(やっぱりこの服持ってきてよかった)

 式典などで目にするアカデミー所属の魔法師は、常にその象徴でもある純白のローブを纏っているが、やはり仕事上の様々な場面でこうした服装も必要なのだろう。年長者二人はもちろんのこと、まだ学生であるはずのクリスも意外とスーツを着慣れているように見える。

(今回はフィールドワークのサポートだって言ってたけど、きっと旅先で国の偉い人たちと会ったりするんだろうな…………凄いなぁ……)

「まずは乾杯しましょう」

 ユリアンの言葉に促されて全員がグラスを手にすると、ジャンカルロが意気揚々と音頭を取った。

「我々旅人の偶然の出会いに」

「乾杯!」

「……乾杯」

 ジャンカルロのことは大好きだけど、こういうところがちょっと恥ずかしいなと思いながら、ルルトアもグラスを傾けた。もっとも食前酒と一緒に配られたひと口サイズのアボカドムースのアミューズが美味しすぎて、すぐに忘れてしまったのだが。



「この店は舌平目のムニエルや鯛のポワレが有名らしいですよ。オーナーシェフが西側の沿岸部育ちらしくて」

「それはいいですね。わたしたちの町にはあまり旨い魚料理の店がなくて」

「おや、先生は内陸部にお住まいですか? ヴィルソビア領あたりでしょうか?」

 テオドールが何気なく口にしたヴィルソビア領とは内陸部にある地域で、移民が多く住むエリアのことだ。ただしルルトアたちが住んでいるアベリア大陸ではなく、首都があるユートリア大陸の内陸部に位置している。

「いえ、ユートリアではなくアベリア大陸の北側に」

「亡命されてきてからずっと?」

「ええ。田舎の方が暮らしやすいですから」

 遥か昔、人類が宇宙の大海へと漕ぎ出す以前には、エリスレアという一つの惑星に数十億から百億ほどの人々がひしめき合うようにして暮らしていた。五つの大陸すべてが切り拓かれ、大小数百もの国家が存在したと言われている。

 しかし宇宙開発と共に移民が進み、人口が大幅に減少した後、惑星再生プロジェクトが発動すると居住区域と自然保護区域は明確に振り分けられた。かつて繁栄を極めた大都市ほど汚染区域として立ち入り禁止となり、浄化作業後に新しい街が造られた。そうして数百年の時をかけ、海や森がある程度蘇ってきてからも、エリア制限はまだ各所で完全に撤廃されることなく続いている。

 メディーレたちが暮らしているアベリア大陸はユートリア大陸の次にこの星で大きな大陸だが、北と南に分かれており、北側のみ浄化作業が完了していた。南側は未だ全域が立ち入り禁止だ。そして北側も自然はかなり再生しているものの都市の再開発はあまり捗っておらず、土地の広さのわりに人口が少なく生活も不便だと言われている。要するにユートリアに比べて、北アベリア全体が「田舎」なのだ。

「そうでしたか。まさか先生のような大作家が農業エリアにお住まいとは。こう申してはなんですが、少し意外ですね」

(あああ、やっぱり……)

 政治の中心地たる首都レーヴェと同様に、彼ら魔法師たちの聖地、魔法協会本部が置かれているランデベルクもユートリア大陸の西部地域にある。その辺りは最も早く浄化作業が完了し、美しく蘇った自然の恵みと最先端技術で新しく再構築された都市機能の両方を享受できるため人気が高い。故に、富裕層が多く集まる先進的な大都市エリアとして有名だった。

(そりゃあランデベルクに住んでいるエリートたちから見れば、北アベリアなんてただの農地だよね。でも、ハッキリそう言われちゃうと)

 ユリアンのセリフを受けてわざとらしく咳払いをしたジャンカルロが、すぐさま応戦に名乗りを挙げる。

「ウオォ…ッホン……あ~、確かに北アベリアは農業用地が大半を占めるエリアではありますが、近年では都市化もだいぶ進んでおりましてね、我々の会社があるガートン州などはユートリア西部のフューツェにも引けを取りませんよ」

