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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その三十二

 様々な事があった終業式の日の夜。

 この日の夜は昼間の暑さが嘘のように涼しく、外から緑のカーテンの隙間を通って入り込む心地良い風のおかげでエアコンどころか扇風機すらも必要無い程である。


 そんな快適な部屋の中でパジャマ代わりに黒シャツと黒の短パンを着た津太郎はベッドで横になって目を閉じていた。


 電灯は付いているものの、テレビも付けずスマートフォンで音楽も聴かず、無音というべき空間で何もしていない──というよりは何もやる気が出ないという方が正しいか。

 何故なら今日はいつもより早起きをしたのと朝から想定外な事が色々とあったせいで、風呂から出た後に一気に疲れが出てきたからだ。


 現時刻はまだ二十一時台なのだが、既に気力は全く湧かないでいる。 おまけに身体は怠く、頭が中々働かず、まぶたが重たいこの状態は数秒後にも意識が落ちてもおかしくない──筈だった。


「やっぱり気になって寝れねぇ……」


 だがどうしても頭の片隅から離れない事があった津太郎は、それを意識しては中途半端に脳が覚醒してしまい、少しだけ仮眠を取ろうとしても取れない状態になってしまっていた。


「……やっぱり──こう、がっつりプライベートな事を書いてるだろうし……プライバシーとかそういうので駄目だよなぁ」


 そう言いながら顔を横に向け、机の上に置いてある黒のノートパソコンを見続ける。


「もしかするとブログを見たら何か少しでも情報が手に入るかもしれないのに……」


 津太郎が寝れないのはブログの内容が気になっていたからだ。 一輝が人目も気にせず涙を零し、心苦しそうにしていた母親のブログ。 一体どういう事が書かれているのか気にならないとなれば嘘になる。

 ただ、見てみたいとはいっても一輝の秘密や恥ずかしい過去を知りたいといった不純な動機ではなく、一輝の力になりたいという純粋な思いから来ている。


 しかし津太郎は見ていないから知らなくて当然なのだが、ブログは一輝がキャンプに行く前の日で更新が止まっている。 なので何処かに行った一輝の母親の手掛かりを得る確率というのは〇パーセントに等しいだろう。


「はぁ~、一輝がいる時に見ていいかどうか許可を貰えれば良かったんだが、流石にあのタイミングで言うのは無理だ……ていうか言ったら言ったで絶対今頃になって聞くんじゃなかったと後悔するパターンだろこれ」


 そう思った津太郎は言わなくて正解だったと自分の中で納得し、顔を再び天井へ向けた。


「それに──手掛かりを見つけたとしても、次会った時に話したら自分から許可も貰わずブログを見たと言ってるようなもんか……嫌われるのは本気で最悪だし……うん、やっぱ止めておこう」


 下手に余計な事をして一輝との仲が気まずくなるのだけは避けたい津太郎は見るのを諦める。


「もう今のうちに履歴を消しとくか。 そうすれば気にする必要も無くなるしな」


 決断した津太郎が怠い身体をゆっくりと起こしてそのままの勢いで立ち上がり、勉強机の所にまで移動すると椅子に座ってからパソコンを開けてスイッチを押す。 そしてパソコンが起動して使えるようになるとマウスでカーソルを動かして、検索サイトの右上にある設定から閲覧データを削除した。


「よし、これでもう大丈夫だ」


 履歴を完全に消した事で何だか気持ちまですっきりした津太郎は、パソコンの電源を切った後に改めてベッドで横になろうとした──が、


「急に目が覚めたな……何でだ?」


 椅子から立ち上がった後、いつの間にか目が完全に冴えていた事に気付く。

 身体を起こして動いたからなのかパソコンを使って作業をしたのが原因なのかは分からないが、これなら仮眠をせずに済むと思い、別の事で何か手助けになれないか考え始める。


「う~ん、かといって名前以外に何も知らない俺が出来る事といってもなぁ……ん?──名前?」


 机の前で立ち尽くしたまま悩んでいる最中に津太郎はある事に気付く。


「一応やってみるか……」


 そう決めたら早速机の一番大きな引き出しを開け、一輝から聞いた事や異世界について書いてある白い紙を取り出すと机の上に置いた。 色々な事が書かれているメモの中で津太郎の目に映ったのは、一輝の母親の名前である『東仙翔子』という文字だった。


