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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その二十二

 一輝は母親の名前を言った後に津太郎へ『翔子』の漢字はどういう文字なのか説明した。


「空を翔けるの『翔』に子供の『子』で翔子……一応メモするからちょっと待っててくれ」


 津太郎はそう言うと席を立って机の引き出しからメモ代わりの紙を、カバンの中にある筆箱からシャーペンを取り出す。

 この紙は一輝と出会った日の夜に忘れないようメモした物で、内容は一輝の名前や他の五人の関係性についてや魔法と魔障壁の事が書かれている。 だが、自分が読めたらそれでいいと考えていたのか殴り書きに等しいその文字はお世辞にもあまり上手とは言えない。


 一輝の名前の隣に『東仙翔子』と書いた後にメモを片付けて席に戻っている最中、津太郎はある事がどうしても気になっていた。


(お父さんの方は……一体どうしたんだろ)


 母親の事は話しても父親に関しては何も話してこないのはどうしてなのか疑問だった。

 単純に話すきっかけが無いから口に出さないのか、それとも言いたくない何かがあるのか──いくら相手の事を知る為には踏み込まないといけないと分かっていても、遠慮無しに何でも聞いていいわけではない。


 一輝の心を家に例えるならば、今はまだドアを開けて玄関先に入ったばかりのようなものだ。 家の中に足を踏み入れたものの、そこから先にはどうすればいいか分からず声が掛かるまで津太郎はその場で立ち尽くしている。

 恐らく現時点ではここが限界かもしれないと思った津太郎は、これ以上の詮索を止めておくことにした。


 気持ちを切り替えた津太郎が一輝と対面になる定位置に座った時、横にあるテレビからはニュースの報道で窃盗犯を捕えている警察官が画面に映し出されている。


 この映像を見て津太郎はちょっとした案が思い浮かんだ──とはいっても誰でも思い付くようなものだったが。


「なぁ、警察に話をしてみるっていうのはどうだ? もしかするとあっさり見つかるかもしれないぞ」


 息子である一輝が交番でも警察署にでも行って話を聞いてもらえれば、案外そのまま親子の再会まで最短距離で辿り着く事もあるんじゃないかと津太郎は考えた。


「そっか……警察か──警察の人にお願いするなんて考えもしなかったな……」


 一輝は右手で顎を触り、どうしようか悩んでいる。 母親を探すのに警察に頼るという案が思い付かなかったのは、やはり異世界での長年の暮らしが影響していたのかもしれない。


「こういうのはやってみないと分かんないしさ、試してみても俺はいいと思うんだが」


「そう……だね、凄く緊張するけど行ってみるよ──あっ」


 少し乗り気で明るかった表情から一変、何かに気付いたのか重苦しい表情を津太郎へ顔を向ける。


「……ごめん、 せっかく良い意見出してもらったけど……無理だと思う」


「えっ? どうしたんだよ急に?」


 津太郎は突然の態度の変わりように動揺してしまう。


「多分だけど──仮に事情を説明したとしても、僕とお母さんの事を証明出来るものが何も無いから相手にしてくれないんじゃないかな……名前だけじゃイタズラで済まされそうな気がするよ」


 イタズラで済んで追い出されるだけならまだマシかもしれない。 そこで警察に色々と追及されてしまうと一輝だけでなく付いていった津太郎にとっても非常にややこしい事態となってしまうだろう。


「じゃ、じゃあさ! 一輝の家に二人を証明する物があるかどうか探してみたらどうだ?」


 だが津太郎としてはすぐ無かった事にするのは勿体ないと思い、どうにか対策を講じてみる。  


 しかしこの『一輝の家』──この言葉を聞いた瞬間、一輝は軽く目を伏せてしまう。 そして思い出してしまう、あの何も無くなってしまったあの光景を。


「えっと──実は……僕の家はもう無くなってたんだ……」


「…………は?」


 数秒後、ようやく津太郎は声を出した。


 それから一輝が一ヵ月以上も前に家へ転移魔法で戻っていた時の話を聞く。

 ようやく母親に会えると思って帰ってみたら何故か転移した先は草むらの中だった事。 そこから抜け出して周りを見渡したら、家はもう手入れのされていない荒れ果てた土地になっていた事。


 手短な説明ではあったが、それだけでも津太郎にとっては衝撃的であった。


(マジかよ……)


