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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
四章

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夏の始まり その九

 少し前までなら「異世界なんて存在するわけない」と冷めた表情で言っていただろう──だが今は違う。

 家の近くで魔障壁ましょうへきを目撃し、運動場で東仙一輝とうせん いっきと出会い、六月に再会した時に帰って来たと目の前で言われた教見津太郎きょうみ しんたろうは、確かに異世界が実在するのを知っている。


(ん? でもよく考えれば異世界ってなんだ?)


 勿論、この世界とは異なる世界というのは分かっている。

 しかし一輝の近くにいた人達からすれば、こちらもまた異世界といえるのではないだろうか。

 そして実は異世界も数千、数万という数だけ存在していて、この世界と一輝達がいた世界もまたその一つに過ぎないのかもしれない。

 しかもそれこそ見た事もない文明の利器を所有している世界や、逆に文明が全く発達しておらず原始的な世界だって存在している可能性もある。

 異世界の中にも宇宙に似た空間があり、そこから更なる未知の領域が発見されれば最早世界は無限大に広がりそうだ。


 そうなると異世界そのものをあまりにも特別視または神聖視していたのでは、もしかしたら一輝の所とは別の異世界からまた誰かがこの世界に来るのでは──と、津太郎が頭の中で色々と考えていたその時、


「──おいっ! 返事しろってっ! おい、教見っ!」


「ん?……あれ? どうした?」


 津太郎は真正面から呼びかけてくる古羽田護ふるはた まもるの声でようやく我に返るも、寝ていないのに寝起きのような反応をしてしまう。


「はぁ〜、やっと気付いてくれた~……いきなりフリーズするからビックリしたー。 目の前で手を振ってもジュースを取ろうとしてもピクリとも動かないから一体どうしたのかと思ったよ」


 護の隣にいる安道武あんどう たけしは長く溜め息を吐くと同時に張っていた肩が下がる。


「な、なんか大袈裟だな。 ちょっとボーっとしてただけじゃないか」


 津太郎が異世界について考え込んでいた時は果てしなく長く感じていた時間も、恐らく実際は十秒経ったか経っていないかぐらいかもしれない。 しかし、その短い時間でも周りからすれば微動だにしないのは不安にもなるだろう。


「何言ってんだ、こっちからすりゃボーっとしてたっていうレベルじゃねえぞ。 下手すりゃぶっ倒れるんじゃねぇかと本気で不安だったわ」


 それまで明るく振る舞っていた護が真剣な眼差しで津太郎を見つめてくる。


「マジか……」


 幸いにも周りのクラスメートは誰もこの異常には気付いていなかった。

 恐らく先程まで騒いでたのが原因で、仮に見ていたとしても今の一連の流れは他からすれば冗談にしか感じなかったかもしれない。


「でもなんでいきなりあんな状態に……?」


 武は悩んだ表情で質問をしてくる。 向こうからすれば目の前で急に意味不明な行動を取られたら気になって当然だろう。


「それは……さっき異世界は実在するのかって言われた時に色々考え込んでいたらいつの間にか夢中になっててさ」


 津太郎の言葉を聞いた途端、二人は驚きの表情をしたままお互いの顔を合わせるよう横に向いた後、再び真正面へ顔を戻す。


「いやいや俺らはその……異世界ホントにあったら面白いよな~、行きたいよな~ぐらいにしか考えてなかったぞ。 まさか教見がそんな真剣に考えるとか予想外過ぎる」


「何か意外だな~。 本人の前で言うのも何だけど現実主義者ってイメージ強かったからギャップが激しいというか何というか。 ちなみに僕は異世界があったとしても行きたくはないね、ネットもゲームも無いし」


 津太郎はこの瞬間、二人と自分は何かが違うと思ったがハッキリとした答えはまだ出てこない。


「──まぁ、教見も慣れない事に対して必死に考えてくれたんだろ。 でもあくまでネタなんだからよ、そこまで本気にならなくてもいいって。 もっと気楽に行こうぜ気楽にさっ!」


