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それは無価値故に

作者: 政子ちゃん

『今SNSで話題沸騰! 大人気インフルエンサーカップルが登場!!』

 特に理由なくつけっぱなしになっていたテレビは、いつのまにかつまらなそうなバラエティー番組に移り変わっていた。なんの気もなく目をやると、画面に映る派手な格好をした馬鹿そうな男女はたしかによく見る顔。こいつらが紹介した店やら商品やらは瞬く間に流行ってしまうらしいが、見るからに陽キャのリア充といった振る舞いが気に食わない俺はスマホを開くと、男のアカウントをブロックしながらつぶやく。

「こーゆーのってさぁ……」

 俺の膝に頭を乗せて横になり、ゲーム機を操る彼女は聞いてるのか聞いてないのかもわからないが、視線すら動かすことなく黙々とつまらない作業のようにゲームを続けている。そんな仏頂面でするくらいならやめればいいと言いたいが、俺が買ってやったゲーム機がほこりをかぶるのもなんとなく腹立たしいので、遊んでるだけいいのかもしれない。

「ぜってぇビジネスだよな」

 無視されてもひとり言にしてしまえばいいと、俺は言葉を続ける。SNSで付き合ってることをアピールするカップルなんざろくなもんじゃねえし、そもそも長続きするわけもない。ビジネスとして演じてるなら、こんなアホみてえなイチャつきを全世界にたれ流しにできる精神も理解できないことはないが。

「ウケる」

 意外なことに俺の話を聞いていた彼女は、小馬鹿にするように応えた。

「性格悪すぎでしょ」

 口元に軽蔑を浮かべ、半笑いで彼女はゲームの手を止め身体を起こす。彼女は俺の性格が悪い、顔以外にいいところがないと常日頃から言うが、そうのたまう時にはえらく楽しそうなのだ。

 それはあまり自分でも否定できないので黙っていると、画面の向こう側の異常に高いテンションでうっすいコメントを垂れ流すタレントたちを横目に、思い立ったように彼女が言う。

「ね、アタシたちもビジネスカップルやってみない? 有名になってテレビ出れるかもよ」

「バカが。できるわけねえだろ」

 本気なわけはないだろうが、ありえないことを言う彼女の思いつきに、反射で暴言を返す。なんというか、この世のすべてをコケにしてるというかナメているとしか思えない彼女の言動には、いつも振り回されてばかりだ。大体一応付き合ってる彼氏に向かってビジネスカップルをやろうなんて言う時点で、俺の性格をどうこう言えるような奴じゃねえ。別に俺だって暇つぶしの延長で一緒にいるだけなのだからそんなことで傷つくわけでもないが、それを考えてるのか考えてないのかもわからない彼女の気まぐれは正直疲れる。

「なんでよーやってみなきゃわかんないじゃ~ん?」

 ふざけたような物言いは機嫌がいいときの証拠だが、それがめんどくさい。飲んでもない酔っぱらいの相手をしているようで、ただの冗談だと思っていたら本気で言っていた、真面目に取り合ったらただの戯れでしかなかった、なんてことがいくらでも起こってしまう。機嫌が悪いときは彼女の罵詈雑言を聞き流しつつ、無茶やわがままもハイハイと適当に従っていれば、それなりにやり過ごせるのがこのはねっかえりの不思議なところだ。

「お前俺の仕事なにか知ってる? 刺されるわ」

 こういう戯言にはとりあえず冷静に正論を返すのが一番だ。うっかり下手なことを言うと後から持ち出されて大変なことになるに決まっている。それにビジネスだろうがなんだろうが、SNSでカップルアピールなんて天地がひっくり返ってもできるわけがない、というのは本当だ。同業者が無理させた客に……なんてのも聞かない話ではないし、明日は我が身というのが本心ではある。

