走れ! ──ふれんず
放課後、椅子ではなく机に腰をおろして、友人の茜音の告白に驚いていた。付き合っている恋人とついに一線を越えたらしい。
「へー……、そーなんだぁ。すごーい」
「はいはい。人のことはどうでもいいでしょ? そっちは?」
「そっち、って?」
「山田と、よ」
「な、なに言ってんのよ。海斗とは友達だよ?」
「もう、そーゆーのいいから。あんなにベタベタしてんのに、なにもないわけないでしょ?」
「いや、ホント、なにもない、よ?」
「マジで未だにそんな感じなワケ? お互いに好きなの見え見えなのに。片方から歩み寄ろうって思わない?」
「だって、別に……」
「じゃあ誰かに山田を取られてもいいのね?」
「そんな、取るとか、取られるとか」
「あり得るでしょ? その時になって後悔しても遅いよ? 山田は何も言ってこないわけ?」
「いやぁ、ウチたちそんな恋愛とかの間柄じゃないし」
「じゃあ何もないのね?」
「それは……」
私は冷静を装ってはいたが、顔が熱いことに気付いた。おそらく真っ赤な顔をしていたのだと思う。
「──将来、お互いに独り身だったら、気が合うもの同士結婚してもいいなぁ、って」
最後のほうは恥ずかしくて声が小さくなってしまっていた。だが茜音を見ると眉を吊り上げていたのだ。
「ナニソレ!? 遠回し過ぎるし、聞いてるこっちが恥ずかしいわ。付き合おうって言えないから、そんな変な約束してくるんじゃん。ちっちぇーわー」
「ちょっと、そんなヒドイこと……」
その時、教室の後ろのドアが開いて、渦中の海斗が入ってきた。
「ういーす。麗衣帰ろーぜー」
「お、おす」
少しうろたえた声を出したので、海斗は顔を上げた。その時、茜音が海斗を睨んでいたようで、海斗も慌てていた。
「うお! おっかねぇ顔。生野、俺なんか悪いこと、した?」
姓で呼ばれた茜音はそれに答えず、歯軋りして睨み続けていた。私は机から飛び降りて鞄を取って海斗へと近付いた。
「大丈夫。なんでもないよ! 帰ろ」
「お、おう」
まだ怯えている海斗の手を引いて、私たちは教室を出た。校門を出ると海斗はいつものように大きく伸びをしてから言う。
「俺ン家寄ってけよ。テスト勉強しようぜ」
「またまた~。そう言ってゲームするだけでしょ」
「まあまあ、一狩りだけですって。その後勉強。ね?」
「その一狩りが長いんだって。まあいいけど」
いつもの調子。でも茜音が言ったことを思い出した。自身の恋人と一線を越えたこと。
私は海斗の部屋に行っても、当然体を密着することもないし、キスだってしたことない。ただの友だち。
よく言う友だち以上恋人未満みたいなものでもない。ただ近くにいて、ゲームして、勉強して、笑いあっているだけ。そんな雰囲気になったりしない。
『将来、お互いに独り身だったら、気が合うもの同士結婚してもいいなぁ』
ある時、海斗は冗談混じりにそんなことを言った。私はその約束に期待しているが、それはなんの補償もない。冗談と言われれば冗談になってしまう、他愛もない口約束なのだから。
少しだけ悲しくなる。私は、海斗が好き──。でも海斗はどうなんだろうか? 部屋に連れてきてもなにもしないなんて。私、そんなに魅力ない?
「あの……」
「ん?」
つい声が漏れた。海斗はそれに聞き直す。内心焦ったし、その後に続く言葉を、私は持ち合わせていなかったのだ。
「あのぅ、さ……」
「ど、どうした?」
私の調子が今までと違うので、海斗は少しばかりうろたえている。そして私も勇気ある一言が言えず、数秒固まっていた。
「今年で卒業、じゃん」
「ああ、だなー」
「まあお互いに近くにはいるし、会えるときは会うって約束はしてるけど、さ」
「そーだよ。今と変わらんよなー。俺たち、いつになったら彼氏彼女できるんだろーな」
海斗は、そう言っていつものように余裕気に大きな伸びをした。
彼氏、彼女、か。もしも私に彼氏が出来てもいいのかな……? 海斗にも彼女が……。そしたら、二人で遊ぶ時間なんて無くなるよね。二人で会うことなんてお互いのパートナーに許して貰える分けないし。
「はあー」
「お、溜め息。幸せ逃げるぞ?」
「なにそれ古くさ」
「で? 卒業だからなに?」
「あー……」
「うん」
「海斗の制服のボタン。予約しててもいい?」
「え!?」
途端に海斗は真っ赤な顔をした。そして固まる。私も恥ずかしさを消すように続けて言った。
「別にいいでしょ? 他に仲良い男子なんていないし。それとも他にあげたい人いるの?」
「い、いや、おらんけど……」
「ならいいね。予約。約束だよ」
「う、うん」
私たちは黙りながら歩みを進める。私は恥ずかしがって、鞄を大きく振っていた。
海斗のほうを見てみると、彼は口を真一文字に結んで一方向だけを見ていた。なんかそれ見てたら笑えてきた。そしたら海斗は視線を私に落として言ってきた。
「あの、俺も卒業ン時、麗衣に言いたいことある、かも……」
「え?」
「うん、ある。言いたいこと……」
私たちは立ち止まって、お互いの顔を見つめ合った。赤い顔をしながら……。
「卒業の時じゃなきゃダメ?」
「いや、いつでもいいっつーか……」
「じゃここでは?」
「いや、さすがにここでは……」
「じゃ、海斗の部屋に行ってから。それなら?」
「えー、まー……、それなら……」
「じゃ約束。行こ!」
「お、おう……急だな……」
「全然急じゃないよ。ほら走って」
「走るのかよぉ」
私たちは、走り出した。海斗の部屋へと。その日はゲームや勉強どころじゃなかった。明日茜音に報告することが出来た。彼女の驚く顔が楽しみだ。