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ソビエト軍少女兵戦記  作者: Kateryna Sheremska
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第10回(最終シリース)・257名を葬った17歳の少女 第6部(最終話)

 独ソ戦を生き抜いたクラウディヤはドイツ領のケーニヒスベルグ近郊で終戦を迎えました。

公式記録として残っている彼女の戦果は257名のドイツ兵殺害でした。

(女子狙撃手スコア第2位)

しかしながら、彼女自身がインタビューの中で答えているようにこの戦果はあくまで防御戦に於ける狙撃によるスコアなので実際に彼女が殺害したドイツ兵の総数は300名を超えるものと思われます。

攻撃の際にマシンガンや手榴弾、銃剣で殺害した敵兵の数はカウントされませんでした。

以下はベテランのジャーナリスト、アルチョム・ドラブキン氏が戦後彼女に実施したインタビューの抜粋です。


質問)狙撃学校でどんな事を学びましたか?


答え)「わたし達は戦術や射撃、カモフラージュ、そして弾道に関する事など多岐に渡る事を学びました。」


質問)狙撃学校であなたはパートナーを見つけましたか?


答え)「はい、わたしの隣に座っていたマルシャ・チグヴィンツェワとすぐに仲良しになりました。」


質問)あなたは常にパートナーと訓練していましたか?


答え)「はい、その通りです。」


質問)あなたの学校のグループには何人の狙撃兵がいましたか?


答え)「12名、6組です。でも実際にはもっと多くいたと思います。」


質問)あなたは前線で何人のドイツ兵を殺しましたか?


答え)「実はわたし、よく覚えていないんです。わたしの記録を確認して下さい。でも数えきれないくらいの敵を殺しました。でも攻撃の時に撃ち殺したドイツ兵の数はカウントされていません。スコアに残っているのは防御戦の時に狙撃した数だけです。」


質問)殺した数はどのように記録されたのですか?


答え)「わたし達は敵を撃ち殺す度に塹壕内で上官にメモを渡していました。」


質問)相手が死んだかどうかはどうやって確認したのですか?


答え)「後で敵の遺体を確認されることもありましたが、大抵はわたしが狙撃して敵が倒れたのを確認してカウントしていました。」


質問)「それは不確実では?」


答え)「そうですね、わたしが撃った相手が負傷しただけだったのかは分かりませんが、その後彼が姿を見せる事は無かったので、わたしは彼が死んだものだと思いました。」


質問)通常の狙撃距離はどの位ですか?


答え)「200m位の時が多くて、長い時は1200mありました。800m以内なら常に監視できる距離です。でも直線で2000mまでなら撃つ事が出来ました。」


質問)夜に狙撃することはありましたか?


答え)「いいえ、殆どありませんでした。でも月明りの下で敵を撃ち殺した事は何度かありました。」


質問)一箇所の陣地から何発発砲しましたか?


答え)「通常は1発だけです。2発目を撃てばわたしの場所が特定されてとても危険です。だから1日に1発撃って1人殺す、という事になります。」


質問)優れた狙撃術とは射撃以外には?


答え)「とにかく身を隠すカモフラージュの技術が重要です。自然に溶け込む為の特別なジャケットが支給されました。」


質問)最前線ではどのような服装でしたか、迷彩服などでしたか?


答え)「はい、狩りに出る時は迷彩服を必ず着用しました。前線ではスカートを履くことは無くて、いつもパンツ(ズボン)を履いていました。そして白兵戦に備えてブーツの筒の部分にナイフを差し込んでいました。」


質問)双眼鏡は使いましたか?


答え)「いいえ、光学照準器のみです。」


質問)照準器でどの位まで見えましたか?


答え)「800m以内ならとても良く見えました。わたし達は敵の指揮官、機関銃手、そして信号兵を殺す事が任務でした。」


質問)あなたは積極的に敵の指揮官を狙って殺したのですか?


答え)「最前線で制帽を被って将校の制服を着ているのは映画の中だけです。大抵はヘルメットを被っていて普通の兵士と見分けがつきません。周囲に指示を出しているような身振りや手振りでわたし達は指揮官かどうか判断していました。」


質問)あなたが撃ち殺した最も長い距離は何メートルでしたか、そしてその標的は?


答え)「およそ1000mの距離でした。相手は機関銃手、そして狙撃兵でした。彼らは野原の向こう側の納屋に座っていました。」


質問)普段のあなたの持ち物は?


答え)「狙撃銃以外にはシャベル、山高帽、カートリッジ、迷彩化粧用セット、銃剣、手榴弾2個です。」


質問)なぜ手榴弾を2個持っていましたか?


答え)「1つはドイツ兵を殺すためです。そしてもう1つはわたし自身が敵を道連れにして自爆するためです。わたし達狙撃手は敵からとても憎まれていたので女子でも容赦なく拷問を受けて殺される事が多く、それを避けるために自決するように推奨されていました。」


質問)ドイツ領内で地元の人達はあなた達をどのように扱いましたか。


答え)「彼らはわたし達を歓迎してくれました。でもそれはわたし達の事を恐れて自殺してしまう人が多かったから、わたし達に酷い事をしないで欲しいという思いだったんだと思います。最初、わたし達は彼らが用意した食事に毒が入っていないかとても心配しました。でもわたしは彼らの差し出してくれた牛乳を構わず飲みました。もちろん何も起こりませんでした。その後彼らはわたし達女の子をみんな招待してくれてもてなしてくれました。豪華ではなかったけれどブルーベリーや牛乳でわたし達は癒されました。」


質問)戦争中にあなたが殺した大勢の人達(敵)に対する思いはありますか?


答え)「はい、戦争中わたしは数百人のドイツ人を殺害しました。でも彼らに対して同情したり可哀想だという感情はありません。最前線ではわたし自身が毎日生き残る事に必死だったから、日々の殺しも職務に過ぎず、いくら殺しても何も感じることはありませんでした。でも戦争が終わってからは、わたしが撃ち殺してきた人達にも愛する家族がいて、わたしと同じ普通の人間なんだと強く感じるようになりました。でも後悔はしていません。」


大戦を生き抜いた彼女は戦後、結婚して静かな余生を送りました。


次回は追加の特別編・女子破壊工作員達の活躍・前編に続きます。


次回の更新は2月4日(0:00)になります。


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