日常 その6
四時限目の終了を知らせるチャイムが鳴り、学生にとっては窮屈な授業から一時ではあるが解放される昼休みの時間となった。
遊ぶも、寝るも、復習予習も好きにしていい──しかしまず行うのは三大欲求の『食欲』を満たす為の昼食だろう。
教見津太郎の教室でも、一人で黙々と昼食を食べる生徒もいれば、数人で机を囲んで雑談しながら食べている生徒達もいる。
現時点で姿が見えないのは恐らく飲み物か購買に向かったか他のクラスにでも行ったのかもしれない。
授業中の眠気に歯を食いしばりながら耐えた津太郎も、鞄の中からニ段重ねの弁当箱を取り出して一人で食べ始めようとした時──辻 健斗が大きい足音を立てながら津太郎の方へと向かってくる。
「窓際でダウナー系男子高校生が一人ダルそうに飯食うとか深夜アニメのお約束みたいな事しやがって……許さんぞ!」
健斗は津太郎の机の前に立つと急にふざけて怒り出す。
「お前から見たらそう感じたかもしれんが、別に狙ってやってる訳じゃない。 たまたまだ、たまたま──ていうかなんでこっち来るんだ、自分の席に戻れよ」
津太郎は健斗に冷たく接する。
暑苦しい男に熱く接するのは火に油を注ぐようなものだから、これぐらいが丁度良い。
「そんな事言ってぇ、本当は嬉しいんだろぉ!? このツンデレマン!」
しかし健斗という熱した石は水を掛けてもすぐ蒸発してしまうようだった。
健斗はそう言いながら使ってない机を勝手に津太郎の机にくっつけて座ると、鞄の中から津太郎のより一回り大きそうな三段弁当箱を取り出す。
「おいおい許可も貰わず勝手に机を借りるのはまずいだろ……」
健斗が使っている机と椅子の持ち主にとんでもない迷惑を掛けてるのは言うまでもない。
「来たら言う……ていうかカバン見当たらねぇし、どっか行ったんだろ──ということで、いただきまスプラッシュ!」
どうなっても知らんぞ、と津太郎は思いつつ仕方なく弁当を食べようとしたその時──。
「うわ、なんで辻なんかが教見と一緒にご飯を食べてるのよ……! 邪魔だから自分の席に行ってくれない?」
暑いからかブレザーのボタンを全部外し、腕の部分を捲って制服を着崩した状態の月下小織が手に食べ物が入ったビニール袋を持って現れる──が、その顔は嫌悪感に満ちていた。
「辻君の方が先に座って食べてたんだし、それは流石に言い過ぎじゃないかなぁ……」
小織の隣には清水栄子が弁当箱の入ったピンク色の可愛らしい袋を持ったまま立って健斗のフォローに入る。
「こいつを甘やかしちゃダメよ。 それにアタシは教室を出る前にちゃんと机の持ち主から許可をもらってるの。 勝手に使ってるヤツとは訳が違うわ」
それなら健斗に勝ち目は無かった。
「──だそうだ、月下をこれ以上怒らせる前に戻った方がいいんじゃないか?」
津太郎もまた、小織の言い分という名の船に乗っかり追い打ちを掛ける。
健斗は栄子の方へ向き、また援護お願いと言わんばかりに目を大きく開けて何度も瞬きをしていたが、それが最高に気持ち悪い。
「そんな食欲無くすような顔をしないでくれる……? 後、アンタのせいでどんどん時間が減っていくんだから本当に今すぐ早く退いて」
津太郎は小織の発する言葉がどんどん冷静になっていくのが逆に怖い。
もう次に何かしたら怒りが爆発しそうであった。
「もう、しょうがないにゃあ」
健斗は割とあっさり言う事を聞き始める。
「俺もこのままだと飯が食えないし、さっさと離脱するべ」
健斗はそう言うと急いで弁当箱を片付けて始める。
「ご、ごめんね辻君……席を譲ってもらって」
実際は違うと栄子も知っている筈なのに申し訳なく感じたらしく、頭を軽く下げて謝る。
「へへへ、栄子ちゃんのその言葉だけでお腹いっぱい元気いっぱいさ!」
健斗が栄子の目の前で両手を広げ、力こぶを見せつけるようなガッツポーズを見せつける。
「問題ないなら早く行きなさいよ」
小織は相変わらず冷たくあしらって健斗をこの場から立ち去らそうとする。
「おーっと怖い怖い。 辻健斗はクールに去るぜぇ……」
健斗が特に寂しそうなフリもせず去っていくのを見守った後に、ようやくまともに弁当を頂ける時がきた。
「栄子はここ座ってお弁当を食べなさい。 アタシは購買のパンだから立って食べても何も問題ないわ」
小織はそう言うと座れるように椅子を引く。
「え、でも……せっかく小織ちゃんが用意したのに」
何もしてない自分に座る権利はないと栄子は訴えているように思える。
「いいからいいから、遠慮しないで。 栄子に立ったまま食べさせるわけにはいかないもの」
小織は優しい口調で座るよう誘導する。
「……ありがとう、じゃあ座るね」
栄子は小織の心遣いに遠慮するのは逆に失礼だと感じ、ありがたく座らせてもらうことにする。
三人で昼食を取っている最中、津太郎と栄子が他愛ない会話をしている時に小織は窓際の壁に背を向けて立ったまま購買のパンを左手で食べつつ、右手に持ったスマートフォンで何か面白そうな話題になるニュースを探していた。
(何か話題になること……ってなによこれ?)
