ソビエト軍少女兵戦記・あとがき・最終話完結
いよいよ本シリーズも今回を以て最終話となります。
今回は独ソ戦に於ける、女子兵士達の実際の規模やその影響力などを考察したいと思います。
独ソ戦に従軍した女性はおよそ100万人以上と言われています。
その多くは看護兵や工場要員、都市を要塞化する建設作業員として招集されていました。
しかし本来男性兵士が動員されるべき戦闘部隊への女子の徴兵も実施されるようになりました。
ドイツ軍の侵攻により戦死もしくは捕虜になる男性兵士が急増したからです。
そしてドイツ兵と直接闘いたい女子が大勢志願したからでした。
そのために女性兵士の徴兵も積極的に行われるようになりました。
1941年~1945年までに招集された女子は490235名に及びます。
更にコムソモールの10代の少女達も約10万人が動員されました。
直接戦闘に参加する女子では防空部隊が最も多く177065人に及び、女子だけの防空部隊も多数存在していました。少女達が撃墜したドイツ軍機の数を競い合うという事が実際にあったのです。
そしてこの防空部隊とは別に最前線でドイツ兵と闘いたい女子は志願兵として数多く招集されました。
その数は士官クラスが70647人、軍曹クラスが113990人、兵士が279809人、学生および士官候補生が2057人でした。
中には16歳の実年齢を21歳と偽って登録しようとする女子も大勢いました。
そして22万2千人以上の女子戦闘員が訓練を受けて最前線に送られました。その中には迫撃砲兵6097人、重機関銃手4522人、軽機関銃手7796人、自動小銃兵15290人、狙撃手102333人、(信号兵を含む)その他の部門45509人。
ソビエト陸軍では多くの若い女子達が短機関銃を持ってドイツ軍兵士と闘いました。また10万人以上の女子狙撃兵が日々ドイツ軍兵士を狙い撃ちして大きな損害を与えました。
実際にソ連軍の女子狙撃兵による損害があまりにも多くドイツ軍が敗走するきっかけになったのは間違いないでしょう。
一般的な情報として赤軍の女性狙撃兵は約2000名で内生き残りは500名という説があります。
これはある程度の戦果を残した女性狙撃手の数かもしれません。実際には10万人以上もの女子が狙撃手として戦闘に参加していたのです。
スターリングラード攻防戦ではサブマシンガンを抱えたまま戦死している10代の少女兵の遺体が発見され、ドイツ軍部隊の中でこの噂が瞬く間に広がり大きな動揺を誘ったと言われています。
いたいけな少女までもが自分達を殺そうと突進してくるという事がとても恐ろしい事に思えたのです。しかし女子兵士が多数動員され始めると、対峙する敵に女子がいても珍しいことではなくなり、相手が女子でも容赦なく撃ち殺されたり処刑されたりする場面が増えていきました。
その代わりドイツ軍も彼女達の怒りの銃弾で多くの犠牲者を出す事になります。
前線では20~30人の敵を撃ち殺した女子が大勢いました。
独ソ戦でのドイツ軍の戦死者数(行方不明含む)は約400万人。
ドイツ側の公式発表ですからほぼ正しい数値でしょう。
毎日少女兵達の狙撃や銃撃によって数百人~数千人が犠牲になっていた事になります。
そして前線での英雄的行為により、15万人の女子に勲章が授与され、96人がソ連とロシア連邦の英雄となりました。
独ソ戦での勝利はこの女子達の戦いぶりが大きく影響していました。
また、後方かく乱任務として約10万人のパルチザンがドイツ軍と闘いました。
今回ご紹介した破壊工作員部隊がその代表例です。このパルチザンには28000人の女子が参加していました。情報収集や破壊工作、ドイツ兵への襲撃や暗殺などで活躍していたのはその多くがまだ10代の少女達でした。たった1人で70本ものドイツ軍軍需列車を脱線転覆させた17歳の少女がいました。しかしながらパルチザンは捕まると殆どがスパイとしてその場で処刑されていましたから少女パルチザンもその多くが命を落とす事になったのです。
私が数々の資料を調査したところこのパルチザン部隊はソビエト陸軍の正規の破壊工作員部隊と各地域の自警団のような民兵部隊とに分かれていたようです。前者の部隊は映画にもなったゾーヤ・コスモデミヤンスカヤのように数千名の応募者の中から選抜されて訓練を受けた、いわばエリート部隊でした。追加の最終シリーズで取り上げました破壊工作員分遣隊のメンバーも実はこのエリート部隊でした。一方地元の義勇兵が集まったパルチザン部隊は前者のエリート隊員に率いられている事もあったようですが、構成員は雑多な人達でコムソモールの12歳位の少女も列車の爆破に参加していたり、14歳の少女がライフル銃の撃ち方をすぐに覚えて、直接戦闘に参加して数十名のドイツ軍兵士を撃ち殺したりという記述もありました。正規軍とは違って年齢制限などが甘かった地元のパルチザン部隊では中学生位の年齢の少女達も銃を取って闘っていました。ただし、そんな少女達も戦闘中に銃を携帯している状態で捕まるとその場で処刑されていたそうです。
本シリーズを執筆するのにあたりエピソードの中の女子兵士達の言葉使いなどを分かりやすい単語に置き換えて表現致しました。
例えば彼女達はドイツ軍の事を実際は“ファシスト”と呼んでいました。(本作ではナチスと表現)
それからドイツ兵の事を“フリッツ”と呼んでいました。(本作ではドイツ兵と表現)
また女子達の言葉遣いも現代の若い日本の女子が多様するような言葉に置き換えてあります。
例)「マラディエッツ!(よくやった!)」⇒「やったね!」や「よし!」
「スヴォーラチキ!(ろくでなし!)」⇒「コノヤロ~!」等
「ウラー!(万歳!)」⇒ 「イェ~イ!」や「やったね!」等
「ナァ!(それっ)」⇒「エイッ!」や「ソレッ!」等
時代や国は変われど当時のソ連軍の女の子達も現代の日本の若い女子達と普段の言葉遣いや話題はそれ程変わりません。
女の子が集まれば男の子の話題になり、お化粧やファッションの話題になり、お互いに笑い合ったり喧嘩しあったりという訳です。ちょっと怖い事かもしれませんが現代の日本の女子がオンラインゲームでの得点を自慢し合うのが、当時の赤軍の女子達の間では実際に撃ち殺したドイツ兵の数を自慢し競い合うという具合に置き換わっていたのかもしれません。今の時代が平和で本当に良かったと思います。
とは言え現在のウクライナでは独ソ戦と同様にウクライナの女性兵士達が狙撃兵となって侵攻してきたロシア兵を標的にしているのです。
ドイツ軍に対して共に闘った者同士(ウクライナ人とロシア人)が血みどろの戦争状態にあり、蹂躙されているウクライナをドイツが支援している様は正に隔世の感があるのです。
そして、わたしはこの戦争が一刻も早く終わる事を心から願っています。
本作を執筆するのにあたり取材した中である女性狙撃兵の言葉がとても印象に残りました。
「今日もわたし達は“狩り”に出かけるの。」
「“狩り”わたし達はそう呼ぶの。」
「人を殺しに行くの。」
「これは女の仕事じゃないわ。」
「戦争が終わった瞬間、わたしは本当に嬉しかった!」
「もうこれ以上、人を殺さなくて済むと思うと心底ホッとしたから・・。」
“完結”
長らくご愛読下さいました読者の皆々様には厚く御礼申し上げます。
またの機会がありましたら是非宜しくお願い申し上げます。
Kateryna Sheremska