 再開発でここ数年特に発展を遂げている商業都市の名を例に挙げて、胸を張った。

「ああ、先生方はガートン州にお住まいでしたか。そういえばあの辺りは近頃急速に近代化が進んでいるという記事を目にした覚えがあります」

「ええ、その通りです」

(ジャンって意外と負けず嫌いだからなぁ)

 会話がおかしな方向に行かないか、ハラハラしながら見守っていたルルトアだったが、爆弾を投下したのはジャンではなくユリアンの方だった。

「しかもガートン州の周辺には先生と同郷の方が多く暮らしていらっしゃるとか。そうしたコミュニティにもよく参加されているのですか?」

(こ、この人……!)

 ユリアンがその質問を口にした途端、テーブル上の空気が凍りついた。なぜなら世間では、そうしたアルメトリア人のコミュニティこそが昨今頻発しているテロ行為の温床となっているのではないか、と疑う声があるからだ。連合本部のテロ対策にも加わっているアカデミー所属の現役魔法師がそれを知らぬはずがないし、敢えてそれを口にしたということは、言い方が丁寧であっても情報提供者として疑っているか、もしくは連絡役でも担っているのではないかという遠回しの尋問に近い。

(ちょっと、しれっと何言ってくれてんの!?)

 少し前までのドキドキワクワク感が急速に萎んでいく。代わりにふつふつと湧き上がってくる怒りで眦が吊り上がりそうだ。

(まさか悪気がないなんて言わないわよね)

 たとえ相手が憧れの魔法師だろうと、伯母を犯罪者扱いするというのであれば話は別だ。すぐさま席を立って店を出ていこうかとも思ったが、チラリと視線を向けたクリスがとても心配そうな面持ちでこちらを見つめていたので気を持ち直し、もう少し成り行きを見守ることにした。

「いえ、わたしは……」

 そもそも出国検査のとき同様、当の本人が怒りもせず苦笑を浮かべているのだから。

「仕事柄ほとんど家に閉じこもってばかりで、あまり外には出ませんので。お恥ずかしい話ですが、この歳になっても人付き合いは苦手なんです。ですから、そういう集まりはすべてお断りさせていただいております」

 実際しつこく勧誘の連絡はあったようだし、どこでどう調べたのか直接家に押しかけてきた人間もいたが、メディーレはいつも多忙を理由に断っていた。だからこそ、そうした連中から「裏切り者」と逆恨みされているのでは、という心配もあるのだ。

「いきなり不躾で申し訳ありませんね、レディ。こいつは研究一筋でちょーっと頭が固い奴なんですが、悪気はないので勘弁してやってください」

 凍りついた空気を解かそうとしたのか、テオドールが軽い調子で横から割って入った。慣れた仕草のウィンク付きで。

(だから、なぜそこでウィンク……?)

 残念ながら肝心の二人には一顧だにされず、彼の気遣いは空振りに終わってしまったが。

「一度も、ですか?」

「ええ。何しろ口うるさい編集がしょっちゅう原稿の催促にやって来ますから」

 がっかりして肩を落としているテオドールはともかく、メディーレとユリアンはさすが大人同士と言うべきか、声を尖らせるようなこともなく剣呑な会話を笑顔で交わしている。

「それは大変だ」

「本当に。おかげでどこにも出かけられません。今回の旅も半分仕事ですしね。銀河鉄道の管理センターから特集記事を書くよう依頼されたおかげで、こうして久しぶりに家族旅行ができているのでありがたいとは思っていますが」

「なるほど、そうでしたか。立場上そのあたりは確認しておく必要があったのでお尋ねしましたが、少し訊き方が直截すぎましたね。ご無礼をお許しください」

「いえ、べつに構いませんよ。当然のことです」

「あなたのように有名な方が余計なリスクを避けるのは大変賢明だと思います。しかしそういった繋がりも特にないのであれば、いっそユートリアに移住なさった方がよろしいのでは? そうなさらないのはなぜですか?」

