1話 回想~私、誰?~
私は転生者である。前世の記憶を思い出したのは10歳の誕生日。前世での私はあまりパッとしてなくて、スマホゲームのログインボーナスで貰える石とガシャが生きがいだった。
そんな私が車に轢かれて、中世ヨーロッパっぽい世界に転生して、今度こそ煌びやかな世界が始まるかと思いきや、そんな事は無かった。
貴族の家に生まれたから、食いっぱぐれる事は無かったが、でもキラキラヒロインな人生では全く無かった。しかし、激動の人生でも無かった。
それなりに苦労し、それなりに幸せな人生を送って、今は38歳。死んだ時の年齢と同じになった。
私は、屋敷のサンルームで侍女のフアナが入れてくれたお茶をゆっくり飲んで、ふと今までの事を思い出してみた。
まず自分が転生者だと分かった私が真っ先に考えたのは、自分は悪役令嬢なのか否かだった。こういう時、ヒロインなら筋書き通りに進める必要があるし、悪役令嬢なら筋書きから離れる必要がある。
結論から言えば、私はどちらでも無かった。記憶の中に「ルイーズ・ミシェル・オルテガ」なんて名前聞いた事は無かった。
しかし国名の、エスペンロッサ皇国にはかすかに聞き覚えがあった。屋敷にある図書室で世界地図を見た時、隣国の名前がランズバード王国だと確認した私は確信した。
ここは私がプレイしていたゲーム「愛されお仕事ウーマン~恋もお仕事も頑張ります~」の世界だ。
何で中世ヨーロッパなのにお仕事ウーマンなんだとか、野暮な事は考えてはいけない。ゲームを作ってる会社が小さい会社だったし、シナリオライターもイラストレイターも多分これがデビュー作なんだろうなと思う程稚拙だった。それでも1回はインストールしたからと、全ルートのグッドエンド、ノーマルエンド、バッドエンド、スチルに至るまで全て回収した。さすがに課金はしなかったが、しなかったからこそ大変で、ある意味思い出深い作品の1つになった。
今までプレイした恋愛ゲームの中で好きな作品では無いが、記憶には残ってくれたおかげでこれからの展開も読めるぞ、と思ったが壁にぶつかった。
作中では何年にどの出来事が起こるのかまでは語られていなかった。何月何日に何が起こるかは分かっているのに、何年かが分からないおかげで結果自分の持ってる知識は役に立たなかった。
ヒロインが近くにいれば、彼女が何歳かで分かるのに隣国にいられては分からない。
このゲームでは国家間での戦争もルートによっては存在した。人生2周目の私より年下の両親は、10歳の誕生日から性格が激変した娘をそういう年頃だからと放任してくれる優しい人達だ。彼らが戦争で亡くなるのは当然ごめん被りたい。
だから私は10歳なりに出来る行動を始めた。まずは情報集めだ。私はヒロインの名前を覚えていた。
「アリス・ド・ラ・モット」
この名前の少女がランズバードにいるか調べたら良いのだ。それで彼女とどうにか会って、友人関係にどうにかなれたら、これから先の展開も読めるし、国家間の戦争も免れるだろう。
私は皇国の外交官を務める父におねだりをしに行った。
「ねぇお父様?」
「何だい?可愛いルイーズ。今日の水色のドレスも可愛いね。特に胸のフリルが斬新で素敵だよ。こんなにセンスがある娘に恵まれて、私は本当に嬉しいな」
返事が異様に長いし、そんなに褒め称えられても困るし、今日のドレスを選んでくれたのはメイドのフアナだから、フアナを褒めるべきだがそれを全部口にしてたら話が進まないので、私は父の賛美の言葉を無視して続けた。
「実は私、ランズバード王国の歴史に興味が湧きまして、この本に載っていたド・ラ・モット辺境伯の事を詳しく知りたいのです。何かご存知ありません?」
私が差し出したのは、ランズバードとエスペンロッサの戦いの歴史について、という本だ。この本によると、長年敵国同士で争いを繰り返してきた両国だが、それぞれ国境の最前線で守備を固めていたエスペンロッサのグスマン伯爵とランズバードのド・ラ・モット辺境伯が融和を図る会談を独自で行い、同盟を結んだ事で長年の戦いの歴史を終わらせたらしい。
