夏の始まり その三十一
「はぁ~、なんで行ってもないのに早くもウジウジしてるのかね~。 ボクには全く理解出来ないよ」
リノウが首を横にヤレヤレといわんばかりに振りながら言う。 ただ、いつものようにおちょくっている訳ではなく本気のように思える。
「だっ、だから……手遅れになるのが嫌だってさっきも言ったじゃない。 私が行かないだけでこの問題は解決するんだから別にいいでしょ……」
相変わらず誰もいない方向へ顔を向けたままイノは話し続ける。 ようやく反応したが、やはり勢いは全く無かった。
「ただ一緒に行けないと決めつけて拗ねてるだけのお子様がな~に恰好つけてるんだかっ」
「拗ねてるんじゃないし……」
いつものじゃれ合うような口喧嘩であれば止めはしなかったが、この緊張感漂う雰囲気での口喧嘩は流石にまずいと思った一輝が二人の間に割り込もうとした時、クリムが右手を顔の前で広げて目を合わせてくる。
クリムの視線や手の動きから「待て、止めるな」という意思を感じた一輝は不安で一杯ではあったものの、これ以上口出しはせず二人を見守る事にした。
「拗ねてるっ! 誰がどうみても拗ねてるっ! そうやってやけになって自分を成長させるチャンスを逃がしちゃってさ~っ! 勿体無いとしか言いようがないねっ!」
「成……長……?」
その言葉に反応したイノはようやくリノウの方へと顔を向けた。
「そうっ! 変に知識ばっかり身に付けるからゴチャゴチャ考えちゃったり悩んだりするんだよっ! 失敗したっていいじゃんっ! 間違っちゃってもいいじゃんっ! その経験こそが一番の成長に繋がるんだっ! それにおチビちゃんは頭を使ってばかりだからっ! 身体がいつまで経っても成長しないまんまなんだっ!」
座ったままじゃいられなくなったのか、リノウは急に立ち上がると反対側にいるイノの方へ向かっていって今日一番の全力で人差し指を突き出す。
「あっ、頭を使うのと体の成長は関係ないじゃないっ! それに私の成長期はこれからでっ! 貴方の歳ぐらいには絶対に凄い成長してるからっ!」
イノがリノウの挑発に乗られて思わず椅子を降り、勢いに身を任せて反論をする。 そこに先程までの落ち込んだ様子は無かった。
「もう……せっかく良い事が聞けたと思ったのに──最後で台無し……」
聞こえないようイノは下を向いてポツリと呟く。 ただ、リノウには見えていないが他の四人には少しだけ微笑んでいるのが分かった。
「今の時点でそんなんじゃあボクより成長とかないないっ!──って何か言った?」
「別に。 それと貴方にはもう用が無いからあっちに行って」
イノがリノウをこの場から追い出すような感覚で手を振る。
「はぁっ!? せっかくウジウジしてたから慰めてあげたのにそんなこと言うなんてこの恩知らずっ! もう次にこんなことがあっても二度目はやってあげないもんねっ!」
恩を仇で返されたと感じたリノウは怒ったまま自分の席へと戻っていった。
(覚えてないんだ……向こうでも貴方が私を庇ったり慰めてくれたこと……何か残念な気もするけど──でも言わない方がこっちもやりやすいし、まぁ……いっか)
そしてイノもまた胸の内に秘めた思いを隠したまま気を取り直して椅子に座ると、すぐに頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。 私のせいで話が変な方向へ行ってしまって……」
イノは自分の暴走のせいで話が脱線してしまった事を謝る。 そして過去の苦い記憶が脳裏をよぎってしまったのが発端とはいえ、仲間に迷惑を掛けた原因を作ってしまった事を反省する。
「気にするな。 時には先程のように周りを気にせず思っている事を吐き出すのも大事だ。 それに、吐き出したおかげで胸に宿る嫌な思いは消えただろう?」
あまり気負わせないようクリムが優しく接する。 きっかけを作ったのはリノウだという事も本当は言いたかったが、今は止めておく。
「う、うん……」
「よかったー! イノちゃん、とってもつらそうだったから安心したよーっ!」
カナリアも安心したのか、少し前までの暗い表情からいつもの笑顔になっていた。
「ごめんね、もう大丈夫だから……それで、その──皆に迷惑を掛けておいて本当にこんな事言っていいのか分からないけど……」
慰めてはもらったが未だ罪悪感が残っているイノは落ち着かない様子で、何か言おうとするも躊躇っているようだ。