「……不思議なことをお尋ねになるのですね」

 メディーレはふっと表情を綻ばせた。皮肉も苦々しさも諦念も混ざっていない、ただ可笑しいと言わんばかりの笑みだ。

「そうでしょうか。こう申し上げてはなんですが、北アベリアでは未だに古くさい差別意識を持つ人間も多いと聞きます。これまで、かなりご苦労されたのでは?」

 大戦終結後、アルメトリア星は連合国の統治下に置かれ、捕虜は各国の収容所に収監された。噂では奴隷のような労働を強いられた所もあるという。その後アルメトリアが惑星としての自治を認められ、収容所から解放された人々の大半は故郷に戻ったが、一部の人たちはその地に残る選択をした。エリスレア星内にもそうした人々が存在する。

 だが、市民権を得たそれらの人々も首都圏への立ち入りは容易には認められず、結果としてほとんどが北アベリアの地で農作業や酪農の従事者として雇われ、暮らすこととなった。低所得で使える労働者。それが彼らの立ち位置であり、当然そうした地域では差別意識も根強く残っていた。

(ええ、その通り。わたしたちのことをよく知らない人ほど勝手なことを言うわ。クラスメイトや先生たちもね)

 そしておそらくメディーレやルルトアの父親たちも、亡命当初はあの地に住む以外の選択肢を与えられなかったのだろう。しかし有名人となった今は違う。首都への移住も可能なはずだ。

「確かに偏見の目はあります。でもそれは、どこに行っても同じことでしょう。わたしを知らない誰かが人種によってわたしを判断することを哀しいとは思いますが、責めることはできません。それが戦争です」

「ずいぶん理性的ですね。達観しているというか」

「単なる経験です。わたしは母と弟が眠っている土地で、好きな物語を書いて暮らすことができれば、それで充分幸せなのです。幸い今はご近所さんとも仲良くさせていただいておりますし、理解ある良き仕事仲間にも恵まれていますから」

 伯母の視線がルルトアを越えてジャンカルロに向けられると、たちまち彼はスッと背筋を伸ばして大きく頷いた。

「ただ……わたしはともかく、この子は移り住んだ方がいいのかもしれません。例えばあなた方がいらっしゃる魔法都市ランデベルクや学園都市サージュのような町に」

「え……!?」

 自分とよく似た琥珀色の瞳を向けられて、ルルトアが息を呑む。

「わたし自身は魔法にあまり縁がないのですが、この子は死んだ父親の影響か、ずいぶんと魔法に興味があるようでして」

「…………」

 いきなり自分に話題を振られて思わず固まってしまう。

(ええぇ!? ちょっと待って。そんな話、今まで一度もしたことないよね!? どうしていきなり……移住? しかも、わたしだけ?)

「ああ、そういえばリュカから聞きましたよ。列車の運行に使われている術式の数を見事に言い当てたそうですね。本当ならすごい才能だ。ぜひ我々のアカデミーに来ていただきたい」

「そうだね。普通じゃ絶対分からないことだし、もしかするとS級クラスの天才かもしれない」

 パニックになりかけていたところに、魔法師たちから思いがけない賛辞をもらって完全に頭が真っ白になった。

「い、いえいえいえッ! ちちち違います! 全然そんな……才能なんてないです!」

 しかし魔法に疎い伯母は、緊張と混乱と高揚で顔面を引き攣らせているルルトアの横できょとんとしている。

「数を言い当てた? それはすごいことなんですか?」

「ええ、それはもう」

「あれを読み解けるのであれば、アカデミーに入る試験にもすんなり通ると思いますよ」

 現役の専門家に、しかもトップエリートたる魔法師たちに太鼓判を押してもらえるのは光栄なことだ。すごく嬉しい。だからこそ逆に気分が沈んでいく。せっかくの高揚感が消し飛んでしまった。