小織が大型ネットニュースサイトを開くとそこには目を疑うような記事が表示されていた。
【速報】 日本上空に赤い魔方陣出現!?多数の人に目撃されるもすぐ消滅。近隣住人「テレビ番組の大掛かりなドッキリかと思った」
小織は記事の内容をスクロールしながら確認すると、そこには目撃したと思われる人達への軽いインタビューの文章及び提供された写真が貼られてある。
しかし、インタビューの内容も曖昧な発言だらけで信頼性は低く、写真も何枚か貼ってはいるものの、大事な部分がブレていたり、もうほとんど消えかかって胡散臭い加工写真のようにしか見えず信憑性には欠けていた。
(……話題になると思ったけどこれはボツね)
それからも小織は色々な記事を流し見するも特に面白そうなのは見つからずスマートフォンをカバンに片付け、再びパンを食べ始める。
「月下はさっきからスマホいじってたけど何してたんだ?」
津太郎が弁当を食べながら質問をする。
「あー、何か面白い話が無いか調べ──」
続きを言おうとした時、近くにいる四人の女子グループから何か気になる内容の話が少し大きめの声が聞こえてくる。
「えー!? 昨日赤いUFO見たってほんとー!?」
「ホントホント! 学校から帰ってる時になんとなーく上を見上げたら遠くの方の空にでっかい輪っかが、ほんのちょっとだけ見えてさー! すっごい驚いて撮るのも忘れてた! あれ撮影してたらきっと高値で売れてたに違いないのにぃ」
「えぇ~! シャッターチャンス逃すとか全然ダメじゃーん! お金持ちになるチャンス逃してもったいなーい!」
「……あー、今調べたら同じようなモノっぽいの見たってネットニュースが載ってあるわー」
──と、小織が見たネットニュースと一致する内容の会話をしていたのが耳の中に入ってくる。
「……? どうした月下? 話すのを途中で止めて静かになってるけど」
不自然に口が止まった小織に対し、不思議そうに津太郎は見つめながら問う。
「──話のネタになるようなニュースを見つけたんだけど、よくよく考えたらイマイチと思って躊躇しちゃったのよ」
近くにいるグループの盗み聞きをしていただなんて言えるわけがなかった小織は、その場を適当に誤魔化す。
「お、おう……そうだったのか。 逆にちょっと気になるが、五時限目は体育だし聞く時間は無さそうだ」
津太郎は小織に返答すると同時に食べ終わった弁当箱をテキパキと片付ける。
栄子も弁当箱を片付けてピンクの袋に入れてる最中で、まだ終わっていないのは小織だけで時計を見るとのんびり食べてる暇がないぐらいに時間は過ぎていた。
「やっば、急いで食べないと……!」
焦った小織はパンを喉に詰まらせるんじゃないかと他の二人が思うほど凄い勢いで食べ始める。
何とか喉を詰まらせずに食べ終えた小織は、一安心する暇も無く机と椅子を津太郎に直すようお願いし、栄子を連れて急いで女子更衣室へ向かった。
「栄子も振り回されて大変だな……」
健斗に振り回されてるからこそ、その気持ちがよく分かる津太郎であった。




