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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その十三

 一学期最後のホームルームが淡々と終わった後、終業式の為に全学年の生徒は一斉に体育館へと移動する。


 入り口までは全学年が入り乱れた状態なのだが、中に入ってからは左から一年生、二年生、三年生でクラス順に誰の指示も無くとも並び始めた。 男女横並びで綺麗な整列状態になると、生徒は冷たい床へ次々と座り込む。


 冷房が効いて暑さを微塵も感じさせない体育館に全校生徒、約三七五人と数十名の教師達が集まるのは六月に起こった三年生の自殺の件以来である。

 ただ、あの時と違うのは外が見ていて気持ちが良いぐらい清々しく晴れた天気である事と、体育館全体が夏休みを目前にした生徒達の声によって盛り上がっていたという事だ。


 いつまでも声が鳴り止まない中、白髪が目立つ薄毛気味の校長が体育館の前方にあるステージの上へ右端にある小さな階段から登った。 その後、中央にある木製の大きな演台までゆっくりと歩いていたのだが、


「うわ、校長先生スゲエ老けた?」


「ガリガリになってね?」


「あんなに小さかったっけ……」


「少し前に校長室から出た所を見たけど死相が出てたよ……」


 等々、校長の見た目があまりにも覇気が無さ過ぎて生徒達がざわついてしまう。

 校長が演台の前に立っているにも関わらず誰かが話してるから自分も話してもいいという考えなのか、自然と収まる気配はあまり感じられなかった。


「お前ら静かにせんかーーっ!!」


 この様子に痺れを切らした短髪の体育教師が右端から思いっきり声を荒げると、ようやく生徒達は静まり返る。

 それから体育館全体が五秒間だけ沈黙に包まれた後、ようやく校長は口を開いた。


「えー……皆さん、おはようございます」


 演台のマイクを通じてステージの横側の壁に設置されているスピーカーから音声が流れてくるが、あまり元気がないように思える。

 生徒達が心配そうに見つめる中で校長は他愛ない話を軽くする──が、この後に流れは変わった。


「──この一学期は本当に色々な事がありました。 五月に二日続けて起こったあの奇妙な出来事は皆さんに不安を抱かせ、肉体的にも精神的にも本当に大変だったと思います。 だからこそ今日という日を、この終業式という日を無事に迎える事が出来て私は、心から安堵しています」


 校長は五月に起こった魔障壁ましょうへきや空に浮かぶ異空間といった異常現象というべき出来事について話をすると、それまで興味なさそうにしていた生徒達も耳を傾けるようになる。

 教師歴数十年でこれまで色々あった筈の校長も、あのような騒動に巻き込まれるのは間違いなく初めてだろう。

 異常現象だけで済むならまだしも、この後にマスコミやテレビへの対応に日々追われていた校長は心休まる日々は無く、『心から安堵』という言葉はようやくそういった騒動から解放された安心感からも出たのかもしれない。 


「ただ、六月には……一人の女子生徒が亡くなるという、とても悲しい事が起こってしまいました。 本来であれば五月の騒動以降に生徒一人一人の心のケアをするのが私達教師の仕事だというのに何も出来ず、その結果──悲しい結末を迎えてしまった事に関して、本当に不甲斐ない気持ちでいっぱいです」


 三年生の女子生徒が廊下から撮影した動画をSNSに上げた事がきっかけで神越高校だけでなく、その近辺にも大迷惑を掛けてしまい、その罪悪感に耐えられず自殺をしてしまった騒動を校長が語ると三年生の列から女子のすすり泣きをしている声が聞こえてくる。


 普通ならこのタイミングで言うべきではない話ではあるが、もしかすると校長は夏休み中に生徒が似たような過ちを繰り返し、悲劇の連鎖を止める為の警告の意味を込めて言ったのではないだろうか。

    

 謝罪として校長が生徒達に一度頭を下げた後、再び話を始める。


「──心が疲れた時は遠慮なく、親、友人、親戚、先生、知人、誰でもいいので思い切って打ち明けて下さい。 一人で全てを抱えるには限界があります──ですが、誰かに言うだけでも心の負担というのはとても軽くなります。 誰かと繋がりがあるだけで、自分は一人じゃないと自覚するだけでも全然違います。 もし辛そうにしている人が近くにいれば、話を聞いてあげて下さい。 それがきっかけで心が救われる人がいるかもしれません」


 校長は生徒達に訴えかける。 口調や声自体は落ち着いているが、そのマイクの前で堂々と話しかける姿はステージに上がった時とはまるで別人のようだ。


 生徒に言いたい事は全部言えたのか、最後に軽く挨拶を済ませたら校長はステージを降りる。 この後は教頭や体育教師による夏休みに関する注意事項、その他諸々の話をしてから終業式は終わった。





   ◇ ◇ ◇





 それから教見津太郎きょうみ しんたろうを含めたクラスメート達は教室へ戻ると一学期最後のホームルームが始まる。

 とはいってもする事は担任から長々と話を聞いたり夏休みに関する色々なプリントを貰い、念には念をと再び注意をされるぐらいで特に何事もなくあっさり終わった──が、チャイムが鳴ると同時に教室からは歓声が上がった。


 単純に大声を出す者、勢いよくハイタッチをしている者、ガッツポーズをする者──等々、喜び方は人それぞれであるが教室中は笑顔で満ち溢れていた。


「みんなテンション高いわね~。 盛り上がるのはいいけど騒ぎ過ぎでしょ」


 津太郎の席の近くの壁に寄りかかって腕を組んだまま周りを見ていたのは月下小織つきした こおりだった。

 

