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ソビエト軍少女兵戦記  作者: Kateryna Sheremska
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第1回・ソ連軍ナンバー3女子スナイパー、オリガ・ヴァシリエワ 中編

夏のある日、わたしは町の鐘楼に陣取っていました。

町中が見渡せるこの場所での見張り役だったんです。

夜になって交代要員が来るはずなのに誰も来ません。

わたしは少し不安になりました。


「どうしたのかしら?」


すると、町のあちこちで銃声がし始めたんです。


「敵が来たんだわ!」


激しい銃撃戦が展開され、わたしは1人高さ30mの鐘楼に取り残されてしまいました。

下に降りていこうか迷いましたが、私はここに留まる事にしたんです。

この教会の鐘楼は町の広場に面していて下を覗いてみると、建物に囲まれた大きな広場が一望できました。


「あ、敵だわ!」


先程までの激しい銃撃音が止んだと思ったら、30名ほどのドイツ軍歩兵部隊が広場にやってきて陣地を築き始めたんです。

そして負傷兵を8名ほど広場の壁に面した所に並べて応急手当をしています。

彼らは広場の中央付近にバリケードを築いて機関銃を据え付けました。

でも、この機関銃以外には大砲も迫撃砲もなく、軽装備の50名ほどの1個小隊だと分かりました。

わたしの所属部隊は恐らく一旦町の郊外に撤退してしまったんだろうと思いました。


「どうしよう、わたし1人取り残されてしまったわ。」


わたしは不安でいっぱいになりました。

でも、わたしの手元には狙撃銃の弾が50発程とサブマシンガンと弾倉が2つ、それに手榴弾も3つありました。


「弾薬は十分あるから、わたし1人でも十分闘えるわ。」


不安感が不思議なことに闘志に変わっていったんです。

すると2名のドイツ兵がこの教会の入り口から中に入ってくるのが見えました。


「まずいわ、この鐘楼に上がってくるみたいだわ。」


「何とかしなくちゃ。」


わたしは武器弾薬を急いで着ていたコートで隠し、この鐘楼の最上階の扉が見える柱の陰で身を潜めて待ちました。

しばらくすると、扉がゆっくりと開いて2人のドイツ兵が入ってきました。

初老の兵士とまだ若い兵士でした。

彼らはわたしに気付くこともなく町の全景を見にわたしと反対側の方に歩いていきました。

そのまま柱の陰で息を潜めるわたし。

すると初老の兵士がこちらに向かって歩いてきます。


「殺るしかないかも・・。」


わたしはそう確信してブーツに差し込んであったフィンランドナイフを手に握りしめて彼を待ったのです。

この男はわたしに気付く事もなく、たばこを取り出して火を付けました。

その瞬間です。


「今だわ、それっ!」


わたしは暗闇からいきなり飛び出して彼の胸にナイフを突き刺してやったんです。

音もなく彼の体は崩れ去り、わたしの足元にへたり込みました。

この時のわたしは極めて冷静で、彼を刺し殺した後に、もう1人の男の様子をうかがっていたんです。


「気づいていないようだわ・・、よかった。」


若い兵士は広場の方を見下ろしていて、この惨殺劇に全く気付いていません。

わたしはゆっくりと忍び足でこの男の方に向かって歩いていきました。

そして、この男の背後にぴったりとわたしの体を合わせると、右手で彼の口を押えて、左手のナイフを彼の喉元に突き付けました。


「騒ぐと刺し殺すわよ!」


わたしは堪能なドイツ語で彼の耳元でささやくように言いました。

わたしは医学生だった頃にドイツ語を勉強していて非常に堪能だったんです。

彼の体の力は完全に抜けてしまい、すっかりわたしに怯えていているようでした。


「いいこと!声を出さないでね。」


そういうと彼は軽くうなずき、わたしが手を離すとすぐに両手を挙げました。

そしてわたしは彼に肩のライフルを下に置くように命じて、装備品とヘルメットも外して足元に置くように指示したのです。

彼はとても従順で、よく見ればまだあどけない若者でした。

サラサラのブロンドヘアーでとても整った顔立ちでした。


