腹痛黙示録 ケント トイレ脱走編
『覚悟を決めたケントが立ち上がり移動を開始する──が、この時……予想だにしていなかった事が起こってしまうっ……!』
あぁぁぁ……! なんでっ! どうしてっ! 歩く度に……! 腹や尻に振動が伝わってくるなんてっ! そうだっ……! 少し考えれば分かるじゃないかっ……! 動けば刺激が襲ってくるっ! そんな事っ!
『想定外の苦痛、鈍痛、激痛っ! だが顔を食いしばって耐える、ひたすら耐えるっ……!』
──ここで引くなっ! 俺は行くっ! 惨めでも、哀れでも、無様でもっ! 一歩ずつでも確実に……! そうだ、ここで一番やってはいけないのは足を止める事っ!
周りからどう思われようが自分を貫けっ! 恐れるな、前へ進む事を恐れるなっ!
『ケントは己を鼓舞し、筆舌し難い苦しみを堪えながらも歩みを止めない。 だがケントの席は最も後ろにある為、生徒が固まっている前の方には進むのにも時間が掛かってしまう』
焦るな、落ち着け、大丈夫。 まだまだ生徒はいるし、先生も対応に追われていて周りは見えていない。 しかも都合よく廊下側に人が集まっていて、ちょっとした壁になってやがる。
『まるで鉄骨を渡っていると錯覚してしまいそうなほど慎重に歩くケント。 数秒後、何とか人だかりの手前まで辿り着く』
よし、少し遠回りになるが窓際の方から後ろを通って教室の入り口に向かうぞ……。
クラスも全体的に気が緩んで色々な所から話し声も聞こえてくる今なら、コソコソしてても全く注目されねぇ筈だ。
『ケントが狙うは教壇と黒板の間の細い道。 周りにいるのは無数の生徒と一人の教師。 ただでさえ細い道が更に細く感じてしまい、二メートルあるか無いかの距離が今のケントには遥か彼方っ……!』
虎穴に入らずんば虎子を得ずってか……! だが行くっ! 俺は行くっ! 跳べっ! 尻と勇気を振り絞れっ!
『そして再び前進を開始するケントっ……! 目の前を阻むのは人間という名の肉の壁っ……! いつ腹に抱えた時限爆弾が爆発するかも分からない状況でもっ……! 進まなければならないっ! 前へっ!』
──なんて狭さだ、特に黒板と先生の間が狭すぎる。 身体を横向きにして腹を引っ込まさないと当たっちまう。
しかも、問題集を持っていない俺が接触してバレたら「席へ帰れ」と言われて自分の席まで逆戻りっ……!
それからは完全に目を付けられて教室から脱出するどころじゃねぇっ……! 作戦が破綻! 壊滅! 総崩れ! 考えるだけで恐ろしいっ……!
だとしてもっ……! この一触即発、極限状態の中でもっ……! 行かなきゃならねぇんだ、俺はっ!
『それからケントは、教師と黒板の僅かな隙間を激痛に耐えながら通り抜けていく。 全身を硬直させ、周りに見られても大丈夫なよう自然体のまま、ゆっくり、ゆっくりとっ』
は、腹が苦しいっ! 耐えろっ! 耐えるんだっ! あぁぁ……なんで俺ばっかりこんな目にぃっ……!
『心の中での悲痛な叫びっ! しかし腹痛はその間も容赦なく襲い掛かり、苦痛で思わず顔が歪みそうになる……がっ! 何とか難関の教師と黒板の間を通過っ……!』
あ、危なかったっ……! ギリギリだったっ……! 間一髪っ……! だが、綱渡りの攻防を制して、ここを渡り切ったのはこっちにとって好都合……! それに入り口なんてもう目と鼻の先っ……! ゴールまでもうすぐだ、もうすぐっ……!
『いよいよゴールが見えてきたっ……! ケント自身も希望がっ! 光がっ! 道標がっ! 見えていたっ!……がっ! 甘かったっ! 神は安堵を与えなかったっ!』
ん? なんで鼻がムズムズし始める? どっ、どうして急にこのタイミングでクシャミが出そうになるんだっ……!
──あぁぁぁあっ! そうだっ! チョークだっ! 黒板に置かれているチョークの粉っ! それをさっき吸ったんだっ! 先生と黒板の横を通り過ぎる時にっ!
くそっ! くそっ! どうして俺が詰めが甘いんだっ……! そこに気付いていれば手で口を押さえてたというのにっ……!
『気付いた時にはもう遅かったっ……! 既に地雷を踏んでおり、どうする事も出来ないっ……! その場でジタバタ足掻く事もっ、身動きを取る事もっ! このまま出せば、今までの苦労が水の泡っ! 全てが無に帰るっ!』
ここでクシャミなんてしてみろっ……クラス全員からバレるだけじゃねぇ、もしかしたらその衝撃で更に最悪な事態になっちまうっ……!
