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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その三十三

 交通事故で、病気で、事故で、不幸な出来事に巻き込まれて、事情はそれぞれ違えど死んだ者が異世界へ行く──これは最近の異世界転生、転移系の創作物では定番と言っていい程に起こる出来事だ。


 津太郎自身も創作物で主人公らしき高校生や大学生、または社会人の人生が終える場面を数え切れないぐらい見ていた。 実際に存在してないとはいえ、画面の向こう側で血を垂れ流し、苦しみつつ「死にたくない……」と呟きながらその命が尽きる瞬間を特に意識せず、何の感情も抱かず眺めていた。


 しかしそれはあくまでも架空の登場人物だから何とも思わないような態度を取れるのであって、実在している人物であれば話は別だ。


「山で誰にも見つけてもらう事も出来ずそのまま──とか色々とキツ過ぎるだろ……」


 命尽きるまで続く極限の飢えや喉の渇き。 誰もいない孤独感。 救助が来ない絶望。 それらに伴う精神的苦痛。 そして──死が訪れるという恐怖。 これら全てを小学生というまだ身も心も成長途中の一輝が既に経験していたのかもしれない。


「いや、でも……まだ断定という訳には……」


 奇跡的に親子の名前が全く一緒という可能性も否定は出来ない。 東仙翔子についてはもう考えられなくなり、それどころではなくなった津太郎は次に『東仙一輝』とスマートフォンで入力した。

 すると検索候補には『東仙一輝 死亡』 『東仙一輝 行方不明』 『東仙一輝 母親』 『東仙一輝 山 遭難事件』──と、見るだけで嫌になるワードが並べられている。


 どれも選びたくはないが、一番最初に出てきた『東仙一輝 死亡』を調べるのは本能的に恐怖を感じてしまい、まだマシかもしれない『東仙一輝 遭難事件』の部分を押そうとする。 だがその右手の人差し指は微かに震えていた。


 本当に踏み込んでいいのか、知る覚悟はあるのか、知って意味はあるのか、後悔はしないのか──このような言葉が津太郎の頭の中をよぎり、思わず躊躇してしまいそうになるが何とか勇気を振り絞って液晶画面を押す。


 その直後、スマートフォンに表示されていたのは当然ではあるが一輝に関するネットニュースだった。


 キャンプ場から突如として姿を消した東仙一輝君。 「一人にさせるんじゃなかった……!」 母、東仙翔子さんの後悔の声。  


 東仙一輝さん遭難事件。 ボランティアで来てくれた約二百人と捜査員による捜索でも靴一つ見つからず、何の成果も得られないまま打ち切りへ。


 東仙一輝君(十歳)が見つからないまま七十二時間が経過。 発見はあまりにも絶望的か。


「十歳……一輝は俺と同い年で確か異世界へ行ったのは七年前だって言ってた筈……」


 津太郎は上から三番目の記事を読んだ後、一ヵ月前に一輝が言っていた時の事を思い浮かべる。 自分の記憶に間違いはないと思っているが一応、その後にメモを見て勘違いしていないかどうか確認する。


「やっぱりそうだ……じゃあ……」


 もうこの時点でほぼ確定といっても過言ではないが、まだこのニュースが何年前に書かれたものか分からない。 だから今度はこの三つ目のニュースサイトを開いてみた。


 するとその記事の日付には七年前の五月上旬。 その年のゴールデンウイーク最終日がいつまでなのか津太郎には把握出来ていないが、恐らく終わるか終わらないかぐらいの日が記されており、当時はリアルタイムでこの事件について追求していたのが容易く想像出来る。 


「これは……もう確定か……」


 一輝が異世界に行ったのも七年前。 一輝が行方不明になったのも七年前。 そして親子揃って同姓同名。 ここまで全てが当て嵌まるともう別人だと思いたくても思えない。

 もう素直に認めた津太郎はそのままニュースの記事を読み始めた──七年前、どういう状況だったのかを知る為にも。


「これ以上は非常に厳しい」


 現場にいた捜査員の一人が語る。 母親の東仙翔子さんによると、どうやら息子の一輝君は何も持たない状態ですぐ近くにある野山へ向かったまま行方が分からなくなったという。 つまり食料や水といった生きるのに必要な物が何も無いまま七十二時間が経過したという事だ。