「そんなの……無理ですよ」

 だって。

「わたしは、資格がないから」

「免許のことかい?」

「はい。魔法協会の認定資格3級以上を所持していること。それが受験に応募する規定ですよね」

「そうだね。きみはまだ取得していないの?」

「……はい」

「では一年待って資格を取ってから挑戦すればいい」

「一年後でも五年後でも十年後でも同じです。わたしは…………認定資格を取るための魔法科コースには入れてもらえない。先生たちにも推薦はできないってはっきり言われました。わたしが――――」


 一つ大きく息を吸って、呼気と共に言葉を吐き出す。まるで呪詛のように。

「アルメトリア人の血を引いているから」


 本当はこのことをわざわざ口に出して言いたくはなかった。メディーレに聞かせたくなかったし、できればクリスにも知られたくなかったが、ついさっき伯母にスパイの疑いまでかけられたのだ。もう今さらだろう。

「なるほど。それできみは魔法師になるのを諦めたんだね」

「…………」

 ユリアンの言葉が棘のようにぐさりと胸に刺さる。

「それとも諦めずに何か別の方法を探してるのかな?」

「別の……?」

(そんなものあったっけ。あったら調べてるけどな)

 内心首を傾げていると、ユリアンが奇妙なことを訊いてきた。

「たとえば誰かに魔法協会とは別の組織に属して魔法師として活躍する道もある、と言われたことは?」

「……え!?」

(この人、何を言っているんだろう?)

 冴えた濃紺の瞳に射抜かれて、意味も分からず狼狽える。

「その才能を潰してしまうのは惜しいから我々のところに来ないかと誘ってきた人はいないかな?」

「そんな人……いません」

(魔法協会を通さないってことは闇魔法師ってことでしょ)

 そんなの分かり切っていることなのに、自分は何を訊かれているのかと胸のあたりがざわざわした。

「もともとわたしの周りに魔法の話ができる人なんてほとんどいないし」

「教師や魔法科の生徒、クラスメイトの家族。可能性はいろいろあると思うけど、本当に声をかけてきた人は一人もいなかったのかな?」

「いません」

「では、この列車に乗ってからは?」

「クリスとしか魔法の話はしていません」

(ちょっと待って。わたしも何か疑われてる?)

 さっきから話の流れがおかしい。これではまるで尋問だ。

 そう気づいた矢先、

「では、くだらない差別によってきみの能力を認めようとしない世間や魔法協会に復讐したいと思ったことは?」

 決定的な一言を叩きつけられて血の気が引いた。

「まさか!」

 そんなこと思うわけないのに。

(どうして? わたしがアルメトリア人だから?)

「きみがほんの少し手助けしただけで、そうした世の中の価値観をひっくり返せるかもしれない。やってみたいと思ったことは? 一度もない?」

「そんなこと……」

「ユリアン!」

 ショックと混乱の中ルルトアが必死に頭を振るのと、クリスが尖った声を張り上げたのはほぼ同時だった。もともと大きな声を出す印象などないが、リュカやテオドールが驚いた表情で見ているから、きっと彼があんな声を出すのは至極めずらしいことなのだろう。

「そこまでで充分でしょ」

 静止の声が硬い。怒っている。彼が、わたしのために。そう思ったら、やっと息を継ぐことができた。

「ああ、そうだな。充分だ」

 そしてなぜかユリアンの声音もさっきまでとは違い、穏やかなトーンに変わっていた。

「ルルトアさん、大変失礼しました。あなたを疑ったことを謝罪いたします」

「どうして……」

 急に思いもかけない疑惑をぶつけられて、詰め寄られたと思ったら、今度は突然謝罪されたのだからルルトアとしては混乱の極みだ。

「レディバストラル、保護者であるあなたにも謝罪を。申し訳ありません」

「何か理由があるのでしょう?」

 一度も口を挟まなかったメディーレにはおおよそこの展開が読めていたようだ。

 ユリアンは、もちろんですと答えた。

「自分は職業柄、闇魔法師と呼ばれる人間と幾度も対峙してきました。彼らの大半はもともと彼女と同じように魔法師になりたいのに様々な理由でなれなかった、ごく普通の人々です。そして魔法師の素質を持つ者は比較的感性が鋭く、内向的な性質の人間も多い。そのため利用されやすいのです」

