転送
次に目を覚ましたのはとてつもない轟からだった…
なんてことはなく、ただ普通に目が覚めた。いつの間にか俺の上に猫たちが乗っており、すやすやと寝息をたてて気持ちよさそうにしている。
なんだ、やっぱり夢かな。そう思いながら窓を見やる。暗くてよく見えなかったのでしばらく窓に張り付いていたが何も変わった様子はなかった。
ほっとすると同時に腹がなった。こんな俺でも腹は減る。
時計を見ると、まだスーパーの営業時間内だったので改めて買い出しに行くことにした。
玄関のドアに手をかけると自然と体が止まってしまった。さっきみたいなことが起こったら…頭ではわかっていても片隅に先程の恐怖が残っているのだろう。
どうか、どうか、元に戻っていますように。
がちゃりとドアを開け、恐る恐る顔を出す。その瞬間、心臓が跳ね上がった。
さっきと同じだ。
においが違う…。急に異国にきたかのような雰囲気。景色は見えなくてもにおいでわかった。
そしてまた急いでドアを閉め、今度はリビングへ行く。
状況を確認しようとテレビをつけると、真っ黒の画面に一言だけ添えてあった。
“電波を受信できません”
再び心臓がどくんと深く脈打つ。無機質な怖さも相まってパニック寸前だ。むしろ発狂したほうが幸せなのかもしれない。
リビングの真ん中でぐるぐると回っている携帯から男の声がした。鳥肌がたち思わず床に投げつけてしまった。
『聞こえますか?』
がっつり聞こえてる。返事をする勇気はない。
『おかしいな…この機器のはずなのに』
独り言のように呟いたあと、カタカタと打鍵音らしきものが聞こえる。
『誰かそこにいますよね?返事をしてください』
声よりも息が出てしまう。
『怪しい者ではありません。落ち着いて』
そんなこと言われたって無理だ。どこからどうみても怪しい。
『って言っても無理がありますよね…ハハ…』
そうだそうだ。
『仕方ありません。では、こちらの話だけを聞いていてください』
嫌な予感がした。生唾をごくりと飲みこみ息を整えながら耳を傾ける。
『あなたの家は12時間前、別世界から転送されてきました。そして今、僕を含む数十名が少し離れたところにいます。あなたを保護するためです。許可を出してくださればそちらに向かい、実行します』
保護?捕まるってこと…?数十名って随分大掛かりな…いや、突然わけのわからんものが出てきたらそうなるか…。って納得しちゃったけどどうしよう。もし捕まったら猫たちはどうなる?この家はどうなる?
俺はふと、携帯をテーブルの上に置き、戸棚からおもむろにカップ麺を取り出した。お湯を沸かし、3分待つ。待っているときは不思議と平然でいられた。
出来上がったラーメンを一口食べると、すすった音に気づいたのか携帯の向こうの人物がまたなにやら話しかけてくる。しかし俺はそんなことはお構いなしに麺を貪っていた。これが最後の食事になると思ったから。
食べ終わってふぅと息をつく。そして携帯を持ち、話しかける。
「あ…あ」
即座に反応がきた。
『あ!良かった、生きてた…会話はできますか?僕の言っている意味はわかりますか?』
「はい」
『さっきの話は聞いていましたか?』
「保護って…その…施設かなんかに入れられるの?」
『はい。こちらの保護施設にしばらくいてもらうことになります。そこでお話を色々伺う予定です』
「猫」
『え?』
「猫いるんだけど…2匹」
『ああ、猫…猫も保護します。でもしばらく離れ離れになります』
「なんで?」
『あなたと同様、別世界の生物だからです』
「殺したり…解剖したりしないよね?」
『もちろんです。ただ…色々調べなければなりません。終わったらまた一緒に過ごせますよ』
「そう……」
本当かどうかはわからない。俺もろとも解剖されたり実験されるかもしれない。
でも、このままじゃ進展がない。きっとそれは両方にとって良くないことだと思った。
『どうですか?許可していただけますか?』
「駄目だと言ったら?」
『我々はあと12時間で撤退します。…実を言うと、これまでも、あなたの他にも別世界から色々と転送されてはきてるんです。ほとんどのものは無害と判断され、返送されるかそのままこちらへ留まっています』
「そうなんだ…」
『場所が場所でなければ放っておくこともしばしば…しかし、あなたが転送された場所に問題があるので交渉しているんです』
「どういうこと?」
『とある生物の大群があと2時間であなたの家を通過するんです』
「通過?家が壊れるかもしれないってこと?」
『ええ。そしてあなたと猫に危険が及ぶ可能性が大いにあります…お願いです!我々と一緒に来てください』
「家はどうなっちゃうの?」
『なるべく現存するように努めます』
ああ、そうか。
きっと神様か俺の脳みそが、つまらない日常から解放するために生み出したんだ。
だったら最後まで乗ってやろうか。
失うものはほとんどない。
「…じゃあ、あなたも来てくれますか?それだとちょっとは安心できそう」
『わかりました。すぐにそちらに向かいます。僕たちが到着したらドアを開けてください』
声が聞こえなくなると、急いで自室に戻り、衣服と充電器、猫たちの飯とおもちゃをリュックに放り込む。猫たちを専用バッグに入れると家の外が騒がしくなった。
これからちょっと遠出するような気持ちと未知への恐怖が息をあがらせる。
ノックの音。
そして言われたとおりにゆっくりとドアを開け、隙間から外を見る。
目の前には青年が立っていた。
「はじめまして。僕はノア。あなたのお名前は?」
「宮元…スギル」
青年は俺の名前を聞くと少しほほえみながらゆっくりと手を差し出す。
「宮元さん。さあ、行きましょう」