退屈
__少なくとも3年は1つの職場に勤めなさい。お母さんたちの時代は嫌でも続けたもんだよ。
__嫌な人がいた?だからなんだ。気にしないで自分の仕事に集中すればいいんだ。
__根性が足りないぞ。
__そんなんだから________
知らない天井。
そうだ、昨日、あのあと保護施設とかいう場所に連れて行かれて…。
想像してたより設備が整っていて快適だった。そんでもってここ数年で1番よく眠れた。
ただ唯一欠点があるとすれば外へと通じる窓が一切ないことだ。明かりは部屋の中の電灯のみ。それが余計に閉鎖的な空間へと感じさせ、早く出たいという気持ちが芽生えるのも時間の問題だった。
食事は基本的に希望すれば出てきた。味はよくわからない。多分、まだ気持ちの整理がついていないから。
猫のことも、知らない奴らの言葉を信用して良かったのか悩んだが、設置してあるモニターに猫たちの様子がずっと映し出されていた、俺も猫も簡単な検査をしたあとは広めの部屋で(今のところ)不自由なく過ごせている。しかしずっとゴロゴロしているのも退屈だったので、扉の向こうにいる監視員らしき人に本などはないかと尋ねる。すると、少し困ったような表情を浮かべ、小声で話しかけてきた。
「ここの管理下に置かれている場合、こちらの世界に関する書籍等の閲覧は禁止されています」
「そうなの?」
「はい。規則ですので」
「…俺、いつ出れる?」
「少なくとも1週間はここにいてもらいます」
「い、いっしゅうかん……退屈でおかしくなりそう」
「あ、でも」
「でも?」
「許可がとれれば施設内の限定エリアを歩けますよ」
「ほんと?じゃあ許可出してよ」
「わかりました。報告しておきます」
そう言うと何やら携帯機器を取り出し話し込む。数回やりとりしたあとに俺の方を向き
「明日からなら大丈夫ですよ」
と、微笑みながら言ってくれた。そしてまたすぐに仕事の顔に戻り、定位置につく。少しは暇つぶしできそうだな…よかった。
夕方、バインダー片手にあのノアという青年が訪ねてきた。
「こんばんは宮元さん。調子はどうですか?」
「特になんとも」
そう言うとバインダーになにか書き込む。
「食事は口に合いましたか?」
「よくわからなかった。緊張してるせいかもしれないけど」
またなにか書き込む。もしかして俺の一言一句すべてを記録するつもりか?そんな心の内を見透かしたようにノアが口を開く。
「軽い問診と思ってください。仮に病気になった場合の対応も考えなければならないので」
「あ、あぁはい…」
昨日はよく見れなかったノアの顔をまじまじと見る。きっと俺よりは若いのだろうけど、話し方は落ち着いていて、先生という言葉がぴったりな印象を受けた。
「猫たちは元気ですか?」
「はい。あなたがリュックに入れていたフードをあげているおかげか、今のところは異常ありません」
「よかった…」
その後もいろいろ聞かれ、淡々と答えていく。その度にノアは記入していくが、俺の目をまっすぐ見て対応してくれた。
「娯楽がないから退屈でしょう」
「あ、ああまぁ…本とか読めたらいいんだけど、だめみたいだから」
「…宮元さんがどんなに聖人だろうが悪人だろうがこちらの世界にとってはイレギュラーな存在。元の世界へ戻る際に、我々の情報を持ち帰られては困るのでそうした規則を設けています」
「結構厳しい…んですね」
「ふふ、そうですか?大なり小なり基本的なことだと思いますよ。そちらの世界ではありませんか?」
そんなこと……あるか。例えば企業の情報を持ち出してはいけないとか…かな。そう考えるとノアはごく当たり前のことを言っていると感じた。
「でもこの施設のことは?設備も利用してるし食事もしてるし、なんなら明日歩き回るけど」
「そのようですね。でもここはある種、宮元さんのいた世界の施設とほぼ変わらないのではないですか?」
そういえば確かにそうだ。仮にここの目に見える特徴を誰かに伝えたって、異世界だとは考えにくいかも。
「では、おやすみなさい」
そう言うとノアは去っていく。その背中を見ていると、ここの世界に来てからまともに会話したのがノアと監視員のみということもあって少し寂しさを覚え、また眠りにつくのだった。