「噂のテロ組織に、ですか?」

「ええ。深く取り込まれてしまうと精神もコントロールされます。最初は巧く隠していたとしても感情が乱れると魔力の波動にコントロールを受けた兆候が現れるので、見分けるために敢えていくつか挑発的な質問をしました」

「そうでしたか」

「じゃあ……」

 わたしの疑いは晴れたのか、と目顔で問うと、ユリアンは首肯した。

「だからね、きみにはアカデミーの特別枠のことを話しておこうと思う」

「特別枠!? って何ですか」

「文字通り、規定未達の人たちのために設けられた枠のことだよ。きみのような人を助けるために」

 これは一般的にはあまり知られていないんだけど、と彼は前置きして説明してくれた。

「そもそもアカデミーに入るための規定としてC級以上の資格所持が定められているのは、魔法師として一定の資質があるかどうかの確認でしかない。実際には魔法科学という分野への造詣と実践力の方が求められるからね。それに出身地によってはなかなか協会の試験を受けられない立場の人もいる。常に人材を求めているアカデミーにとってはこの規定は少々厄介なんだ。とはいえ撤廃するわけにもいかない。そこで最近、特別枠を設けるようになったんだ。何らかの事情でC級資格を持たない人間でも、能力があると証明されれば養成機関の門をくぐることは可能なんだよ」

「……初耳です」

 そんな都合のいい話、誰からも聞いたことないのに。

「ただし有資格者と同じように、簡単な科学分野の試験と魔法理論の学科試験は受けてもらわなければならない。魔力測定と技能試験も必須だ。そして大事なことだが、養成機関のカリキュラムをすべて終えて最終試験をパスしたとしても、在学中もしくは卒業後にやはり魔法協会の認定試験を受けて合格しなければ正規の魔法師には認定されない。そこは曲げられないルールだからね。そのための勉強も個別にする必要がある」

「もし……受からなかったら?」

「そういう人もいる。その場合は魔法師にはなれないが、アカデミーの研究室でアシスタントスタッフとして働いてもらっている。魔法科学に関する基礎知識は叩き込まれているわけだから貴重な人材だ」

「……………………」

 耳から流れ込んでくる情報を処理しきれなくて頭がグラグラした。

「どうかな? 受けるのは不安かい?」

 そう、とてつもなく不安だ。

 試験に受かるかどうかよりも、本来資格を持てないはずの自分が特別な人たちにだけ開かれている門をくぐるということが。

「だって…………パパ以外は、諦めろとしか言わなかったもん。無理なものを求めてもつらいだけだって。どうせ何をやっても無駄だから諦めなさいって…………違うの?」

 困惑しきったルルトアはユリアンに尋ね返すのではなく、なぜかクリスに向かって問いかけていた。

 きっと彼に「違うよ」と言って欲しかったのだろう。魔法を分かってくれる人がいて嬉しいと笑顔を見せた彼に、記憶の中にある父親と同じように魔法を愛している彼に「諦めなくていい」と。

 その想いが伝わったかどうか定かではないが、

「今の話は全部本当だよ。試験は簡単じゃないけど可能性はゼロじゃない」

 そっと背中を撫でるような、やわらかい、やさしい声で答えが返ってきた。

「無理に諦めなくてもいいんじゃないかな」

「そうそう、きみにその気があるならチャレンジしてみるといいよ。何事も挑戦してみなければ分からないからね」

「…………」

 テオドールも今度は茶化したりせず、真面目な態度で背中を押してくれた。

(ヤバい……よく分かんないけど、ちょっと泣きそう……)