「あなた、わたしより年下? 何歳なの?」

と尋ねると、

「19歳です。」

と答えた。


わたしは彼をどうするか悩みました。

もし彼が大声を上げれば、わたしはたちまち包囲されてしまうからです。


「君、戦闘経験はあるの?」


「わたし達の仲間を何人殺したの?」

と少し意地悪な質問をするわたし。


「僕は、誰も殺してません。」

「昨日ここに到着したばかりなんです。」

「僕は運が良かったのかもしれません。」

「友達の多くはこの戦線に着く前に列車ごと爆破されて死んでしまったから・・。」


わたし達のパルチザンの仕業でした。

そしてこの手の破壊工作は20代の女子隊員が担っていたんです。


「それって、全部わたし達!」

「わたしの友達の女の子はまだ17歳だけど、たった1人で80本もの軍用列車を脱線転覆させたのよ。」

「ほんと、いい気味だわ。」

「だからあなたの友達を大勢殺したのは、わたしよりも年下の女の子達なのよ。」

「悪く思わないでね、わたし達の国を侵略してきたのはあなた達なんだから。」

少し語気を強るわたし。

この青年にこんな事を言っても仕方ないと分かっていてもつい口に出てしまう。


「僕たちは、ただ国の命令で・・。」

と小さな声でつぶやく彼。

「ソ連軍の兵士はみんな屈強で残虐なんだって聞いてました。」

「でもあなたみたいな、優しい女性兵士もいるんですね。」

わたしのような女性兵士に会ったのは初めてなのか、少しホッとしたような表情で話す彼。


「わたしは、あなたが思っているほど優しいオンナじゃないのよ。」


「あなたの同僚の兵士、どうなったと思う?」


そういえば先程から姿を現さない年配の兵士の事を気にし始める彼。


「あの人どうなったんですか?」

「僕はあの人とは昨日会ったばかりなんです。」

「奥さんと娘さんがいて、急に招集されたって言ってました。」

こんな話、聞かなければ良かったと内心思いました。

もう取り返しはつかないし・・。


「さっき、わたしが刺し殺してやったわ。」

「ご家族には悪い事、しちゃったわね。」

先程殺した男の事など、もう全然気にしてなかったけれど。

彼にも愛する家族がいて、なんて考えるとわたしは自己嫌悪に陥りそうになりました。


「僕の事も殺すんですか!」


動揺して落ち着かない様子の彼。

正直、彼を殺したいなんて思わなかった。

弟のような年頃で戦争中でもなければ恋仲になっていたかもしれない相手なのに・・。

彼を殺さなければいけない理由はただ1つ、敵の制服を着ているから。

ただそれだけでした。


「こっちに来なさい!」

彼を右手で手招きするわたし。


「わたしの顔を見なさい!」

彼が警戒しないようににっこりと微笑みながら、わたしは右腕を彼の肩に回してわたしの体に押し付けるようにしながら左手のナイフを彼の心臓に突き刺しました。

彼の体から力が抜けていくのを感じました。


「本当に、ごめんなさい!」


彼が死ぬ間際に、わたしの申し訳ない気持ちを伝えたかったのは本当です。

彼の体がわたしに寄りかかってきたので優しく床に寝かせました。


“仕方なかったわ。”


2人のドイツ兵を刺し殺したわたしは急いで武器弾薬を整えて広場の方を見下ろしました。

全く警戒していないドイツ兵どもが25人いました。


“まずは、機関銃座を潰さなくちゃ!”


そう心に決めたわたしは手榴弾のピンを抜いて機銃陣地に向かって投げ付けたんです。


「それっ!」


“ヴォーン!”


凄まじい爆発音とともに機銃陣地に居た3名のドイツ兵が爆死しました。

続けざまに手前と向こう側に向かって適当に手榴弾を投げつけるわたし。


「食らえ!それ~!」


“ヴォーン!”

“ヴォーン!”


鐘楼のすぐ下にいたドイツ兵4名と反対側の壁にいた2名が吹き飛ばされて爆死したようです。

何が起こったのか、どこから攻撃されているのか分からないのか、慌てふためくドイツ兵たち。

先程殺したのような経験の無い兵士達ならなおさらでした。

わたしは狙撃銃を手に取ると、スコープ内に現れたドイツ兵を手当たり次第に撃ち殺していきました。


「皆殺しよ!」

「それっ!」

“バシュン!”

「それ~!」

“バシュン!”

