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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その十一

 清水栄子しみず えいこに迷惑ばかり掛けている教見津太郎(きょうみ しんたろう)は、少しでも罪滅ぼしとして「ちょっと待ってくれ」と言ってから近くにある自動販売機で飲み物を買う事にする。


(あれ? でも栄子って何が好きなんだろ)


 二台並んだ自動販売機には果汁ジュース、炭酸ジュース、コーヒー、お茶、スポーツ飲料水等々、大人から子供まで楽しめるだけの種類が揃っており、好きな物を的確に当てるのは難しい。

 しかし栄子を待たせてはいけないと分かっていながらも、どれを選べばいいか迷ってしまっていた時、


(──そうだ、確か昼休みにリンゴジュース買ってたよな……じゃあこれなら大丈夫だ)


 昼休みに栄子が同じ飲み物を買っていた事を思い出した津太郎は、青色の可愛らしいマスコットキャラのラベルが貼られた中身がリンゴジュースのペットボトルを買って栄子に手渡す。

 最初は遠慮していたが津太郎が土下座する勢いで頼み込むと何とか受け取ってもらえた。


──それから津太郎が自分用の水を買い、栄子の家に向かって歩くと同時に話を始める。


「実は……今日の昼休みに古羽田と安道と話してる時、ちょっと気付いた事があってさ」


 栄子は津太郎の言葉に対し軽く頷きはするも、静かに聞き入れている。


「俺は他の二人に比べて──ある事に関して、のめり込み過ぎてるというか執着してるような気がするんだ。 それがヤバいんじゃないかって一度思い始めたら不安……というか、ネガティブになってきてて……さっきもそうだったし、これからどうなるんだろうとか考えだしたら止まらなくって」


「ある事?」


 頭の中で整理もせずに話し始めたせいで全くまとまりの無い内容になってしまったが、栄子はその中から一つの単語だけを拾う。 『ある事』とは勿論、津太郎の悩みの原因だった。


「えーっと……口に出して言うのちょっと恥ずかしいんだが──い、異世界の事なんだ」


 クラスの男子ならともかく栄子に言うのはまだ照れがあるらしく、暑さではなく恥ずかしさで顔が赤くなった津太郎は水を飲む。


「異世界って……辻君がよく教室で話してるアニメや漫画のファンタジーみたいな世界の事?」


「そう──だな、うん、そんな感じの世界で合ってる」


 改めて指摘されると更に恥ずかしさが増す津太郎は、健斗が何処でも胸を張って好きな事に語っているのが今は羨ましく思えた。


「じゃあ、その異世界について考えすぎた結果──日常生活にも影響が出そうなのが不安……なんだね」


 栄子は余裕がそこまで無いとはいえ言っている事が滅茶苦茶だった津太郎の言葉を瞬時に理解するだけでなく、分かりやすく短い言葉でまとめてみせた。


「す、凄いな……」


 あまりにも完璧過ぎて他に言う事が見つからない。 逆に言えばもう説明する必要がないという意味でもある為、津太郎は深呼吸をして気持ちを切り替えた後に話を続ける。

 

「一番最初は──まぁ、ネットで調べるだけで満足してたし特に生活にも影響は無かったんだ」


 初めて魔障壁を見た後はそうだった。 ネットで関連するニュースを見るだけでワクワクしていたのは間違いなかった。

 それからまた見たいと空を眺めながらずっと待ちわびてたのは、この時点で既に津太郎は異世界という沼に足がかっていたかもしれない。 


「でも五月に二日連続で大変な事が起こっただろ? 変な赤い光が降り注いだり、黒い穴が現れて学校中が大パニックになった事件。 あれがきっかけで自分の中で大きな変化があったんだと思う」


 魔障壁や東仙一輝とうせん いっき達による学校全体を巻き込んだ騒動。

 今となっては学校の生徒達の中ですら風化した出来事だが、津太郎にとっては人生そのものを変える大きなターニングポイントであり、ここから始まったといっても過言ではないだろう。