『いや、どう考えても無理でしょ。なれるわけないじゃん』

『魔法なんか勉強したって仕方ないだろ。どうせ魔法師にはなれないんだし』

『ちょっと魔法が使えるからっていい気になってない? 役に立たない技能なんて意味ないじゃない。それとも闇魔法師にでもなるつもり?』

『気持ちは分かるけど……常識から考えて難しいだろうね。頑張ったら頑張った分だけ、失望も大きいんじゃないかな。早めに見切りをつけて新しい道を探した方が君のためだと思うよ』


 これまで投げかけられてきた様々な言葉の刃が意識の奥底から浮かび上がってくる。

(伯母さんとちゃんと話をしなきゃ……)

 しかしそのとき、ちょうど配膳ロボットが最初の料理を運んできて会話は一旦中断された。




『お待たせいたしました』

 皿に乗っていたオードブルは野菜とベーコンのキッシュ・ロレーヌだった。サクサク生地のキッシュは好物のはずなのに緊張のためか、それともいろいろ考えすぎているせいか、味がよく分からない。

 続いて出てきたのはスープ・ド・ポワソン。この店の定番メニューの一つらしい。グルメにうるさいジャンが一口啜った途端に唸った。

「……うん、旨い! 魚介の風味がいいですね」

「ほんとだ。僕、魚介はあんまり好きじゃないけど、これは結構美味しいや。ハーブが効いてるからかな」

 続いたリュカのセリフに、彼が「おや」と目を丸くする。

「苦手ですか。食感が? それとも味?」

「両方かな。魚はまだいいけど、イカとかタコとか貝類が特に」

「なるほど。でも、このスープを美味しいと思えるなら、もしかするとまだとびきり美味しいピザやパエリアに出会っていないだけかもしれませんよ。ボンゴレを食べられなかった同僚がパエリアをぺろりと平らげたレストランを知っていますが、お教えしましょうか?」

「知りたいけど……北アベリアまで行く予定ないし」

「本店はレーヴェにあります」

「じゃあ後で教えて」

 久しぶりに会った親戚かと疑いたくなるほど自然に会話している二人に半ば感心し、半ば呆れながら、ルルトアものろのろとスープを口に運んだ。やっぱり味はあまりよく分からなかった。

 魚料理は舌平目のムニエル、肉料理は牛肉の赤ワイン煮込み。料理が提供されるたびにギクシャクしていた場の空気が和んでいき、再び雑談の花が咲いた。大人たちも今は取り留めのない会話を楽しんでいるように見える。

「自分は先生の作品の中では特に『ガーシュウッドの攻防』が好きなんです」

「俺もあれ好きだなぁ。確か映画にもなりましたよね」

「そうそう、あの作品は今でもよく売れていて人気ランキングでも常に上位にきているんですよ」

 主に答えているのは担当編集のジャンカルロだが。

「分かります。緊張の連続で一気に読んでしまいましたから。先生、あの作品の着想はいったいどこから得られたんですか?」

 正面から改めて問われて、ようやくメディーレが口を開く。

「あれは……実は亡命の途中で遭遇した事故が元になっていまして」

「えっ!? そうなんですか?」

「もちろんあれほど大袈裟な事態に陥ったわけではないですが、最初のきっかけの部分はほぼそのままです」

「てことは一歩間違えば宇宙漂流の危機じゃないですか」

「ええ、運が良かったと思ってます」

「じゃあ『見知らぬ隣人』はどうですか? 先生の作品の中ではちょっとめずらしいサスペンス調ですよね」

「あれは人づてに聞いた話がモチーフになっていますね」

「へぇ」

「俺は読んでいる途中で、ミュラー監督の『振り返ってはならぬ』という映画を思い出しましたよ」

「ああ、少しオマージュを含んでいますから」

「やはりそうでしたか」

 ユリアンたちと伯母が交わす会話を横でぼんやりと聞きながら、ルルトアの心はまだどこか遠くを彷徨っているようだ。

「…………(大丈夫?)」

 すると声には出さず、口の動きと目線だけでクリスが問いかけてきた。

 気にかけてくれているのが嬉しかった。

「…………」

(大丈夫)

