夏の始まり その二十九
「何を必死に考えているのかと思いきや……そんなワガママなんて駄目に決まってるじゃない。 貴方が行ってもお兄さまの迷惑になるだけよ」
「ただでさえ騒がしいショウカが共に行った所で無駄に注目を集めるだけで終わるだけだ。 悪い事は言わん、やめておけ」
「お二人の言う通りです。 イッキ様のお役に立ちたい気持ちは分かりますが、ここは自重してください」
カナリア以外の三人が即座にリノウへ反対の意見を述べる。 ここまで言われるのは日ごろの行いが悪いからなのかもしれない。
「みんな……本当にイッキ君一人で行かせても大丈夫と思っているのかい?」
普段なら否定されると大声を荒げながら我が儘を言うのだが、今日のリノウは珍しく冷静だった。
「……? 僕一人じゃ何か問題でもあるの?」
一輝としては今日のように一人の方が目立たずに済む為、特に問題ないと考えていただけにリノウの言葉が気になる。
「だってさぁ、考えてもみなよ~。 いくらイッキ君の顔立ちが大人しそうで何にも悪い事しなさそうに見えても、名前も顔も知らない男の子が一人でいきなり尋ねてくるとか相手も警戒するに決まってるじゃーん」
「えっ? そーなのー? シンタローみたいにおはなし聞くだけだから、だいじょうぶかと思ってたー」
よく分かっていないカナリアを除いて、リノウの意見に他の四人は納得してしまったようだ。
「ぜーんぜん大丈夫じゃないよ~。 カナリアちゃんの暮らしてた国は確かにすっごく平和だったからいきなり尋ねても問題なかったけど、普通は知らない人が家に来たら誰でも怪しんじゃうのが普通なのさ!」
「へー、なるほどー。 じゃあ、わたしもきをつけるっ!」
リノウが左右の横腹に片方ずつ手を当ててから得意気に言うと、カナリアも真似をする。
「フラソールも自分を守る為に学習するのは良いが偉そうな構えまでは学習しなくてよい──いや、とりあえずこの事に関しては置いておこう。 それよりも何故ショウカが付いていく必要があるのかを教えてもらおうか」
クリムは腕を組んだまま疑問に思う事を言う。
「それはズバリッ! 男の子一人よりも女の子も合わせて男女二人の方が警戒心を薄くさせるから~っ!」
片目を閉じたリノウはそう言いながらクリムに右手の人差し指を向ける。 その表情はまた得意気であった。
「──皆の者、解散だ」
「お兄さまのお役に立てる案を思い付いたのかと少しでも期待した私が間違いだった」
「パンだけじゃ空腹を満たせず思考がおかしくなっているのかもしれませんね。 何か用意でもしましょうか?」
一輝とカナリア以外の三人は心底呆れた様子で立ち上がろうとする。
「待って待って! あ、でもコルトは何か用意して欲しいから待たないで! 他の二人はちょっと話を聞いてよぉ!」
リノウが必死に引き止めようと声を掛けると、クリムとイノは露骨に嫌そうな態度を取りながら再び座る。 ただ、コルトだけはそのまま立って食堂の方へと向かっていった。
「次が最後だぞ」
「二度は無いわよ」
「まぁまぁ、二人共。 リノウもきっと効果があるから言ってるんだよ。 そうじゃなかったらここまで必死にならないんじゃないかな」
一輝も二人をなだめて落ち着かせる。
「うんうんっ! いや~、イッキ君だけだね、ボクのことはちゃ~んと分かってくれてるのはっ!」
リノウは何度も頷き、一回転した後に一輝の方へ身体を向けて嬉しそうに言う。
「早く話しなさい……!」
一輝とリノウが仲良さそうにしている光景を見て気に食わないのかイノはイライラし、膝の上に乗せている両手は握り拳を作っていた。
「おーこわいこわい。 じゃあおチビちゃんが怒っちゃう前に話すとしますか」
するとリノウは自分の椅子へ再び座る。 そして自信に満ちた表情のまま語り始める。
「さっきも言った通り、イッキ君一人だけだったら向こうも警戒しちゃって心を開いてくれないと思うんだよねぇ……そ・こ・でっ! ボクみたいな美少女が隣にいたらどうなると思う?──そうっ! 相手はもうコロッと態度が変わっちゃうっ! だって『こんな可愛らしい子が何か悪いこと企んでるなんて考えてるわけが筈が無いっ!』って思うからっ!」
自分の容姿に相当な自信が無いとここまで堂々と恥ずかしげもなくこんな事は言えないだろう。 イノとクリムはあまりの意味不明っぷりに口を挟む事も出来ず呆れながら聞いていた。
