歩くだけ
翌日、いつもどおりに目が覚める。そしてやはり知らない天井が目に入った。昨晩、夕食をとらなかったこともあってか少し食欲が出てきたので寝ぼけ眼で朝食をとりながらモニターで猫たちの様子を見る。相変わらず自由にしていて一安心だ。会いに行きたいのはやまやまだが勝手な行動は許されない雰囲気がある。
午前10時。ノアが部屋にやってきた。俺の腕に機械のリストバンドを装着すると手を取りこう言う。
「今日からは特定エリア内での自由行動が許可されています。ただし、外には出ないこと」
「もし出ちゃったら?」
「この装置が爆発します」
「はは、よくあるやつだ」
「おや、そちらの世界でもこんな物があるんですか?」
「ドラマとかでよく見かける」
そうですかといった感じで俺を部屋から連れ出す。なんだか昨日より事務的になったように感じた。
ロビーのような場所に出ると、より現実味が薄れていく。ノアは、この施設は異世界だと感じにくいと言っていたけど、厳かで幻想的な雰囲気が漂っていた。壁には扉がいくつかあり、ひっきりなしに人が出入りしている。それぞれの部屋へと繋がっているのだろう。
「宮元さんが入っていいのは、娯楽、食堂エリアのみです」
「猫に会いにいきたい」
「今日は猫の最終検査をします。異常なしと判断された場合、明日から一緒の部屋で過ごせますよ。」
その逆だったら?なんてちょっと怖くて聞けなかった。最悪な想像をしてしまったから。
「わかりました。それにしても娯楽エリアなんてあるんですね。ちょっと意外」
「宮元さんにとって楽しいかはわかりませんがね」
ノアは意味を含んだ言い方をし、娯楽エリアへと案内を進める。途中、雰囲気で同郷だと悟った人間と何人かすれ違ったが、いずれも目を合わせるだけで会話はできなかった。ノアの言った通り、俺以外の異世界人もいるようだ。
娯楽エリアへ通じる道が終わるとそこには無機質でしんとした白い扉があった。この先に娯楽室と呼ばれるものがあるという。自動で扉が開いた瞬間、騒音が俺の耳を刺激した。
「娯楽エリアへようこそ宮元さん!」
扉の左右にいる背の高い男たちが見た目に似合わず笑顔で迎え入れてくれた。
「楽しめそうですか?」
「苦手」
「え?」
「騒がしい場所苦手なんだ。頭痛くなるし」
「…そうですか。一応、説明しておきますね。ここはすべて無料で利用できます。その代わり個人間での金銭が発生する賭け事はおやめください」
そもそもこっちの世界の通貨なんて持ってない、なんて思っているとノアもそれに気づいたようだ。
「今日1日、僕は宮元さんについていきますがお気になさらず。エリア移動をしたければ言ってください」
「そう…。ノアはここで遊ばないの?」
「僕は…遊び尽くしてますから」
少し寂しそうな表情を見せながら苦笑する。きっとここに何年も勤めていて、俺みたいなのを何人も対応してきたのだろう。個人的なことを聞きたかったが出会って3日しか経っていなかったので少しおこがましい気がした。
「ごめん。せっかく案内してもらったのに」
「いいえ。すべての人に合うものはありませんから」
いつもの調子で淡々と答える。
「食堂エリアも見てみたいな」
「わかりました。こちらです」
そういって異世界のカジノっぽい部屋をあとにした俺らは、また白い廊下を歩いていく。