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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その31

 東仙一輝とうせん いっきと出会った男性は公園を離れてから十分歩くと、長年過ごして見慣れたマイホームに着いた。


「ただいま」


 家の中へ入ると挨拶とドアを閉める音で男性が帰って来たのが分かったらしく、リビングの方から足音が聞こえてくる。


「おかえり父さん。 今日は珍しくちょっと遅かったけど残業?」


「いや、帰りに色々あって少し遅くなっただけさ」


 リビングから出てきたのはまだ学生服を着たままの教見津太郎きょうみ しんたろうだった。

 つまり、数分前に公園で一輝と会っていたのは津太郎の父親である教見巌男きょうみ いわおだったという事だ。


「津太郎も服を着替えてないという事は、まだ帰って間もないのではないか?」


「うん、まぁそうだね。 俺も父さんと同じでちょっと色々あったから……」


 まさかお互いが同じ人物と遭遇していたとは流石の巌男も予想していないだろう。

 それから二人はリビングへ行くと、夕飯を食事用のテーブルに置いている美咲の姿があった。


「あ、お父さんおかえりなさい」


「ただいま──ほう、今日は唐揚げか。 しかもこんなに沢山あるとは」


 皿の上にはきつね色になるまで揚げられた香ばしい匂いのする唐揚げが山盛りに積まれている。

 他には切られたレタスやプチトマトが乗ったサラダもある。


「さっきスーパーで買った唐揚げ粉を使い切ろうと思ってたらこんな大量に作っちゃって──あ、スーパーといえばお父さん、ちょっと聞いてくれる!? 津太郎ったらせっかく買ったばっかりの炭酸ジュースを黙ってごっそり持っていっちゃったのよ~!」


「いやだからあれは、友達を待たせないよう急いでたから言うのが遅くなっただけで……! それに無くなった分は今度買ってくるって!」


 津太郎は必死に事情を説明する。


「東仙君に渡すって遠慮せず言えばよかったじゃないの~! 別にあげる事が悪いと言ってるわけじゃないんだし! 冷蔵庫開けたら六本も無くなってたの見て泥棒でも入ったのかと勘違いしたんだからっ!」


 美咲の興奮気味に口から出る言葉に巌男は気になる所があった。


「──炭酸ジュースを六本……それを渡した……ふむ、お母さんの言う東仙君という子は──もしかして黒のジャケットを着た小柄の可愛らしい顔をしている青年の事かい?」


 言い終わった巌男はテーブルの側にある椅子に座る。

 そして恐らく一輝という青年は自分の家からジュースを貰った後にあの公園で一休みをしていた、と想像する。


(ただ、ここからあの公園までの距離で疲れるとは思えないが──公園に座っていた理由は他にもあったのかもしれないな)


 今となっては分からない事を気にしても仕方ないと思い、巌男は意識を切り替える。


「そっ、そうだけど……なんで父さんが一輝について知ってるの?」


 巌男に釣られて津太郎も椅子に座った後、どうして一輝の見た目から服装まで完璧に捉えているのか気になって質問をした。


「さっき会社の帰り道にある公園で、その東仙君らしき子をたまたま見掛けたのさ。 まぁ軽く話をしただけで終わったが」


 それから巌男は一輝が誰もいない公園で座っているのを具合悪いと勘違いした事や、ジュースを六本入った袋を持っていた事から津太郎も同じ物が好きだと言った事を説明した。


「ふーん、昨日まで一切関わり無かったのに日になって急に家族全員と顔見知りになるとか、そんな偶然もあるもんなのねぇ」


 言いたい事を言ってスッキリした美咲は麦茶の入った冷水筒れいすいとうを持って来た後、三人のコップに入れながら言う。


(まさか一輝も父さんと母さんと会うとは思わなかっただろうな……でも今日会っといた方が今度家に来た時に少しは気が楽になるからラッキーだったかもしれない)


 津太郎は座ったまま二人を見つめる。


「……なんで私達の顔をじーっと見てるのかしらこの子は」


「えっ!?──あ、いやー……家族団欒っていいなぁと実感しちゃってっ」


 とりあえずそれらしい言い訳をした後、喉が渇いていた津太郎は麦茶を一気に飲み干す。

 それから美咲が炊き立ての白飯を三人分持ってきてから夕食を食べ始める。


「東仙君は津太郎と同じ学校の友人なのか?」


 しかし話の内容は一輝についてのままだった。まさか本人も家族全員で色々と話し合っているとは思ってもいないだろう。


「えぇ、そうみたい。 私も今日まで知らなかったけど高校に入ってからの友達らしくて」


「ほぅ。 あまり友達が出来たとかそういう話が出てこないから若干の不安もあったんだが心配しなくても良さそうだな」


 もしかしたら巌男と美咲の間では津太郎は寂しい学生生活を送っていると想像していたのだろうか。


「小学生じゃないんだから別に友達が出来たからって一々報告しなくてもいいと思うんだけど」


 本当は一、二時間前に本格的に知り合ったばかりで友人かどうかも定かではない。

 ただ、津太郎としては一輝を友人として見たいという気持ちはあった。


「でも報告が無かったら友達が誰もいないと勘違いしちゃうじゃない」


「いやいや、普通にいるから!」


 自分の息子がまさかの友達〇人と疑われるのは流石に津太郎としても辛く、全力で拒否する。


「──まぁ、友達が出来たら報告っていうのは冗談だから別にしなくていいけど、もし誰か連れてくる時があるならちゃんと連絡ぐらいしなさいよ。 さっき通り道で二人と会った時も、てっきり何も連絡なしで東仙君が家に来るかと思って少し焦ってたんだから」