「それにこの時期は昼と夜の気温差が激しく、昼間は暖かくても夜になると一気に気温が下がって半袖の一輝君にとってはとても辛いと思われます」


 飢えによる体力の低下や寒さによる睡眠不足によって体温が下がり免疫力が相当落ちている事から、現時点で発熱を起こしている可能性も十分に有り得る。

 ただ、今も百人以上による捜査員の懸命な捜索が続いている上に、明日からは全国からボランティアの人達も協力してくれるという事もあって発見出来る確率も増すだろう。 


 万が一、山以外の所へ行ったという時の場合に備えて広範囲に渡って張り紙をあらゆる場所に設置する予定で、何か少しでも捜索に繋がる情報があるのなら遠慮なく連絡をして欲しいとの事だ。


 今はただ、一輝君が無事に保護されて母親の元へ帰ってくる事を願うしかない。

       

──ここで記事は終わっている。


 一つのニュースを読み終えた後、津太郎は一旦スマートフォンをベッドに置いた。


「はぁ……」


 溜め息しか出なかった。 もう結果は既に分かっているだけあって一輝を助けようとした人達の頑張りが実らなかった事や、無事に帰って来てほしいという母親の心からの願いが叶わなかった事を想像するだけで胸が痛くなる。


「でもこれだけ騒ぎになっていたなら当時はテレビで放送してただろうし、俺も絶対に見てた筈なのに全然覚えてないとか……やっぱその時は他人事と思ってたんだろうな」


 津太郎は小学五年生だった当時の自分を思い出して急に申し訳ない気持ちになってしまう。 しかし今と違って七年前は名前も顔も知らないのだから、特に意識せず家や学校で話すネタの一つ出来たぐらいの感覚でニュースを見ていたのも無理はない。


「……だけどニュース以外に何処かで見てたような気がするんだが──」


 腕を組み、目を閉じて必死に記憶を呼び覚まそうとしているが出てきそうで出てこない。 このもう少しという所で思い出せないのがモヤモヤしてしまう。


「駄目だ、思い出せない……記憶違いじゃない筈なんだけど……」


 一旦思い出すのを諦めて目を開けた津太郎はスマートフォンで先程のとは別のサイトで一輝に関するニュースを調べていると、その中の一つに情報提供についての記事が載っていた。


「情報提供って、つまり一輝について何か少しでも教えて欲しいから一人でも多くの人に手助けしてもらいたいって事だよな」


 ここでなら何か分かるかもしれないと思った津太郎は早速この記事を読み始める。

 そこには捜索隊の人が情報を得る為に東仙翔子が作成したチラシを道行く人に配ったり、広範囲に渡って貼り紙を貼って見つかる可能性を僅かでも上げたいといった事が書いてある。


 この記事には捜索隊らしき恰好をした成人男性がお年寄りの人にチラシを手渡している光景や、これから配ると思われるチラシや張り紙が長方形のテーブルの上に大量に置いてある二つの写真が載っている。 そして記事の一番下には配る、または貼るチラシが大きめのサイズで公開されていた。


 この捜索願いの白いチラシは一番上に『家族を探しています』の文字が書かれており、隣には行方不明になった年と日付や時間が細かく書かれている。


 その下には紹介として『東仙一輝』の名前と当時の顔写真が隣同士に並べられているが、やはり七年前というだけあって小学生らしい幼げな顔立ちだ。 しかし大人しそうな所は変わっていない。 ただ、髪型は今よりも全体に短くスッキリしていて子供らしさが増している。


 三段目には行方不明になった時の服装がしるされている。

 上は半袖で色は濃いめの緑。 下は茶色のハーフパンツ。 靴は緑と白の二色のスニーカー。 リュックやバッグといった物は所持していない。 ゴールデンウイークのキャンプ場に行くだけあって涼しさ重視の軽装だ。 


 そして一番下に近場の警察署とキャンプ場の連絡先が表示されているの見た所で、津太郎はチラシを全て読み終えた。 


「──そうか、俺は昔からずっと見ていたんだ、この紙を……小学生の時からずっと……」


 どうやら今まで思い出せなかった何かを思い出す事が出来た津太郎がスマートフォンの中のチラシを見つめながら呟く。


「あの電信柱にずっと貼られていた紙は……一輝の──だったのか……」


 だが、ようやく思い出せたのに気分は晴れず、気持ちが嬉しくなる事は無かった。  

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