第7回・少女看護兵の活躍・第2部(前編)
シリーズ第7回・第2部(前編・中編・後編)でご紹介する戦場で活躍した女子看護兵はクセーニャ・コンスタンチノワさんです。
彼女は1925年4月18日リペツク州スハヤ・ルブニャ村で生まれました。
そして、彼女はイェレツ市の産科学校を卒業し1941年、ドイツ軍がイェレツ市を占領し、彼女の故郷リペツクに接近し始めたとき、16歳のゼーニャは戦線に志願することを決意しました。
彼女は母親にこんな手紙を書いています。
「ママ、憎きナチスが祖国を踏みにじるのをわたしは冷静に見ることができません。」
「本当にごめんなさい、ママ、わたしは、わたしの心に従ってわたしが決めたことをしたいのです。」
1943年、彼女は18歳で赤軍への入隊を許可され第730歩兵連隊の従軍看護兵として前線に赴く事になりました。
彼女はカリーニン戦線での戦闘で多くの負傷兵を看護しました。
しかし、クルスクでの戦闘でゼーニャは負傷しトゥーラの病院に入院します。
ナチスへの憎しみがますます燃え上がる彼女。
彼女の母親への手紙の一節です。
「ママ、わたしは、わたし達の土地に1人でもナチスが残っている限り、家に帰るつもりはありません。」
「わたしは、ナチスをやっつけるために急いで前線に戻ります。」
この時、彼女はすでに“戦功賞”が授与されていました。
そして1943年10月1日、彼女の所属する大隊がスモレンスクで戦っていた時の事です。
大隊は前進の命令を受けましたが、誰かが多くの負傷者のそばにいなければなりませんでした。
大隊長のクレヴァキン大尉は戦闘任務について説明し、衛生大隊の女性看護兵が戦死したので、ゼーニャに負傷者のそばにいるように命じました。
しかし、ゼーニャはとても不本意だったのです。
彼女も部隊と一緒に前進したかったのです。
前進命令が下ると、ゼーニャは恋人で戦友のラゾレンコを抱きしめて言いました。
「さようなら、わたし達、もう会えないような気がするわ。」
大隊が出発すると、渓谷に残された多くの負傷兵達。
彼らは戦うことはおろか動くことさえできませんでした。
そんな時でした。
渓谷に向かって前進してくる部隊に気付いたゼーニャ。
残念ながら味方の部隊ではありませんでした。
以下は戦闘中に彼女が書き残した克明な記録と現場に残された負傷兵達の証言によるものです。
「どうしよう、あれって敵じゃないかしら?」
「こんな時に!とにかくみんなを移動させなくちゃ。」
わたしは運搬兵に負傷者を荷車に載せて移動するように指示しました。
まだ多くの負傷兵が残されている状態でドイツ軍の部隊が現れたからです。
渓谷から見下ろせる位置にいたわたしはその数の多さに驚きました。
「いったい何人位いるのかしら?」
「次から次へとこっちにやって来るわ。」
「どうしよう?」
完全武装の歩兵部隊が渓谷を抜けようと前進してきたんです。
幸い重武装の火器は無いらしくライフル銃や短機関銃だけの歩兵の一団でした。
それでも慎重に数えると約100名程の歩兵中隊だと解りました。
敵の兵力を知ったわたしは荷車の運搬兵に森に隠れるように指示しました。
そしてわたしは1人でドイツ軍を引き付ける事を決意したのです。
「あんなに大勢の敵。」
「わたしはたった1人。」
「でも、わたしは絶対に諦めないわ!」
「負傷して動けないみんなの為に、わたしは1人でも闘うわ!」
そう決意したわたしはマンドリン型サブマシンガンを手に、ありったけの弾倉と手榴弾を看護用のバッグに詰めて接近してくるドイツ軍部隊に向かっていきました。
「落ち着くのよ!」
「奴らはわたしの存在に気づいてないわ。」
「それっ、頑張れ、わたし!」
自らを鼓舞し続けるわたし。
味方の負傷兵は皆重傷者で生きている気配すら感じさせませんでした。
わたしはできるだけ負傷兵からドイツ兵を遠ざけようと思いました。
そして中隊規模の敵に対して徹底的なゲリラ戦を仕掛けようと考えたのです。
まずは警告のつもりでした。
進軍中のドイツ兵達を見下ろせる林からサブマシンガンで狙いを付けるわたし。
「よ~し、こっちの方向から撃ってやる。」
「それっ!」
“バババババババッ!”
前進してきた先頭のドイツ兵に向かって木陰からいきなり乱射したわたし。
瞬く間にわたしの銃撃に薙ぎ倒された5人のドイツ兵。
「わたし、殺しちゃった・・。」
訓練を受けていたとはいえ人に向かって銃を撃ったのは初めてでした。
敵とはいえたった今、わたしは人を撃ち殺してしまった事にとても戸惑いました。
でもわたしにはすでに余裕などありませんでした。
最初の銃撃で何かが吹っ切れたわたし。
敵に見つからないように急いで場所を移動しました。
「よし!」
「やつら、驚いたみたいだわ。」
「今度はこっちから撃ってやる!」
「それっ!」
“ババババババッ!”
20m程移動して慌て気味のドイツ兵に更なる銃弾を撃ち込むわたし。
「やったわ、何人死んだかしら?」
「たったの3人か・・。」
わたしは標的を人間だと思わないように努めました。
わたしは渓谷の巧みな地形を利用して場所を変えながらドイツ兵に銃撃を加え続けたのです。
16歳の頃のゼーニャ、私服姿です。
17歳の頃のゼーニャ。
軍服姿のゼーニャ
第2部・中編につづく・・。
次回の更新は10月1日(0:00)になります。




