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ソビエト軍少女兵戦記  作者: Kateryna Sheremska
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第6回・女子飛行連隊の少女達・第1部

ソビエト軍少女兵戦記シリーズもいよいよ後半に入ってきました。

第6回目のこのシリーズでは女子だけの戦闘機隊、爆撃機隊を取り上げます。

今回登場する女子だけの航空部隊は世界中でもソビエト空軍にだけ存在していた部隊でした。

彼女達の活躍ぶりは日本でもブルース・マイルズ氏著書の“出撃!魔女飛行隊”という作品で出版されています。

当時、女性だけの戦闘機隊や爆撃機隊という編成は大変珍しく、実際に対戦していたドイツ空軍でも大いに興味を抱かせていた存在だったようです。

そして、彼女達は大戦中にドイツ軍(特に地上軍)に多大な損害を与え続けたのです。

 1941年10月に有名な女性パイロットのマリナ・ラスコヴァの呼びかけによって集められた約400名の女子によって編成されたのが以下の部隊です。


第586女子戦闘機連隊(YAK1型30機)


第587女子爆撃機連隊(Pe-2型爆撃機30機)


第588女子夜間爆撃機連隊(Po-2型複葉機30機)


この588部隊が後に有名になった、“夜の魔女”と呼ばれてドイツ軍を苦しめた部隊なのです。

また、586戦闘機連隊には女性エースパイロットのリリア・リトヴァクがいました。

彼女は戦友のエカテリーナ・ブダノワと共に後に男性の部隊に転属し活躍します。


独ソ戦が始まって間もない頃に招集された彼女達。

民間の飛行学校の卒業生や生徒達が数多く応募しました。

皆、自らの手でナチスを根絶やしにする意気に燃えていました。

ただし、彼女達が相手にするのは1939年から戦ってきた歴戦の“男性の”ドイツ空軍のパイロット達だったのです。

大戦に従軍した多くのソ連軍女性兵士達の中で、彼女達は最もエリート的な存在でした。

ところが、その実態は酷い有り様で軍服は全て男性用の転用品でした。

ブーツはぶかぶかで新聞紙を入れなければ脱げてしまう状態でしたし、ユニフォームもきゃしゃな女性達には大きすぎて幅を詰めなければとても着られるような状態ではありませんでした。

それでも、女性達は何とか服もブーツも着こなし、履きこなして何とか女子連隊としての体裁を作り上げていったのです。

また当初は男性パイロット達からからかわれる事も多く、実戦で戦果を挙げる事など夢か妄想だと思われていました。

そんな中、1人の女子が初戦果を挙げます。


ソビエト軍女子パイロットが初めてドイツ空軍機を撃墜したのは1942年9月24日のヴァレリア・ホミャコワでした。

サラトフ上空にて夜間の事でした。

敵の爆撃機編隊を発見した彼女は勇敢にも単身で攻撃を仕掛けたのです。


(ヴァレリアの回想より)

わたしは、ドイツ軍の爆撃機の編隊を見つけました。

その数は12機ほどでした。

“わたしの獲物がこんなにたくさんいるわ!”

不思議と恐怖感はありませんでした。

ただただわたしは、何も考えずに射撃を開始したのです。


“ドドドドドドドドッ!”


3機づつの編隊を組んでいた敵爆撃機隊に向かって吸い込まれていく曳光弾。

わたしの存在に気付いた敵はすぐさま編隊を崩して分散し始めました。


「逃がすもんですか。」

「見てなさい!」


わたしの射撃で分散した敵機の内、1機のユンカースJu-88に狙いを付けたわたし。


「よ~し、思い知らせてやるわ。」

「これでも喰らいなさい!」


“ドドドドドドドドドッ!”


わたしの照準器に入ってきたのは哀れなわたしの獲物でした。

短い連射を撃ち込むわたし。

右側のエンジンが“ボッ!”っと燃え上がりました。

コックピット後方の銃座がわたしに向かって射撃を始めました。


「生意気な!」

「こうしてやるわ!」


“ドドドドドドドドドドッ!”


燃え上がるエンジンの炎を追って機関砲の長い連射を浴びせ続けるわたし。


“ズドドドドドドドドドッ!”


敵の銃座はすぐに沈黙しました。

きっとわたしの撃ち込んだ銃弾が敵の機銃手を撃ち抜いたんだと思いました。

その後は、まるでなぶり殺しのような状態でした。

炎の塊になるまで執拗に追い続け、銃撃を加え続けたわたし。


「これでもかっ!」

“ズドドドドドドドドッ!”


“ズッヴォーン!”


敵機が森林地帯に激突するのを確認すると、

わたしは満足気な笑みを浮かべながら帰途につきました。


翌日、味方の偵察部隊が墜落現場に戦果の確認に行ってくれたのです。

彼らの報告によれば、墜落して散乱したユンカースJu88の機体のそばにドイツ空軍パイロット4名の死体が散らばっていたそうです。

昨夜わたしが殺した奴らです。

遺体に残されていた書類や戦功章などから、西部戦線から参加していたベテランパイロット達だった事が分かりました。

わたしの執拗な銃撃に落下傘での脱出もできなかったようです。

そんな有り様を聞いたわたしはひどく動揺してしまいました。

昨夜は敵機を撃墜することに執念を燃やし、それを成し遂げた満足感と爽快感に打ち震えていたわたし。

でも、わたしが銃弾を撃ち込んでいた相手も人間なんだと改めて認識させられました。

後で、戦死した敵のパイロット達の遺体の写真を見せられた時は、さすがに気分が悪くなってしまいました。

“わたし、4人も殺しちゃったんだわ。”

ただただ夢中で射撃ボタンを押し続けたわたし。

“このわたしの手で、殺したんだわ。”

これは訓練でもゲームでもない。

これは本物の戦争なんだと強く思い知らされた瞬間でした。


世界で初めての撃墜戦果を挙げた彼女。

しかし、ヴァレリア・ホミャコワ中尉は1942年10月6日YAK-1戦闘機で飛行場からの夜間離陸中にエンゲルス付近で死亡しました。

不運な事故死でした。

女性パイロットとして世界初の撃墜を記録した僅か12日後の事でした。


挿絵(By みてみん)

女性初の撃墜を果たしたヴァレリア・ホミャコワさん(当時28歳)


1941年に始まった独ソ戦。

翌年の6月からはスターリングラードでの激しい攻防戦に突入します。

女子飛行連隊のメンバーも結成から半年以上が経ち、ようやく実戦に参加する機会に恵まれるようになりました。とは言え、リリア・リトヴァクのような才能のある一部のパイロットは別にして経験の浅い女子パイロット達が歴戦のドイツ空軍のパイロット達と対等に渡り合える訳ではありませんでした。そこで女子戦闘機隊のメンバーにとってスターリングラード戦線でのドイツ軍爆撃機への攻撃とドイツ軍地上部隊への攻撃が当初の主な任務となりました。

特にドイツ軍地上部隊への攻撃は毎日のように行われました。


第2部につづく・・。

(次回の更新は7月23日0:00になります。)

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