「それっ!」

“バシュ~ン”


辺り一面にコダマするわたしの放つ狙撃音。

1人、また1人と次々に撃ち殺していくわたし。

弾倉が空になると急いで新しいカートリッジを取り出して込める。

そして、撃つ。

これを繰り返すだけの単純な作業でした。

ただただ視界に映る動くものを逃さないだけの事でした。

それは人間ではなく、わたしにとっては単なる標的だったのです。

下から撃ち返してくる弾丸は見当はずれのものが殆どでした。


“バシュ~ン!”

“バシュ~ン!”

“バシュ~ン!” 


「フゥ~!」

「終わった!」

気づけば、広場一面にわたしが撃ち殺したドイツ兵の死体が累々と転がっていました。


「何人殺ったのかしら。」


正直、数を数えている余裕なんてありませんでした。

朝日の差し込んできた広場をよく見ると、先程爆死した9名を除いて16名のドイツ兵が死んでいたんです。


「今日のわたしのスコアは16か。」


「実際に殺したのは27人だけど・・。」

もういくら殺しても何にも感じないわたし。

先程刺し殺した若い男の子にだけは僅かな同情心はありました。


“ほんとに、ごめんね。”

そう心の中で呟きながら鐘楼から階下に下りていくわたし。

広場に出ると硝煙のニオイが立ち込めて、わたしの足元にはたった今わたしが殺した奴らの死体でいっぱいでした。


「あっ!」


“そういえば壁沿いに寝かされていた負傷兵たちはどうしたかしら?”


そう思ってそちらの方を見ると奇跡的に全員被弾はしていなかったようでした。

わたしは狙撃銃を肩に掛けてサブマシンガンを構えながら彼らの方に向かって歩いていきました。

すると真ん中あたりに寝かされていた下士官と思しき男が、拳銃を手に半身を起こしてわたしを狙おうとしているのが見えたんです。


「何よっ!」


“ババババババババババババッ!”


わたしは反射的にこの男に向かって銃弾を撃ち込みました。

今までは、スコープ越しに敵に狙いを定めて引き金を引いていたわたし。

でも、今度はそのわたしが相手から銃で狙われたんです。

正直激しく動揺し、殆ど目をつぶってマシンガンを乱射してしまったわたし。

弾倉は空になっていました。


“タッタッタッタッタッタッ!”


静寂の広場に響き渡るわたしのブーツの靴音。

わたしは急いで銃撃を加えた彼らの元に駆け寄っていきました。


「わ、わたしは・・。」


「なんて事をしちゃったの!」


もちらん、彼1人だけを撃ち殺す事は不可能で、寝かされていた8名全員がわたしの放った銃弾に撃ち抜かれて絶命していました。


「何よこれ、何なのよ!」


わたしは更に激しい自己嫌悪に陥りました。

先程、拳銃を構えたように見えたのは黒いシガレットケースだったのです。

鐘楼からの銃撃で味方が全滅し、マシンガンを構えたわたしを見て命乞いをしようとこのシガーケースを手に取ってわたしにタバコを奨めようとしていたんだと解りました。

わたしは殺す必要もない人達を8人も殺してしまったんです。

先程、口封じの為に刺し殺した2人を合わせると10人もの人を殺してしまったわたし。


「フッ・・。」


何とも後味の悪いため息をつくわたし。

仕方なかったとはいえ、無抵抗な負傷者を撃ち殺してしまった事にやり切れない思いでした。


しばらくするとわたしの所属する部隊が町に戻ってきました。

わたしのいる広場にやってきた小隊長は驚きの眼差しで言いました。


「これって、全部君が1人でやったのか?」


半ば呆れたような表情でわたしを抱きしめてくれる小隊長。

この後、鐘楼であった出来事や、負傷兵を誤って撃ち殺してしまった事などを全て報告しました。

すると、小隊長は、


「どうせ、ファシストだ、気にするな。」


と吐き捨てるように言いました。

わたし達の規模の小隊では捕虜を後方に移送する手段も無い事から、その場で射殺処分される可能性が高く、わたしは単にそれを自分が代行しただけだ、と自分自身に言い聞かせようとしました。

それでもわたしの未熟さで大勢の人を殺してしまった事への罪悪感は消えませんでした。


こうしてわたしはこの日、わたし1人で35名のドイツ兵を殺害し、狙撃スコアを16名追加しました。その後もわたしは短期間で多くのドイツ兵を仕留めていったんです。


後編に続く

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