「貢ぐって感覚はさぁ……」

 俺が何を言おうとどこ吹く風だが、それに関してだけは聞き分けのいい彼女は不服そうに唇をとがらせ、テレビを消しながらゆっくりと口を開く。

「アイドルとか? ライブとかさあ、そういう人も多いし。アタシも服……ロリブラってコンテンツに金使ってるわけだし……わからんでもないけど」

 彼女は俺の仕事を嫌がり駄々をこねることも、厄介な独占欲も見せることもなく、それだけは本当にありがたい。しかしそれは仕事だから仕方ないと割り切っているわけでも、我慢しているわけでもないのだろう。別にどうでもいい、無関心といったところか。イヤ、それならまだいい。俺の客が減るとか、売り上げが落ちるとか、そんなことになれば自分が使える金も減ると思っているんじゃないか。この性根のねじ曲がった女ならそれくらい図太い神経をしていてもおかしくない。

 つくづく付き合ってて俺になんのメリットもない女だ。たまにコイツの減らず口に「客の方が」なんて言い返してやることもあるが、金を落としてくれる分本当にまだ客の方がマシなんじゃないか。彼女から与えられる毒も金と引き換えなら、皮膚の上を流れるものにしかならないで済んだのかもしれない。

「でもホストにガチ恋とかまったく理解できない」

 これは本気で言っているのだろう。俺からしたらまともじゃないこの女は俺よりよっぽど現実主義の厭世家で、骨まで溶かすような激情をまき散らすくせに、人間の感情の愚かしさを誰よりも俯瞰している。時折見せる冷ややかな、なにもかもを見下した目にこの世はどう映っているのだろう。もしかすると、まともじゃないのはいつだって俺、いや世界の方なんじゃないだろうか?

「そもそもアンタみたいな男にガチ恋って時点でどうかしてるよね!」

 ホラまた。意識しているのかしていないのか、この女は徹頭徹尾俺を貶さないと気が済まないのだ。じゃあお前はどうなんだと返したいが、自分はアンタに恋などしていないと言われてしまえば、それを覆せるだけの確証が俺には一つもない。

「お前なあ……」

 だが俺にもプライドがある。別にこんな女に惚れられても困るのだが、いつだって自分が俺より上だと、顔の他に取り柄のない男などに本気になるわけがないと、彼女がそんな態度でばかりいるのを見ていると、その自信過剰な鼻っ面をへし折ってやりたくなる。

「あんまホストナメんじゃねえぞ」

 底意地の悪い顔で笑う彼女の小さなあごを掴み、引き寄せる。俺の手を振りほどかない彼女は突然のことに驚いているのか、それともなにか別のことを考えているのか。まばたき一つしない黒く大きな二重の両目の中の俺は、まるで水槽の向こうにいるようで、なんだか不思議な感覚に身体が揺れる心地がする。

「……俺が本気出したらお前だって一瞬で沼だぞ」

 そう、いくらつむじ曲がりのじゃじゃ馬だろうと、もしも俺が本気で惚れさせようとすればできないことはない。……ないはずだ。この女が自由気ままに奔放に暴慢に振舞えるのは、俺が許してやっているからだ。こんなにも自信満々にお前には価値などないと伝えてくる女が、その男に飲み込まれ慌てるのはさぞ滑稽だろう。そしてそれを笑えたら、きっとこれ以上ないくらい爽快だろう……

 だがそこまで考えて俺の脳みそはふと立ち止まった。

 ……そうしたらコイツはどうなる? 悔い改めて俺に捨てられたくないと縋るのだろうか? それとも積んだ金額で争う有象無象になるのか? “俺を愛した”コイツは果たして今と同じ人間か?

「ふっ」

 そんな逡巡を彼女は軽々しく鼻で笑い飛ばした。俺の手をはたき落とし、ついでとでも言わんばかりに俺の唇にキスをする。

「そういうのはお姫様扱いのひとつでもしてから言いな~」

 ヘラヘラと軽口を叩く彼女に思わず拍子抜けしてしまう。これじゃあきっと、脅しにすらなっていない。焦るなり照れるなりすればかわいげもあるのに、コイツの頭は空っぽなのか、それとも考えてる上でなにも感じないのだろうか。

「なーにカッコつけてんだか~恥ずかしくないわけ? さすが売れっ子は違うね~」

 煽るような口ぶりもいつも通り。そんな彼女がどこまでも憎たらしいのに、俺はそれでも認めざるを得ない。

「お前がお姫様だったら即革命起こして処刑してるわ」

 世界で一番お姫様にふさわしくない。

「不敬罪で処したい~」

 それがこの女の唯一の長所なのだ。


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