「それからあの騒動について調べたり、妄想みたいなもんだけど考察してる内に異世界へどんどん夢中になってたんだろうな」


 学校の帰りに異世界について考え、異世界に関する小説を読み、何より一輝と再会してから異世界の説明を受ける内に津太郎の中で少しずつ変わっていく心境。

 それはまるで津太郎が手に持っている無色透明の水が、時間経過と共に栄子の持っている白濁はくだく色のリンゴジュースへと徐々に変化しているかのようだ。


「でも自分がヤバい所まで来てると分かった途端、急に怖くなってきてさ。 これからどうしようか、もう止めといた方がいいとかずっと考えてたら──あの様だ」


 誰にも相談せず自分だけで解決しようとした結果、車に轢かれそうになるという結末なんて思い出す度に情けなくなる。

 津太郎が思っていた事を無我夢中で言い終わった後、二人の間には僅か数秒ではあるが沈黙が続いた。


「──な、何か相談というか俺が愚痴をずっと言ってるだけになってしまった気がする……だけど、誰かにずっと思ってた事をこうやって吐き出せてスッキリした。 本当にありがとうな」


 この流れで栄子からは声を掛けにくいだろうと察した津太郎は自分から再び話し始める。 最後にお礼を言ってから足を止めると栄子に頭を軽く下げた。


「うぅん、私だって相談して欲しいとか言っておきながらずっと聞いてただけだから何もしてないのと一緒だよ」


「そんな事ないさ。 この歳になって異世界がどうのこうのなんて話題、他の奴ならドン引きしたり馬鹿にしたり笑われて終わるのが普通なのに栄子は真剣に向き合って聞いてくれた。 これって大袈裟とかじゃなく本気で凄い事だぞ」


「あ、ありがとう……」


 頭を上げた津太郎に真っ直ぐ見つめられて褒められたのが嬉しかったのか、栄子はうつむいて頬を赤くする。 


「いやいやなんで栄子がお礼を言うんだよ」


「だって──その、褒められて嬉しかったからつい……だ、だから──」


 頼りにされて少し興奮した栄子は勢い余って身を乗り出してしまい、二人の持っているペットボトルがコツンと当たる距離まで接近していた。


「わっ、私で良かったらいつでも相談しても……いいよ」


 栄子は頬を赤らめたまま津太郎を見つめ、お願いをする。


「……分かった。 じゃあその時は宜しく頼む。 それと栄子……ちょっと近すぎるような気がするんだが」


「──あっ……ご、ごめんなさいっ!」


 津太郎に言われて栄子はようやく自分のした事に気付いたのか、慌てて距離を取った。

 その後、津太郎は青空を見上げながら今までの反省をする。


「それに俺も……本当は誰かにこうやって言いたかったんだろうな。 ずっと一人で悩んでばっかだったからそりゃ溜め込んでばかりでスッキリもしないわけだ。 人間って一人じゃ生きていけないっていう理由が分かった気がするよ」


 まだ異世界に対する気持ちの問題を完全に解決したわけではないが──こうやって栄子に今まで黙っていた事や不安を打ち明けるだけでも明らかに気持ちが軽くなっていくのがよく分かる。 教会で懺悔をした人はこういう気持ちになるのかと思った。 


(でも一輝には異世界の心強い仲間がいても、ここの世界について相談出来る相手は多分いないんだよな……だからあの時、俺を頼ろうとしたんじゃないか……?)


 津太郎は一輝と再会し、色々と話を聞いた後で「家に行ってみたい」と言われた時を思い出す。 こちらの世界の家でしか出来ない何か──まだ分からないが、今は考えるのを止めにする。


(今度会ったら、出来る限り力になろう……って何か答えがコロコロ変わってんな俺。 さっきまではもう止めようだの手を切ろうだの──思い返すと情けない)


 前向きに考えるようになった津太郎は、横断歩道で車に轢かれそうになる前と真逆の答えを出すようになっていた。 ただ、その後にウジウジしていた自分を思い出していたが。


 しかしシーソーのように心が不安定な時というのは決めていた筈の答えすらも簡単に変わってしまうものだ。 特に心が乱れやすい思春期の最中さなかにいる津太郎にとっては仕方のないことだろう。


「もう……大丈夫?」


 栄子は津太郎の気持ちが本当に落ち着いたか再確認をする。


「あぁ、大丈夫だ」


 津太郎は栄子に返事すると笑顔を見せた。 作り物や偽りではなく心からの、本当の笑顔を。   

この作品を書き続けて1年が経過しました! まさか自分が1年以上も書き続けているなんて思ってもいなかったので正直ビックリしています!

 これからもコツコツ頑張っていくので、応援よろしくお願いします!

 もしよろしければ高評価、ブックマークの方もしてくれると凄く嬉しいです! それではっ!


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