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日常 その5

 教見津太郎(きょうみ しんたろう)は寝不足の状態で目の前にいる、今にもノリノリでダンスを始めそう程にテンションの高い辻健斗(つじ けんと)の相手をするのを心から嫌だった。


 飲み会の時に素面(シラフ)の状態で酔っ払いの相手をするってこういう気持ちなのだろうと津太郎はふと思う。


 頭皮が丸見えになるまでバリカンで刈られた坊主頭に、張った(ほお)やくっきりと出た(あご)

 睨めつけているようにも見える目の形といい、全体的にゴツい顔付きをしている。

 

 身長も百八十センチメートルある上に、鍛えられた全身の筋肉のせいで一層大きく見えてしまう。


しかし──。


「おいおいおいおいぃぃい! 朝っぱらから眠そうにしてるとかさぁ! GW前に発売された超大作『イセカイ物語(ファンタジー)』でもプレイして寝不足なのかぁぁ!?」


 このように言動やノリは非常に軽く、近寄り難い見た目とはギャップが激しい。


「……まぁな」


 津太郎のしていた事を的確に当ててくる。

 ゲーマーとして考える事とやる事は一緒なのかもしれない。


「あんだけ時間なんてたっぶりあったのにクリアしてないとかどんだけ寄り道とかしまくってんだYO! 確かにやり込み要素マジ半端ねぇ!って感じだけどな!」


 健斗は何処かのラッパーみたいなノリで話しかけてくる。

 迷彩柄の帽子に黒のサングラスを着けてマイクを持っていれば完璧だっただろう。


「ゲームの時間を確保する事が出来なかっただけだ。 父さんがまさかいきなり『山へ行く』なんて言い出すなんて予想外だったからな」


「津太郎のおっちゃんもなかなかファンタスティックな人だぜぇ……」


 流石の健斗も津太郎の父、教見厳男(きょうみ いわお)のやる事には驚きを隠せない。


「という訳だ──もういいか?」


 今日は出来るだけさっさと切り上げたい津太郎は話を終わらせようとする。


「おいおいおいおい今さっき来たばかりなのにもう席に帰れだなんて寂しい事言うなよ〜。 今度はアニメについて語ろうぜ!」 


 健斗は津太郎の事なんてお構いなしに生き生きと話を続ける。

 その見てるだけで感じる暑苦しいスマイルはこの時期は特に地獄だ。


(……これはもう適当に聞き流すしかないな)


 津太郎は全てを諦めて時間が経過するのを待つしかなかった。


 それから数分後──HR開始のチャイムがようやく学校中に響き渡り、津太郎は解放される。


 朝から何人か入っていた別のクラスメートは、遅刻扱いされない為に颯爽と自分のクラスへ向かうのに教室の入り口まで行くと、丁度すれ違うような形で担任が入ってくる。


 ここでようやく津太郎の求めていた静寂の時間が訪れて一安心した。

 他のクラスでもHRが始まり、改めて今日から再び学校が、授業が始まるのだと実感する津太郎であった。




   ◇ ◇ ◇




──時間は数分前に遡り、津太郎と離れて自分の席に座り、近くの女子と話していた清水栄子(しみず えいこ)は内心、幸せな気持ちで一杯だったが周りには気付かれないよう表情や態度には出さないようにしていた。


「もうそろそろHR始まるからちょっとトイレ行ってくるね」


 そう言うと他の女子生徒は席を立ち、廊下にあるトイレに向かう。


「うん、分かった」


 栄子は座ったまま軽く返事をして見送った後に、こっそり真逆の位置にいる津太郎の方へ顔を向ける。

 その津太郎は健斗の相手をするのに必死で栄子が見ているのを微塵も気付いていなかった。


(朝に言ってた事は本当なのかな……うぅ、思い出すだけで顔が赤くなりそう……」


 栄子は登校中に津太郎から『ずっと俺が守るから』と言われた時の記憶が頭の中で再生され、いつの間にか自分だけの世界に入りかけたその時だった。


「──ってば!」


 栄子が誰かに呼ばれたような声で我に返る。


「こ、小織ちゃん!? え? あれ? どうしたの?」


 栄子の視線の先にいるのは遠くにいる津太郎ではなく、遮るような位置ですぐ近くの椅子に座っている一人の女子生徒だった。


 名前は月下小織(つきした こおり)


 全体的に薄く茶色に染めたその髪は肩にかかるまで伸ばしているミディアムストレートヘアー。

 

 生まれつき少しだけ軽いつり目には男顔負けの凛々しさが、黒く鋭い瞳には多少の事ではブレない揺るがなさを感じる。


 顔全体だけでなく全身に言える事で、太らないよう体型を気にしているのか全体的に無駄な脂肪が無い。

そのおかげで美しい小顔を維持し続けており、綺麗な赤い唇は健康である事を示しているのだろう。


 身長は栄子より少し高く百六十三センチメートルで、スラリとした美しく長い足は歩いただけで魅了されそうだ。


 個性を主張したい年頃なのか制服を着崩すスタイルを好み、今はボタンを全て外し、袖を軽く(まく)って夏服のようにしている。


「栄子が朝からボーっとしてるなんて珍しいわね。 ゴールデンウィークの気分が抜けてない感じ?」


「うぅん、そうじゃないんだけど──ちょっと今日は良い事があって……」


 栄子は照れてるのを誤魔化すつもりはないのだが、無意識の内に両手の指同士をお互いくっ付けると、人差し指だけ当たらないようにゆっくりクルクル回し出す。


「良い事……」


──その時、小織は真後ろを向くと遮っていた視線の先に津太郎が見えた事に気付き、二人の間に何かあったと確信した。


「へぇ……栄子がそんなハッキリと言うなんて相当良い事だったようね」


 それほど小織にとって栄子が堂々と言うのは意外だったらしい。


 次に栄子と津太郎の間で朝の登校中に何があったか聞く──すると小織は呆気に取られ、ニ人の間に少しだけ沈黙が生まれる。

 流石の小織もここまでの大胆発言をしているのは予想外だったのだろう。


「あの教見が栄子に対して『ずっと守る』ねぇ……まるでプロポーズみたいじゃない。 いくらなんでも過程をすっ飛ばし過ぎよ」


「だから私もビックリしちゃった……」


 小織はそれなら栄子が朝からボーっとしていたのも納得する。


(まさか教見も本当にそこまで深い意味で言った訳じゃないわよね……でも──万が一の事があったら……)


 小織は気になって栄子の顔を見てしまう。


「小織ちゃんどうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


「いや、何でもないわ」


 小織がそう言うとHR開始のチャイムが鳴り始めた。

 軽く挨拶を交わした後に借りてた椅子を元の所に戻し、窓際の前の方にある自分の席へ着くと、小織はいつの間にか津太郎の方へと身体を向けていた。

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