「あったあった、昼間に一応メモしといて良かった」


 メモを取るという古典的な作業をしていて良かったと思うと同時に、ベッドの枕元にあったスマートフォンを手に取る。 


 津太郎はスマートフォンを使って『東仙翔子』について調べようとしていた。

 何か手掛かりに繋がる情報が手に入るという期待は殆どしていないが、時間も掛からず手軽に今すぐ出来るのだからやってみても損はしないだろう。


「昼間にこれをやってれば一輝にもかなり協力出来たのに……ほんと頭悪いな、俺……」


 掴んでいるスマートフォンを見ながら津太郎は呟く。 確かにあの時は色々あったとはいえ、このような簡単な事も思い付かなかった自分を情けなく感じた。


 始める前からへこみそうになる気持ちを切り替える為にも軽く背伸びをし、そのまま思いっきり息を吐く。

 そして少しだけリラックスした津太郎がメモとスマートフォンを持ったままベッドに座り、検索サイトで『東仙翔子』と入力した──その時だった。


「えっ……?」


 津太郎は液晶画面に表示された『東仙翔子 現在』 『東仙翔子 生い立ち』 『東仙翔子 ブログ』 等々、東仙翔子に関する検索候補がズラリと並ぶ光景に目を疑う。

 一体どういう事なのか訳が分からず頭が混乱しそうだったが、この疑問に一つの答えが出てくる。


「いやっ、待て待て……! 同じ名前の有名人だったりスポーツ選手の可能性だってあるだろっ! まだこれだけじゃ決めつけは早すぎるっ!」


 同姓同名の別人であればこのように候補が出てくるのも納得出来る。 自分にそう言い聞かせ、あまり期待しないようにしつつ『東仙翔子』以外は何も入力しないまま検索を開始してみたのだが、そこに映し出されていたのは──、


 あれから四年──未だ息子の帰りを待ち続ける母親。 「諦める訳がありません。 絶対に息子は戻ってきます」 


 山での警察による捜査打ち切りに悲痛な叫び。 子供の発見はもう絶望的か。


 東仙翔子さんに対し心無い誹謗中傷。 「母親が実は原因を作ったのでは?」「胡散臭すぎる」「本当は息子なんていないのに目立ちたくて嘘情報を流した」


 と、どう見ても芸能人やスポーツ選手に関連するようには見えないネットニュースが表示されていた。


「なっ、なんで遭難事故とか物騒なニュースが……? それに息子って……」


 まだ状況が飲み込めず、他にも情報が無いか気になって液晶画面を若干緊張しつつ下へスワイプすると、その手はすぐに止まってしまう。


「嘘……だろ……?」


 津太郎はこの目で見た文字をあまり信じたくなかった。 何故なら──


 キャンプ場近くの山で起きてしまった遭難事故。 東仙翔子さんの息子である東仙一輝君の行方は不明のまま。


というネットニュースの記事が見えてしまったからだ。


「一輝が行方不明って……そんな訳──だって昼間に会ったばっか──あっ」


 この時、津太郎は大事な事に気付く。 そう、一輝が何処から()()()()に戻って来たのかを。


「そうだった、一輝は異世界から来たんじゃない、『帰って』来たんだ……帰って来たという事は、最初はこっちの世界から向こうへ行ったという事……でも俺は一輝がどうやって向こうへ──異世界へ行く事が出来たのかをまだ知らない……だから──この行方不明っていうのは……つまり……」


 だがあまり気付きたくはなかった。 そして想像したくなかった。 一輝がこちらの世界で悲惨な結末を迎えたという事を。


「一輝は異世界に生きたまま転移したんじゃなくて……死んでから転移したって事──なのか……?」


 外から吹くただでさえ冷たい風が、より一層冷たく感じた。 

累計PV10000越えました! 皆さん、本当にありがとうございます!

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