やばい、今すぐ対処しないともう出そうだっ……どうすればいいっ──あっ!
『この絶体絶命の土壇場でっ! ケントは何かを思い出すっ!』
前にテレビで見たぞ、鼻と口の間の場所を指で押すとクシャミを止める事が出来るってっ……! こっちに時間が無い以上、今からやるのは一か八かの大博打っ……!
突破口を開く手段はっ! 頼みの綱はっ! もうこれしかねぇんだっ! 頼むっ! 効いてくれっ!
『そしてケイトはっ! ただテレビで見ただけの方法に全てを委ねて鼻と口の間を人差し指で押すっ! 押し続けるっ! 神に祈りながら押し続けるっ!』
──とっ、止まった? 治まったっ? ハァ~……良かったぁ。 命拾いしたぁ……。
『起死回生っ! 奈落へ落下寸前の状態から何とか踏みとどまったケントっ!』
いやいやボーっとするなっ……! さっきのは運良く危機を回避しただけで俺としてはまだ何も終わっちゃいねぇんだっ……!
それにクシャミだって完全に止まったかどうかも定かじゃないっ……! 廊下で出したら他のクラスにも聞こえて下手すればちょっとした騒ぎになっちまうっ……!
だから急げっ、急ぐんだっ! 席を立ってからどれくらい経ったかなんてもう分からねぇが、時計を見て時間を確認してる場合じゃないっ!
前へっ! 前へっ! 足を踏み出すんだっ!
『そして席を立ちあがってから二分っ! ケントにとって無限にも感じた時間を乗り越えてついにっ! ついにっ! 教室からの脱出に成功っ!』
やったっ! やったぞっ! もしかしたら誰かに見られてるかもしれねぇが、言われてなければこっちのもんだっ!
しかも教室の窓は廊下側も外側も盗撮、覗き防止として見えにくくなっているから廊下から俺の姿はまず見える事がねぇっ!
『難関を突破し、気持ちが昂るケントっ! だが時限爆弾のタイムリミットは刻一刻と近付いていたっ!』
くっ! そろそろ本当に限界が来てやがるっ……! 立ち止まってる場合じゃない、早く行かねえとっ……!
幸いトイレはこの教室の後ろにある出入り口のすぐ近く。
つまりゴールまで残り僅か数メートルって事だっ……! ようやく解放されるんだっ! この地獄からっ!
『険しい山を登り歩き、ようやく見えた山の頂っ! 目の前にあるのは楽園っ! 黄金郷っ!』
あぁ、やっとだ、何とか間に合った、良かったっ……! 本当に良かったっ……! 神様ぁっ……! ありがとうございますっ……!
『ケントはトイレの入り口にある扉を開けると、そこには男性用の小便器が左側に四つ並んで設置され、右側には洋式のトイレが二つある。 当然、洋式の方は見えないよう個室となっている』
──よし、トイレの中には誰もいないな。 じゃあ早速、個室の方へ入るとするか。
でも俺は知っているんだ、このタイミングが一番危ないんだって事を……! 気が緩み、油断して、それまで頑丈に閉じていた門を簡単に開いてしまい、最後の最後で討ち取られるっ……!
油断という好物を喰らう魔物は確実にいるっ……! そう、ここにもっ! 間違いなく潜んでいるっ!
だから俺はここに来ても絶対に油断しねぇ、個室に入って座るまでっ……! 確実に仕留めるまでっ……!
『二個ある内の手前にある個室のドアを開け、そこにあったのは憧れの白の洋式トイレ。 だが今のケントにとってそれは、もがき苦しみながらようやく掴み取った優勝トロフィーっ……!』
待ちに待ったこの光景に思わず感動しちまってずっと眺めてもいたいが、そうも言ってらんねぇ。
早く楽になりたいし、さっさと済まさないとな。
『そしてとうとうこの時が訪れたっ! いよいよ呪縛から解き放たれるこの瞬間っ! 至福っ! 幸福っ! 高揚っ!』
苦しかったら吐き出せっ……! 今まで俺を襲ってきた苦痛……! 激痛……! その全てをっ! 吐き出せっ! 吐き出せっ! 吐き出せえぇぇぇっ!
『──五分後、原因の源を全て出し切ったケントは腹の痛みも治まり、張っていた気持ちもすっかり緩みきっていた』
はぁぁぁ……やっと楽になったぁ、もうほんとダメかと思ったわ~。
これからは二度と学校の日は余計な物は食べない、絶対に。 流石にもうこんな目に遭うのはコリゴリよ。
──さて、もう落ち着いたしそろそろ出るか……え? あっ、あぁぁぁぁあっ……!
『この時、ケントの身に一体何が起こったのか……! 次回、解放』




