夏の始まり その三十
「それで……誰が……イッキ君と……行くのさ?」
機嫌の良くなったリノウはクッキーが口の中に入った状態で他の五人に話しかける。 しかし食べる方に集中しているせいで言葉が中々出てこない。
「リノウおねぇちゃんモグモグしながらしゃべるとかきったなーい♪」
カナリアが笑顔でリノウを汚いと注意するも、カナリア自身の口周りはクッキーの食べカスで汚れていた。
「食べながら話すのは行儀が悪いですよ」
コルトはメイド服のポケットから白のハンカチを取り出してカナリアの口を拭きながら言う。 ここだけ見るとまるで母親と娘のようだ。
「ですが──そうですね……その前に姉か妹、イッキ様にはどちらの方が違和感が無いのでしょうか」
口を拭き終わったハンカチを綺麗に畳んでテーブルに置いた後にコルトは一輝を見つめる。
「そ、そんなに見られると何か恥ずかしいんだけど……」
ただ、いつまでも見続けるせいで一輝は照れくさくなって顔を下に向ける。 その様子を見たイノが少しだけ頬を膨らませていた。
「別にどちらでも良いのではないか? イッキぐらいの年齢では姉だろうが妹だろうが一緒にいても特に問題ないだろう」
「じゃあみんなでいっしょに行こーよー! そっちのほうが楽しーよー!」
クリムの問いにカナリアが元気よく答える。 だがその回答はクリムの求めているものとはかけ離れている気もするが。
「それは……目立ちすぎるから駄目。 あくまでも目的は話を聞きに行く事であって遊びに行くんじゃないんだから」
「えー、そーなのー?」
「そうなの」
そして年下のイノが年上のカナリアに指摘をする。 この会話だけ聞くと、どちらが年上なのか分からなくなりそうだ。
「じゃあさ~、妹でも姉でも似合うんだったら次はイッキ君と一緒に行きたい人がいるかどうかをハッキリさせなよ~。 そこで自分は別にいいって言う人がいれば選ぶ人も減るわけだし」
「それもそうですね。 ではリノウ以外でイッキ様と共に話を聞きに行きたいという方は挙手をお願い致します」
リノウの意見に賛同したコルトが他の者の意思を確かめるべく手を挙げるよう促す。
「はいはーいっ! すっごくきょうみあるから行ってみたーいっ!」
まず即座に元気よく反応したのはやはりというべきか、カナリアであった。 錬金術士としての探求心が彼女の心を突き動かしているのかもしれない。
「……我も少しばかり興味はあるな。 一体どのような場所にイッキは住んでいたのか、周りには何があるのか見てみたいものだ──それに……いや、なんでもない」
次にクリムがゆっくりと手を挙げた後、少しだけ一輝の方へと視線を配る。 少し前の質問といい、やはり一輝が家に行く事によって精神的に苦しむ心配をしているのだろうか。
「お恥ずかしながら実は私もイッキ様が幼少の頃より暮らしていた光景を、この目で見てみたいという気持ちがありまして……」
三番目にコルトが少し照れながら挙手をした。 異世界へ行く前の一輝の事を少しでも知れる機会であるのは間違いない。
「結局みんな行きたいんじゃ~ん──って、あれ? おチビちゃん手を挙げてないよね?」
てっきりイノはもう手を挙げていると思っていたリノウは振り出しに戻ったと勘違いしていた。 しかし、イノが何も反応せず少し寂しげな表情で黙っている事に気が付いた。
「なんか意外~! おチビちゃんのことだから『お兄さまと一緒に行きたいっ!』とか言って誰にも譲らないと思ってたのにさ~!」
リノウは相変わらずからかうような発言をする──いつもならここでイノが怒ってくるのに今回は何も言わない事に軽く違和感があった。
「ありゃ? う~ん、なーんか調子おかしくなっちゃうな~」
普段とは違う反応にリノウも一体どうしたのかよく分からず困惑していた。
「どうしたイノ。 遠慮する必要は無いのだぞ?」
「あくまでも挙手は意思表示の為にするだけなので、イッキ様に付き添いしたいという気持ちがあれば特にしなくても問題ありませんよ?」