 護は気持ちを楽にさせたいのか微笑んだまま肩をポンポンと叩いてくる。


「本気じゃなく気楽に……?」


 津太郎はその言葉がどうにも納得出来なかった。 


「そうそう、無いと分かってんだから必死になる必要なんてないじゃん?」


「……! あ──」


 異世界が無いと言われた途端、津太郎は何も考えず反射的に「ある」と言いそうになっていたが、ここで口に出して何の意味があると寸前の所で気付き、何とか堪える。

 

「えっ? ごめんもう一回言ってくれる?」


 聞き取れなかった武はもう一度お願いする。


「あっ……あったら面白そうだよなって言おうとしてたんだ」


 今はこう答えるしかなかった。 数秒経って冷静になると危うくとんでもない事を言いそうになっていた自分を殴りたくなる。


「うーん、あったとしても僕達が行けないんじゃ無いのと変わりないような……それに行き方とか何処にあるか確かめるなんてどうすればいいんだろ。 まさかよくあるトラックに轢かれてとか実証しないといけないんだろうか──」


 それから武は自論を語り始めようとしたが、護が割り込んで止めに入る。


「さーてもうそろそろ異世界については話のネタも尽きそうだしよー、次は今度出るゲームの新作について語ろうぜ~!」


「なんで止めるのさっ! ていうか自分がただ飽きたから話題を変えようとしてるだけじゃないの?」


「それもあるがまだ飯を食べ終えていない教見に異世界について話を振ってまたフリーズ状態になってもらっても困るじゃねぇか」


 護の言う通り、津太郎が使わせてもらっている机の上にはまだ弁当が残っている。 何故なら話題が異世界になってからは箸が全く進んでいないからだ。


「だからさっさと飯を食ってもらう為にも話題を変えるべきだと俺は思うっ!」


「怪しいなー、本当は教見君に寄り添って清水さんに関する情報を何か欲しいんじゃないの~?」


「なっ!? ちげぇしっ!? んなわけねぇしっ!?」


 二人が話で盛り上がっている中、津太郎はようやく気付いた事がある──それは異世界に関しての熱意や本気度が全く違っていた事だ。


 この二人は異世界を信じていないのは勿論の事、憧れの対象でもなくただの話のネタでしかない。

 だがそれは二人だけでなく普通の人なら大抵は同じ感覚なので、おかしくも何ともなく正常である。

 中には本気になるなんて頭おかしいと思う人もいるがそれもまた当然の反応だろう、何も間違っていないのだから。


 逆に津太郎は魔障壁ましょうへきを目撃してから興味を持ち始め、東仙一輝とうせん いっきと出会ってからは本格的に夢中になっていた。

 津太郎も今日まで執着しているなんて微塵も思っていなかった。 しかしこの二人の軽い気持ちで異世界を語っている雰囲気を見てようやく気付いてしまう──自分は『異世界』に依存している可能性があるんじゃないかと。


 だから護が「異世界なんて無い」と言った時も頭よりも口が、思考よりも反応の方が先だったのだろう。

 そして「本気ではなく気楽に」という言葉は、これまで本気のつもりで取り組んできた津太郎にとってあまり素直に受け取りたくないというのが本心だから返事もぎこちなかった。


「──ん? 早く食べねぇと昼休み終わっちまうぞ?」


 また考え事をしていた津太郎は手の動きが止まっていて弁当もまだ三分の一は残っている。


「そっ、そうだな、急がないとな」


 慌てて津太郎は弁当を食べ始めると、そこにはいつもの日常を感じる慣れ親しんだ味が伝わってきた。

 しかしそれと同時に異世界という非日常的存在にこれからも執着していたら日常と非日常の境目が分からなくなって、この味すらも感じる事が出来なくなるのではとも思ってしまう。


 気持ちが揺れに揺れ動いて不安になる津太郎はその気持ちを打ち消すように急いで弁当を食べ終えジュースも飲み干す。

 そして既に別の話題について語っている二人の会話に割り込むような形で入り、何事も無かったように明るく振る舞うと多少は気も紛れたが、やはり心に掛かったもやが完全に消える事は無かった。 

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