 美咲から連絡するようにと言われた瞬間、津太郎は一輝が家に来る事を伝えるなら流れ的に今が一番いいと思った。


「そういえばさっき別れ際に一輝が家に来たいって言ってたんだけど、今度呼んでもいいかな?」


「呼ぶのは勿論いいわよ。 でも今度っていつ?」


 いつ来るかという質問に対し、確かに約束はしたが何月何日の何時と決めていなかった津太郎は返答に困っていた。

 向こうとは連絡をする手段を持っておらず、こちらから予定を合わせようとしても出来ない為どうしようもない。


「えっと、もうすぐ期末テストがあるから終わった後だと思う──多分」


 津太郎自身も本当は分からないが、美咲へ対する返答はこれが一番しっくりくると考えた。


「確かにテストが終わった後なら丁度いいわね──でもテストの結果が酷かったら……呼ぶのも無しよ」


 最初は笑顔のまま話していたのに何かスイッチが入ったらしく厳しい顔つきになる。


「えっ!? ちょっとそれはマジで困るって……!」


 まさかの発言に冷や汗が背中から出てくる。これなら言うんじゃなかったと後悔した。


「まぁまぁ、お母さん。 せっかく津太郎の友達が遊びに来るっていうんだからそこまで厳しくしなくてもいいじゃないか」


 巌男の心強いフォローに津太郎はありがたみを感じる。


「でも──はぁ……分かりました。 お父さんが言うなら厳しくしません」


 美咲も巌男には弱いらしく、素直に諦めたかのような溜め息を吐いた。


「良かった~」


 心底まずいと思っていた津太郎は胸をなでおろす。だが美咲の言葉は続いていた。


「──けども、『赤点』だけは絶対に取らないでよね」


 わざわざ赤点の部分を強調させて言うのは、もしも取ったら呼ぶの禁止だと主張しているようにも感じる。


「お母さんも別に嫌味で言ってるわけじゃなく津太郎の為にと思って言っているんだ。 だからせめて赤点回避の期待ぐらいは応えてあげなさい」


 巌男の正論に津太郎は何も反論出来なかった。


「……頑張ります」


 一連の会話の流れで一輝が家に来るのを伝える事が出来たのは良かったものの、まさかそこからテストについて追求されるのは予想外だった。


 テストの話も一輝に関する話も終わり、それからは他愛ない話をしながら三人で食事を取る。

──十分後、食べ終わった津太郎は巌男と一緒に食器洗いや後片付けをし、それが済んだら自分の部屋へ向かった。




   ◇ ◇ ◇




 今日は朝から色々あって疲れた津太郎は部屋に入ると真っ先にベッドへ横になる。


 部屋の何も無い天井をボーっと見ながら考えていた事はやはり一輝や異世界、魔障壁の事だった。

 本当ならテストの事や清水栄子(しみず えいこの具合を気にしなくてはいけないと分かっていながらも、気持ちが切り替えられずにいた。


「はぁ……また会ったら気になる事を聞いてスッキリしようと思ってたのに、いざ実際に知ると分からない事がもっと増えるとは思わなかった」


 いつか一輝が家に来た時、また今日と同じように色々と聞けば間違いなく疑問点は更に増えるだろう。


 そして知れば知るほど自分の頭で処理し切れなくなり、私生活にも今以上に影響が出るかもしれない──そう考えると次からは質問するのにも躊躇してしまいそうになる。

 そもそも何も持ってない一般人がここまで足を突っ込んでいいのかという疑問すら出てきてしまう。


「急に自信が無くなってきたな……」


 ようやく会えた筈なのに、ようやく知れた筈なのに、今の津太郎の心の中にあるのは後悔に似た感情。


 会わなければこうして悩まなくて済んだのに、知らなければ余計な事を考えずに済んだのに……と、次々に負の感情が雪崩のように押し寄せてくる。


「──って駄目だ駄目だ!」


 何かしてないといけないと感じた津太郎はベッドから立ちあがると、小学生の頃から置いてある木製の勉強机に向かう。

 ただ、これはテスト勉強をする為ではなく一輝と出会って聞いた事を忘れないようメモしておこうと思ったからだ。


 カバンからノートを取り出した後、筆記用具の中に入っているハサミで白紙の部分を一枚だけ切り取ると早速書き始める。


 一輝が異世界から帰って来た事、運動場に現れた黒い穴や渦巻き状の異空間の正体、魔障壁、仲間の五人──記憶を思い出しつつひたすらノートに綴る。

 無我夢中で行動する内に先程までの後ろ向きな思考は津太郎の中から消えていく。


「ふぅ……」


 書き終わった津太郎は手を止める。

 十五分足らずの時間ではあったが、切り取ったノートのおもては黒文字で埋め尽くされていた。

 一応書き忘れた事は無いかチェックした後、勉強机に備わっている四段引き出しの一段目の中に入れておく。


「終わったー……。 ~~~~っ!」


 やる事全部を終えた津太郎は椅子に座ったまま背伸びをする。何ともいえない心地よい疲労感と満足感の両方を津太郎は全身で感じていた。

 勢いで始めたこの行動に、最初はこんな事に意味があるのか自分自身で疑問にも思っていたが、終わった今となってはやってよかったと本当に思った。


「津太郎~! お父さんがお風呂済んだから早く入りなさ~い!」


 一階から美咲の呼ぶ声が聞こえてくる。丁度終わった津太郎にとっては良いタイミングだった。


「サッパリしたいしさっさと風呂行くか。 母さんにも怒られるし」


 そう決めると椅子から立ち上がって部屋から出ようとした時、その場で立ち止まって振り返り自分の机を見る。


「あっ、やばい……テスト勉強もしなきゃいけないのか──どっちも頑張らないといけないな」


 一度息を吐き出した後、学校の事も異世界の事も何とかなるだろう、頑張ろうと改めて決意を固めた津太郎は部屋を出た。

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