「遠慮せず仰ってください。 私達はその為に居られるのですから」
コルトが見つめながらそう言って話しやすい雰囲気を作ると、イノはようやく落ち着きを取り戻して本音を打ち明ける。
「──やっ、やっぱり人前に出るのは怖いし役に立たないと思う……でも、私も、お兄さまと一緒に行きたい……!」
言い終わった後、緊張気味にゆっくりと手を挙げた。 この勇気を振り絞った行動はイノにとって成長したといっても過言ではないだろう。
「おにぃちゃんと行くのはイノちゃんがいいとおもう人、てーをあーげてー♪」
それから間を置かずカナリアが身を乗り出すようにして勢い良く手を上に伸ばした。
「我も賛成だ」
「私もです」
カナリアに続き、両隣に座っている二人も喜んで手を挙げる。
「え~? これってボクも乗らなきゃいけない感じのヤツ~?」
テーブルに身体を伏して怠そうに言うリノウへ、クリムとコルトが空気を読めという視線を送る。 ここで断れば間違いなく良い雰囲気が台無しになるだろう。
「うっ!……分かった分かった分かりましたよ~、やればいいんでしょやればー」
ここで反抗をすれば夕飯抜きと野山で寝る事になる可能性を感じたリノウは渋々と肘をテーブルに付けたまま挙手のポーズをした。
「はいっ! これでみーんなイノちゃんが行くことにさんせいだよっ!」
全員が手を下ろすとカナリアはイノにとびきりの笑顔を見せる。 他人の事なのに、まるで自分の事のように嬉しそうだ。
「ほ、本当に私が行ってもいいの……?」
「勿論ですよ。 その証拠に皆が手を挙げたではありませんか」
「イッキと共に行き、この世界について学んでくるがよい。 賢いイノであればすぐに学習し、知識を身に付けるだろう。 戻って来たら我らに色々と教えてくれ」
クリムとコルトがイノの背中を後押しする。
「でも皆も本当はお兄さまと行きたいんじゃ……」
「自分から行くと言っといて決まった途端に何で急に躊躇っちゃうのさ~。 こういう時は子供らしく素直に受け取ればいいんだよ」
「いいんだよーっ!」
ここに来てその場で足踏みをしているイノにリノウがおもいっきり背中を突き飛ばすような事を言うと、カナリアも続く。
「皆も良いと言ってるから大丈夫だよ。 一緒に行こう、イノ。 何かあっても僕が君を守るから」
「まっ、守ってっ……!?」
一輝としては安心して欲しいという意味で言っただけなのだが、イノにはそれが白馬に乗った王子様から言われたような錯覚に陥ってしまい、照れや興奮で顔が真っ赤になってしまう。
「ひゃ、ひゃい……宜しくお願い──しましゅ……」
この昂る気持ちをどうすればいいか分からず、かといって視線を合わせる事も出来ず目を閉じて少し俯いたまま承諾の返事をする。
「うん、宜しくね──って顔が赤いけど大丈夫!?」
イノの耳まで顔が赤くなり、目を瞑っているのが辛そうに見えたのか一輝は椅子から降りて傍に寄る。
「だっ、大丈夫っ! 大丈夫だからっ!」
一輝が近くにいてくれるのは嬉しいが、これ以上はもう心臓が持たないイノであった。
──それから一分ぐらい経過し、イノが少し落ち着きを取り戻した所でクリムが話を仕切る。
「よし、まだイノの服装はどうするか、何日後に行くかと決める事はまだあるが、この件に関しては一旦終わりにしよう──誰か他に何か話す事は無いか?」
「ないよー♪」
「待ってカナリアちゃん! とても重要な話が一つだけあるっ!」
リノウが身体を起こすと、いつになく真剣な目で真正面にいるコルトを見つめている。 そして息をゆっくりと長く吸い、ゆっくりと吐き出した後に生唾をゴクリと飲み込んでから話しかける。
「今日の夕飯……なに?」
「よし解散だ」
クリムの一言でリノウ以外の全員が席を立つ。 コルトは全員分の食器を持って食堂へ、カナリアはまたアトリエに向かう。 クリムとイノは自分の部屋へ戻っていくが、まだ幸せな気分に浸っているのかイノの足取りは普段より軽く見えた。
「ちょっと待ってよ~っ! ボクにとってはとっても重要なことなのに~っ!」
リノウはどうしても知りたいのかコルトを追うように食堂の方へと向かっていく。
「あはは……リノウは本当にぶれないなぁ……」
その姿を見送った一輝は、このどんな時でも自分を貫くリノウを見習うべきかどうか真剣に考えたという。