「それにそれにぃっ! イッキ君とボクが目の前ですっごくイチャイチャしながら最近この辺りに引っ越してきた新婚夫婦でーす!と言えば、向こうもすっかり信じちゃって聞きたいことを何でも話しちゃうっ!──どうだいこのボクの完璧な意見……!」
演説を言い終えた後のリノウは非常に満足気で、そのウットリとした表情には既に何かを成し遂げた感すらあった。
「なによっ! ただ単に自慢したいのと適当に理由付けてお兄さまと一緒にいたいだけじゃない! こんなくだらない意見だったなんてやっぱり聞くだけ時間の無駄だったわ!」
イノが椅子の上に立ち、一輝の頭越しにリノウへ人差し指を突きつける。
「いえ、くだらない意見ではなさそうですよ」
コルトが長方形の形をした銀色のトレーを両手に持ったままテーブルの方へと姿を現した。 トレーの上にはリノウのだけではなく六人分の紅茶とクッキーが置かれている。
「どういう事だ?」
気になったクリムが質問をする。
「美少女やら新婚夫婦については──置いておくとして……誰か一人でも隣に居てくれれば何か困った時に相談も出来ますし、心細さも無くなりイッキ様も精神的に楽になるでしょう。 今日はシンタロウ様がイッキ様の心の支えでしたが、次は今のままでは誰もおりません。 となると、やはり誰かが付いていく方が宜しいかと」
コルトは一人一人の皿とティーカップをテーブルに置きながら説明をする。
「いやだからその役目はボクが──」
「それに、『この辺りに引っ越してきた』という言葉は付近に住んでおられる方々を信用させるには良い言葉だと私も思います──本来であれば嘘をつくような行為をイッキ様にして欲しくはありませんが……」
「じゃあボクが嘘をつく役目を──」
「後、イッキ様とは姉か妹という血の繋がった関係であればより一層、先程述べた引っ越しに関しても信憑性が増すでしょう」
「だったらこのボクが妹という役目にふさわし──」
「なるほど。 確かにそれなら誰かが付いていった方が良さそうではある……だがこの中で誰が一番相応しいのだろうな」
「なんでボクのことを無視して話を進めてるのさーーーーっ!!」
ことごとく意見をスルーされただけでなく、いつの間にか自分が付いていく役目から勝手に外された事に対して我慢出来なくなったのか大声を出した。
「ボクが思い付いたんだからボクが行くのが当たり前じゃんか~っ! なんで他の誰かも候補に入ってるんだよーっ!」
リノウはおもいっきり不満をまき散らす。 ただ、他の四人はちゃんと聞いているのにカナリアだけは目の前にあるクッキーを食べるのに夢中だった。
「ほんっとにうるさい……こういう所が貴方が一緒に行くには向いていないっていうのが分からないのかしら。 少しでも目立たないようにしないといけないのに貴方がそうやって叫んだりすると話を聞く前にもう計画は失敗よ」
イノがここぞとばかりに容赦なく責め立てる。 言いたい事を全部言えてスッキリしたのか紅茶を飲む姿はとても幸せそうだった。
「ぐう~っ! イ、イッキ君も何か言ってよ~! こんなの絶対おかしいよねっ! ねっ!」
唯一の味方と信じている一輝の両手を握って目を合わし、潤いのある──ように見せかけている瞳で訴えかける。
「えっと……ごめん、リノウ」
もしも注目を集めて急いで逃げ帰るような事をしたら危ない噂が広がってしまって、次に来た時はもう周りに住んでいる人達から話を聞かせてもらえなくなる可能性が高くなる。 それだけは避けたかった。
「そっ、そんなぁ~……」
裏切られたショックで手を離したリノウは力の抜けた状態で机に伏せてしまう。
「でも、リノウがこの案を思い付いてくれたおかげで聞き込みの成功率が上がったのは間違いないし、凄く感謝してるよ。 本当にありがとう」
一輝の心からのお礼を聞いたリノウは勢いよく身体を起こす。
「も、もう……イッキ君にそこまで言われたら仕方ないなぁ。 今回は他の子に譲ってあげてもいいけどさぁ、今回だけだからね」
ありがとう、と言われたのが本当に嬉しいのか意外にもこれ以上の我が儘は言わず、あっさりとこの件から手を引く。
そして今度はリノウ以外の四人で誰が一輝と共に行くのか決める事にした。