 当たり前のように自分の部屋で起き、当たり前のようにリビングでご飯を食べ、当たり前のように風呂場で身体を洗い、当たり前のように自分の部屋で寝る。

 そんな当たり前の日々を家で過ごし、これからもずっと当たり前のように家で過ごせると思っていたある日、帰って来たら家が無くなっている──津太郎は想像しただけで身体が震えた。

 

 本当なら家が無くなってから先の事も知りたかったが、流石にこれ以上問い詰めるのは一輝にも辛いかもしれないし、何より話が更に脱線してしまう為に止めておく事にする。 


「それは──きついな、本当に……」


 この場合は同情するべきなのか、励ますべきなのか、何事も無かったかのようにするのか、どのような反応をしたらいいのか分からない津太郎は、こういう事しか言えなかった。


「う~ん、まぁ……あれだ。 警察に頼るという考えは置いといて、他に出来そうな事といえば──」


 また空気が重くなりそうな気配が濃厚と感じた津太郎は話を振り出しに戻す。


「そうだっ! お母さんの祖父母そふぼに会って何か聞いてみるっていうのは?」


 何とか知恵を振り絞って案を出す。 身近な親族に会いに行くのなら証明に必要な物も無い上に、記憶の結びつきも強い筈だから転移魔法を使っても魔力の暴走が起こる確率も低そうだ。


「あの──おじいちゃんとおばあちゃんは僕が小さい頃にもう亡くなってて……それに家に行ったのも凄い昔だったからあまり覚えてないんだ」


「えっ、そ、そうだったのか……わ、悪い……」


 まだ元気に過ごしていると思い込んでいた津太郎は、既に他界していると聞いて冷や汗が出る。


「そんな……津太郎君は何も悪くないから気にしないで。 元はといえば僕が事前に家族の事を話していなかったのがいけないんだし」


「いやいや、それでもやっぱり気にするって……」


 一輝の言い分はどうあれ、津太郎は自分がやらかしてしまった事に思わず溜め息を吐きだす。


 その後の一輝の話によると、祖父母は二人で車に乗って出掛けている時に交通事故に遭ったらしい。

 だが当時は一輝もまだ幼稚園児だったという事もあり、葬式を行っている最中はここで一体何が起こっているのかあまり把握出来ていなかった上に、どうして周りの人が泣いているのか分からなかったようだ。


 しかし今でも目に焼き付けて覚えているのは、喪服を着た母親が遺影の前で泣き崩れていた姿だという。

 あそこまで悲しんでいる母親の姿を見たのは初めてらしく、もう見たくない気持ちで胸が一杯になったらしい。


「そうか……そんな事があったのか」


「うん──とはいっても凄い昔の事だから、うろ覚えな所もあるけど」

 

 一輝はうろ覚えと言っているが幼稚園児の頃だった時の記憶をここまで覚えているという事は、やはり心にも残る強烈な出来事だったのだろう。


(それにしても家を失った上に祖父母は他界とは……キツすぎるだろ)


 偶然とはいえ津太郎が案を出したのがきっかけで一輝の過去や家に関する事情を知る事が出来た。

 まだ殆ど何も知らない一輝に関する情報を手に入れたのは確かに嬉しい──しかし、それと同時に肝心の母親探しに関しては一歩も進んでいないという事実が重く伸し掛かってしまう。


「──とっ、とりあえず……別の方法を考えようか」


「う、うん……でもごめんね、僕は何も思い付かなくて……」


「気にすんなよ。 まだこっちに帰って来てから日は浅いんだからさ、無理もないって」


 それからまず真っ先に浮かんだのは通ってた小学校やクラスメートを訪ねるという単純な考えだが、小学校に高校生ぐらいの青年がいきなり訪問しても教師に門前払いされて終わる可能性が非常に高いだろう。

 クラスメートについては七年という長い年月のせいで一輝の事を忘れ去られる、成長して誰が誰やら分からない、そもそも家が何処か分からないといった不安定要素が多すぎて、あまりオススメではなさそうだ。


(しかし困ったな……)


 頭の中で何か思い付いても、冷静に考えたら本当は良くないんじゃないか──という繰り返しが続いてしまい、津太郎にとって悪い流れが生まれてしまっている。


 だが津太郎が目を瞑って悩んでいる最中、話し合いを始めてから一度も声を掛けてこなかった一輝が自分から初めて話しかけてくる。


「津太郎君──僕、もう一度自分の家だった場所に行ってみるよ」


 楽しい、嬉しい、悲しい、辛い──様々な思い出のあった場所に再び行く……それは一輝にとって大きな決断だった。    

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