 無言で、小さく頷く。きっと表情は冴えないままだろうけど。

 心ない言葉の棘でぺしゃんこにされた気分のときとは違う。ただ、思いもかけなかったことの連続で、少しばかり疲れたし、まだ戸惑っているだけだから。

(今日のことが良いきっかけになるといいな)

 ところがデザートのクリームブリュレが出されるころ、再び波紋が投げかけられた。




「この映像、興味を惹かれませんか?」

 何かがジャンカルロの目に留まったらしく、彼は唐突に壁面パネルに流れている映像を指してそう切り出したのだ。

「映像? ……ああ、ラスタバンの国立公園ですか」

 テオドールが背後にある壁面パネルを振り返ってみて答えた。

 銀河鉄道ガルディアは各個室内にも映像パネルがあるが、レストランの店内には出入り口がある正面以外の壁面にいくつも大型パネルが設置されている。そこには停車駅が近づくたびにこれから訪れる星のPR動画が流れ、停車中は観光名所など数ヶ所に据えられたカメラからのライブ映像を観ることができる。客は窓から外の景色を窺うように、地上の風景を列車内に居ながらにして眺めることができる仕組みなのだ。

 今はそのパネルに、照明によってくっきりと闇に浮かび上がった神殿が映し出されている。彼らが食事をしている間に、ガルディアは二つ目の停車駅、ドラーコβ宙域ベルツ共和国惑星ラスタバンに到着していた。

 この星は熱帯雨林の中に眠る巨大な古代帝国の遺跡と神殿が特に有名で、森と神秘の国として知られている。現在流れている映像も、異国情緒が味わえる観光スポットとして人気の遺跡をめぐる行程だろう。

「遺跡はかなり広大ですが、敷地内を川が流れていて船で神殿へと向かうナイトツアーがあるそうです。もう九時を回ってしまいましたが、十時台の受付ならまだ間に合うと思いますよ。せっかくですから、皆さんご一緒にいかがです?」

 いかにもロマンチストなジャンが好みそうなツアーの内容だ。メディーレもめずらしがって賛成するかもしれない。けれど。

「遺跡!? 僕はべつに興……」

「だめよ!」

 何か言いかけたリュカを遮る形で、ルルトアはきつく声を放った。

「ナイトツアーはだめ」

 その断固とした口調に、場の空気が固まる。

「ルル?」

 不審そうな皆の視線に気づいてハッとしたが、もう遅い。

「あっ……」

「どうかしましたか?」

「べつに……」

 何の確証もないのに、伯母さんが狙われているとは言えない。それでも可能な限り危険は避けるべきだ。昼間のようなことが起こってからでは遅いのだから。

「どうもしないけど……ほら、夜の森ってなんか不気味で怖いじゃない? せっかくの遺跡もよく見えないともったいないしさ」

「ライトアップされていて、とてもきれいですよ」

「それはそうだけど」

 確かに照明は付いている。魔法を放たれれば魔力感知で判別もできる。でも直接攻撃ではなく、暗い物陰から何かが飛んでくるとか、重たい物が上から落ちてくるとかだったら? 相手が事故に見せかけようとしているなら、きっとまたそういう方法を選ぶだろう。昼間よりも視界が効かない闇の中でそういった「アクシデント」を完全に防ぐ自信はない。

「やっぱり夜は危ないから止めた方がいいんじゃないかな」

「幻想的でロマンチックだと思うんですけどねぇ」

 ジャンはずいぶんと残念そうだ。でも、ここで首を縦に振るわけにはいかない。

「おまえ、もしかしてまだ昼間のことを気にしてるのか?」

 メディーレに問われてドキリとした。

(どうしよう……何て答えるのが正解?)