クリムとコルトも落ち込んでいるように見えるイノに話しかける。
「違う……遠慮してるわけじゃないし、一緒に行きたい気持ちでいっぱいだよ……」
イノは俯いたまま声を出す。 だがその声に先程のリノウとの掛け合いのような勢いは無かった。
「ならば己の心に従えばよいではないか」
「そうしたいけど……私にはお兄さまと一緒に行く──付いていく資格なんて無いから」
イノの口から出た言葉は普段なら絶対に言わないような内容だった。 それだけに周りは驚いており、大抵の事では動じないコルトでさえも口に手を当て目を見開いた様子であった。
「えーっ!? なんでなんでー! そんなことないよーっ! あっ! もしかしてリノウおねぇちゃんがなにかよけいなことを言ってたんでしょーっ!」
カナリアが立ち上がると珍しく起こり気味にリノウへ人差し指を力強く向ける。
「流石に今回ばかりは夕食抜きどころでは済まされませんね。 今日は外でお休みになられますか?」
「二人は確かに口喧嘩をよくするが、それもまた友好を深める一種の交流と思って見ていた……しかしイノの心を傷付けるようであれば次からは介入させてもらうぞ」
「いやいや言ってない言ってないっ!──ほんとだよ? ほんとだからそんな目で見ないでってばぁっ! 今日まで引きずるぐらい酷い発言なんて流石にしないよぉ!」
リノウが手を横に力の限り振って誤解されないよう全力で否定をする。 だが一輝とイノ以外の三人からは疑いの目で見られていた。
「えっと……イノ、もし良かったらその事情を教えてもらってもいいかな」
三人がリノウへ色々と言っている間に一輝が少し心配そうな表情でイノから話を聞こうとする。 目の前の仲間が心の内に不安を抱えているのだ、そんな状態だと分かっていて一輝が放っておけるわけがなかった。
「う、うん──わ、私ね……」
イノが自信無さげに話し始めると騒いでいた四人も何も言わなくなり、食堂全体が静まり返る。
「知らない人と話すのが苦手だから、きっとお兄さまと一緒に行ったって何も話せなくて役に立たないと思う……」
事情を申し訳なさそうに話すが、真っ直ぐ向いたままで一輝と視線を合わそうとはしない。
「それぐらいなら資格が無いという言葉は大袈裟な気もするが……話す事は出来なくともイッキの傍に居てやる事ぐらいは出来るだろう」
「うぅん、それだけじゃないの」
イノは目を瞑って首を横に振る。
「この……肌が白いせいで私なんかが一緒に歩いてると、もしかしたら──いや、絶対に通り過ぎる人や家の人に『気味が悪い』とか『怪物』とか言われて変な注目を浴びて、皆が怖がって、下手すると『化け物』と言われながら石を投げられて……それで……誰にも話を聞けずに終わるんじゃないか──そう考えちゃって……」
そう言いつつイノは自分の手をゴスロリ服の長い袖で隠してしまう。
(そうだ……イノは向こうの世界で色々と言われたから、それが原因でこんな事を……)
一輝は異世界でイノが町中の人々に罵声を浴びせられ、周りの人から露骨に嫌がっていそうな目で見られていた時の記憶を思い出す。
「私が周りから何か言われたり、不気味な物を見る眼差しを向けられるのはいいの。 でも私のせいでお兄さまに迷惑を掛けるのは本当に嫌……耐えられないっ……!」
イノは頭の中で自分が邪魔をしてしまう想像をしたのだろうか、俯いたまま頭を左右に振り続ける。
「それにもし私が行ったとして、周りに何か言われてるからとお兄さまが気を遣ってここへ戻った時点でもう手遅れなんだよ? だって町中に変な噂が広がってる可能性だって十分あり得るんだから……そんな迷惑を掛ける事しか出来ない私に行く資格なんて無いの……」
顔を上げた後、イノは目を斜め下に伏せながら自分の意見を主張した。 本当は一輝と共に町を歩いて回りたいという自分の気持ちを必死に押さえ、目的を果たすのを最優先させるイノの考えを聞いてすぐに言葉を返す事が出来ずにいた──ただ一人を除いては。