もう150年程前の事ではあるが、歴史を学ぶ時にこの話は必ず出てくる内容で、グスマン伯爵家は未だにエスペンロッサの英雄を生み出した家系という事で、重んじられている。おそらくランズバードでのド・ラ・モット辺境伯家は同じ様な扱いを受けていると思われる。
「おや、もうこの話を習ったのかい?本当に私は賢い娘を持った。つまり、お母様の実家がグスマン伯爵家と繋がりがある事も習ったのかな?」
「ええ。お母様のおばあ様がグスマン伯爵家の方なんでしょ?だから、ド・ラ・モット辺境伯の事が気になったの」
私がそう答えると、父は地図を取りだしてそれを指し示しながら教えてくれた。
「ド・ラ・モット家は今も国境を守る一族として活躍をしているよ。エスペンロッサとの戦いは終わったが、この地域は海に面しているから海賊がやってきたり、海の向こうにあるブリトニール王国からの侵略が起こる可能性もゼロではないからね。グスマン伯爵家と同じく軍人を多く輩出しているよ」
父の話と私が覚えている情報に齟齬は無かった。確かにヒロインは軍人家系に生まれて、女ながらに鍛えられた過去を持っていた。それゆえに、この時代には珍しく職業婦人として登場したのだ。
女だから守られるのでなく、自分で自分を守る術を持てと教えられてきたから。
「まぁ、とても立派な家なのですね。是非ともお会いしてみたいわ。ねぇ、お父様今度ランズバードに行く事があるなら、私も連れていってください」
「えぇ!?でも……」
娘が可愛くて仕方ないであろう父は渋い顔をした。生まれてから1度も国外に出た事が無い娘を、馬車で何日もかかる場所に連れていくのはあまり気が進まないであろう。
その気持ちはよく分かるが、ここで私も折れる訳にはいかない。これもあなた達を守る為なのだ。
「私はこの前10歳になりました。色んなお勉強だってしたし、マナーだってちゃんと出来ます。私も国の外に出て、色んな物が見てみたいんです」
「だが……」
「お父様!」
父は困った表情のまま、固まってしまった。やはり、ちょっと早まり過ぎただろうか。でも、少しでも早く現状を理解しておきたい。それにそろそろ婚約者云々の話が出てくる年齢になっている。この時代の女性が1人でどこかに行くのは難しい。夫となる人が気軽に旅行に行ける立場か分からないし、女性だけでの旅行も国内が主流だ。父と同じ外交官に嫁げば隣国にも行けるだろうが、家庭教師から聞いた話では我が家は軍人家系との繋がりが多いらしい。現に母は英雄グスタフ家に連なる家柄で、実家も軍人の家系だ。恐らく私もそういった家に嫁ぐ可能性が高い。
となれば、やはり子供で且つ多少自立心があるこの年齢で動くのが1番都合が良い。多少無理矢理でも父にねだるしかない。
「じゃあ今度!今度のパーティーで上手に皆様にご挨拶します!そうしたら、私をランズバードに連れていってください!!」
私は1ヶ月後に王宮で行われる第2皇子の誕生日パーティーを思い出し、それを引き合いに出した。まだ私のデビュタントは済んでいないが、今回のパーティーは皇子の誕生パーティーなので、同年代のデビュタント前の少年少女も特別に招待されている。
表向きは皇子と同年代の友人作りの為と言われているが、実際は未来の皇子妃の選定会だ。実際に妃になるつもりは1ミリたりとも無いが、候補に選ばれる事自体が栄誉であり、多少父の立場のプラスにもなる筈だ。悪い提案では無いと思う。
私からの提案にまた困った表情を浮かべたが、私の譲らない瞳を見て、ようやく折れた。
「分かったよ。でもド・ラ・モット辺境伯が良いと言ってくれたらだよ?」
「ありがとうお父様!私頑張る!!」
令嬢らしくないガッツポーズをうっかりしてしまったが、私は気にせず父の頬にキスをして部屋を飛び出した。さぁ、忙しくなるぞ、まずはマナー夫人のマナー講座のおさらいだ。
現在に行くまでが長いし、現在にたどり着いても長い話になります。