 あれは事故ではなかったと言っても、気にしすぎだ、きっと見間違いだろうと受け流されて終わりな気がする。

「昼間のこと、とは?」

「実は今日、マーディンでフォーティアス山の火口見学に行ったのですが、そこでちょっとしたトラブルがありましてね」

 迷っている間に、ジャンカルロがユリアンたちに説明を始めた。

「トラブル?」

「ええ。見学用スペースにいたとき、たまたま重力制御装置が故障したんですよ。我々は火口を覗き込める柵のすぐ近くにいたので、強風に煽られた彼女たちの身体が外へ飛ばされそうになってしまって」

「それは……めずらしい事故ですね」

 ユリアンとテオドールがちらりと視線を交わし、わずかに眉を顰めた。

「まったくです。かなり勢いよく飛ばされかけたので、運が悪ければ大変なことになっていたかもしれません。幸いわたしの手が届いて止められたので二人とも無事だったんですが、怖い思いをしたことに変わりありませんから」

「……そうだな」

 メディーレがジャンカルロの言葉に頷く。子供扱いは嬉しくないし、二人に余計な心配をかけたくはないが、今はそれどころではない。

「分かりました」

 やがてジャンカルロが沈んだ空気を払拭するような明るい声で告げた。

「では、もう少しおしゃべりを楽しんだら、今夜は早めに休みましょう! ちなみにここの遺跡めぐりツアーは朝早く出発するコースも人気なんですよ。朝日を浴びて自然公園を散策するなんて気持ちよさそうじゃないですか?」

「…………そうね、朝だったら、まぁ……」

(夜よりはマシかな。あんまり渋ってると伯母さんたちだけで行っちゃいそうだし)

「じゃあ決まりですね!」

「あの」

 そのときクリスが唐突に切り出した。

「僕も一緒に行っていいですか?」

「おや、クリスくんも遺跡に興味あるのかい?」

「はい、面白そうだなと思って。ぜひご一緒したいです」

 どうやらそれが意外だったらしく、リュカたちが驚いた顔をしている。

「えー、本気? 一度もそんな話したことないじゃん」

「いや……それ、いいと思うな」

 少しばかり考え込む素振りを見せたテオドールがパッと面を上げ、なぁとユリアンに同意を求める。

「そう思わないか?」

「……なるほど。確かに。ぜひお願いします。ああ、よろしければついでにリュカも一緒に連れて行ってやってください」

「はあっ!?」

 おまけのように名前を出されて、リュカが素っ頓狂な声を上げる。

「何で僕まで」

「ずっと部屋でゴロゴロしているのは不健康だろう。朝の散歩は気持ちいいぞー。行ってこい」

「そうそう、若者はもっと身体を動かさないとね~」

「暇じゃないから! レポート纏めなきゃいけないんだし。クリスが行きたいなら一人で行かせればいいじゃん」

「このとおり、勉強熱心なのはいいんですけどね」

「放っておくと閉じこもってばかりいるので少し心配なんですよ」

 反論も空しく、大人たちが勝手に話を纏めていく。

「できれば我々も同行したいところですが、あいにく明日は片付けなければならない仕事がありまして。申し訳ないのですが、お願いできますでしょうか」

「もちろんですとも! こちらとしても楽しみが増えますよ。彼らはルルと仲良くしてくださっているようですしね」

(えっ……えええ!? どういうこと?)

 またしても予想外の展開にちっとも情緒が追いつかない。

 なぜこういう事態になったのだろう。

 ユリアンとテオドール、ジャンカルロの三人ががっちり握手を交わしている横で、メディーレはコーヒーカップを傾けながら「ま、いいんじゃないか」とつぶやいている。巻き込まれた形のリュカは頭を抱えてテーブルに突っ伏しているが、クリスはどことなく安堵したような面持ちだ。

 そしてテーブル越しに目が合うとニコリと微笑んだ。


(あ、そうか。心配してくれたんだ……)

 気づいた途端、じんわり胸が熱くなって。

(じゃあ……明日は朝から一緒にいられるってこと?)

 少しばかり鼓動が速くなった。





読んでくださってありがとうございます。

次は再び魔法師たちのバトルが巻き起こります。

続きも何卒よろしくお願いいたします。

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