「夏休みだもん、舞い上がっても仕方ないよ。 でも小織ちゃんも少しソワソワしてるように見えるんだけど……」


 小織の隣に立っている清水栄子しみず えいこも周りの雰囲気に当てられて若干ながら気持ちが高揚しているように思える。


「えっ!?……そ、そうかしら?」


 口調は冷静だが身体を小刻みに動かしている様子は誰がどう見ても落ち着きはなかったが、恐らく自分では気付いていないのだろう。


「別に無理して隠す必要なんてないんじゃないか? もっと素直に喜んだ方がスッキリするぞ」


 津太郎はまだ椅子に座っていた。 帰ろうと思えば今すぐ帰れたのだが、何となく今はこの賑やかな教室を立ち去るのが勿体無いような気がしたからだ。

 他にまだ帰らない生徒がいるのも、もしかすると津太郎と同じ気持ちなのかもしれない。


「この歳になって『ワーイ!』とか言える訳ないじゃないの」


「そこで咄嗟にその言葉が出るってことは内心そう思ってるのか」


 どうやら図星だったらしく小織は栄子の方へ顔を背けて急に静かになってしまった。


「よ、よう教見……!」


 そう言いながら前方から近付いてくるのは古羽田護ふるはた まもる安道武あんどう たけしだった。

 武の方は普段と変わりなく笑顔を振りまいているが、護の方は明らかに緊張している。


「ほ、本日はお日柄もよく──」


「今更!?」


 極度の緊張により護が意味不明な挨拶をしてしまった事に武は勢いよくツッコミを入れてしまった。

 

「違うでしょ! 他に言う事あるじゃんか!」


「わ、分かってるってっ!──よしっ」


 護は目を瞑って長く深呼吸をした後、栄子の方へと顔を向けた。


「あ、あのっ! こっ、今度のなっ──やっぱ無理ぃぃぃいっ!!」


 だが、視線をろくに合わせる事も出来ない程に余裕が無い護は、最後まで言い切れずそのまま教室から飛び出してしまう。


「あー……ごめんね、三人共。 実は護の奴、来月の夏祭りに誘おうとしてたんだけど──結果はまぁ、さっきの通りで」


「……?」


 少しの沈黙の後、武の方から話しかけてくる。 しかしお騒がせをした上に気を遣わせてはいけないと思ったのか栄子の名前は出さなかった──肝心の本人は気付いていないが。


「あらそうなの。 でもごめんなさいね、夏祭りはアタシ達『三人』で行くってもう決めてあるのよ」


「えっ? えっ?」


 護の様子を見て察しがついていた小織は先手を打つかのように三人の部分を強調する。

 そして一緒に行くのをアピールするよう栄子の右腰に手を回し、身体をくっ付けていた。 しかし突然の事に栄子は少し困惑している様子だった。


「──あ、なるほど、そっかそっか。 うん分かった、護には諦めておくよう言っとくね。 それじゃあバイバーイ!」


 武もまた小織の言葉から何が言いたいのか分かると、三人に手を振りながら急いで教室から立ち去って行った。 多分だが、先に出て行った護の元へ向かったのだろう。


「な、何か慌ただしい二人だったな……」


 急に現れて去っていく二人に津太郎と栄子は言葉を交わす事すら出来なかった。


「そうね。 でも丁度よかったわ──ね、栄子?」


「丁度よかったって……?」


 この時、小織は栄子の耳元で囁く。


「上手い具合に教見と祭りに行けるきっかけが出来たじゃないの」


「じゃあさっきの三人って……!?」


 栄子はようやく理解したが、心の準備が一切出来ていないせいで嬉しさよりも迷いや混乱といった表情が顔に出ていた。


「おーい、何二人でヒソヒソ喋ってんだ?」


 津太郎の呼びかけに小織が反応すると、栄子から離れてまた壁に背中を預ける。


「アタシ達三人で祭りに行くから女の子同士でしか出来ない相談をしてたのよ」


「あぁ、そうなのか──ってまさかとは思うがその三人に俺も入って……る?」


 相談については納得したが、その後に自分も三人の中の一人に含まれているのか疑問に思った。


「入ってるに決まってるじゃない。 誰が栄子と一緒に来るのよ」


「マジか……でも栄子が行くなら──そうするしかないか」


 どうやら津太郎も腹を括ったらしく、二人と夏祭りへ行く事に決めたらしい。

 その言葉を聞いて栄子は安心した表情を浮かべ、小織も軽く息を吐き出しホッとしているように見える。


「決まりね。 なら話にも区切りはついたし、帰るとしましょうか」


「そう……だな、帰るとするか」


 なんとなく少しだけ名残惜しい気はしたが、いつまでもここにいても仕方ないのもまた事実。 小織の言う事に従って教室から出る事にした。


 校舎から出た津太郎は運動場を見ると一輝との出会いを思い出す。 あれから二ヶ月も経つというのに、津太郎にとってはつい最近の出来事のように感じる。

 そして五月から今日までの日々を歩きながら振り返ってみると、この一学期は数え切れない程に色々な事があったなと思った。

 校門を抜けた後、津太郎は太陽の日差しを手で隠しつつ最後に一度だけ正面から学校を見渡す。


(終わったな……)


 楽しい、面白い、嬉しい、悲しい、辛い、苦い──様々な思い出が沢山出来た一学期が、ついに終わりを迎えた。 

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