遭遇 その30
東仙一輝は教見津太郎と別れた後、一人周りを見渡しながら歩道を歩いていた。
やはり住宅街ということもあって、一車線の道路を間にはそれぞれ違う形をした家がいくつも建てられており、中には家の方から子供の賑やかな声が聞こえてくる所もある。
この一つ一つの家には生活があり、歴史があり、そして物語があるという事を一輝は歩きながら感じていた。
──しかし、それと同時に自分の家が跡形も無くなっている光景を思い出す。
生活も、歴史も、物語も、その全てを完全に失ってしまった自分の家。今となっては思い出の中でしか映し出されない自分の家。二度と戻ってこない──自分の家。
(……羨ましいなぁ)
この世界に家が無く、肉親も見当たらない一輝はその両方を持っている津太郎に対し純粋にそういう想いを抱く。
次に津太郎と教見美咲が楽しそうに雑談をしている想像をして、いつか自分も同じような事をするんだと心に強く誓った。
──それから人通りが少なく身を隠せる所を探しながら歩いていると、子供が遊ぶのに使う小さな公園を見つける。
公園の中には、
一人乗り用ブランコ。
両端の地面にタイヤが置かれたシーソー。
小さいながらも装飾は凝っているカラフルな色の滑り台。
ベンチのある屋根付きの休憩所が設置されている。
他にも妙に広い空間がいくつもあるのに何も置かれていないのは、元々あった遊具が危険だからと撤去された可能性が高い。
地面は全体を青い芝生で埋め尽くし、手入れもされているように見える。
ただ、空も徐々に薄暗くなりつつある時間帯の為、公園には誰一人おらず寂しい風景となっていた。
(ここでなら、転移魔法を使えるかも……)
公園の出入り口の方面以外は網目状の柵が設置され、そこから外側には無造作に樹が生えていて視界を遮ってくれている。
やるなら今しかない、そう考えた一輝は通り道を確認すると自分の歩いてきた方向とは逆の方から、スーツを着た大柄の男性が歩いているのが見えた。
(あの人が通り過ぎたら滑り台の反対側に回った後に使おう)
急いで通り道から離れ、公園の中に入った一輝はとりあえず入り口から十メートルぐらい離れた休憩所のベンチに座る。
数秒後、一輝は先程見たスーツの男性が視界に入った後に公園を通過するのを確認していた。
しかし男性は一輝の気配を感じ取ったのか顔を横に向け、目を合わせてくる。
知らない人と目が合って少し気まずくなるが、向こうはすぐにこの場から立ち去るだろう──そう思っていた。
「君、そんな所で座ってどうしたんだ?」
まさか声を掛けられるとは思ってもいなかった一輝はどうしようと慌てる。
「あーいや……僕はその──ちょっと休憩してただけです……」
一輝は自信なさげに言う。しかしそれが逆効果だった。
「もしかして……具合でも悪いのかい?」
男性はそう言うと心配してくれている様子で一輝の方へ近付いてくる。
完全に勘違いなのだが、男性視点で見るとこんな遅い時間に何もしないまま座った状態の一輝の姿を目撃したのだ。そう思われても仕方がないだろう。
「い、いえっ、そうじゃないんですが──実はこれを買って帰る途中でして……!」
困った一輝は手に持っている津太郎から貰ったジュースの入った袋を男性に見せる。
「この袋をずっと持ってたらちょっと手が痛くなってきたので、ここに座ってちょっと休憩を〜……みたいな」
とりあえず具合が悪いという誤解を解こうと一生懸命になる。もしも誤解が解けず救急車でも呼ばれて大事になるのだけは避けたいと一輝は考えた。
「なるほど、事情を聞いて安心したよ。 それと早とちりをしてすまなかったね」
男性はホッとしたのか軽く息を吐く。
遠くからでも大きく見えた体格はすぐ側では迫力が倍増し、更によく見ると仕事に使うと思われる鞄を持つ手は分厚くゴツゴツとしていた。
「こちらこそ気を遣わせてしまってすみません……」
座っていた一輝は失礼かと思って立ち上がる。
「いや、勝手に勘違いしたおじさんが悪いのさ──確かにペットボトルのジュース六本……いや、既に飲み干しているのも合わせて七本も入った袋をずっと持っていたら手に食い込んで痛くなるのも仕方ない」
「あはは……そうなんですよね~。 大丈夫かなと思って歩いてたんですけどやっぱり駄目でした」
一輝は男性の言葉に対して妥当な反応しか出来なかった。
「にしてもそんな沢山買うなんて余程そのジュースが好きなんだね。 私の息子と一緒だ」
「息子さん……ですか?」
「あぁ、歳も君と同じぐらいかな。 小さい頃からずっと飲んでいてね、よく飽きないなと感心してしまうよ。 おかげで妻もスーパーへ行く度に買うのが癖になっているんだ」
「そこまでいくと筋金入りですね……」
一輝も数年ぶりに飲んで炭酸の刺激や独特の味には至福の時を感じる事は出来たが、流石に長年飲み続ける事は無理だった。
「ふふっ、全くだよ。 息子も最近はゲームばかりしていて身体も訛りきってるから、また山登りにでも連れて行こうと思っててね」
この『山登り』という単語を聞いて一輝の肩がピクっと反応し、無意識の内に息を吸うのが少しだけ止まってしまい全身が二秒ほど硬直状態になってしまう。
すぐに息を吐き出して何事もないような態度を取ろうとするものの、息を吸う度に肩は上がっていた。
(──何か、山に苦く辛い記憶でもあるのだろうか。 でなければあの一言だけで拒絶ともいえる反応はしないだろう)
男性は一輝の様々な反応を見逃さず、恐らく何かしらの思い出したくない過去があるのだろうと悟ったが、口には出さなかった。
まだ出会ったばかりの青年にこのような質問をするのは、大人として常識外れと男性は考える。
「──っと、休憩中だったのにすまない。 私がいては気も休まらないだろうし、そろそろ帰るとするよ」
男性は一輝に気を遣って、山登りの話を無かった事にするかのように話題を切り替える。
「は、はい……その──わざわざ気に掛けてくれてありがとうございます……!」
一輝は感謝の気持ちを込めておもいっきり頭を下げる──が、そのせいで頭を上げた時に一瞬だけクラッとしてしまった。
「こちらこそありがとう。 おかげで疲れも何処かへ吹き飛んでくれたよ」
男性は少しだけ頬を緩める。
「そう言って頂けると光栄? 恐縮?……です──ってこれ日本語合ってるかな……」
ついスーツ姿の人を目の前にして堅苦しい言葉を使ってしまうも、慣れない言い方に自信無さげであった。
「ははっ、別に無理して大人ぶった言葉を使わなくて構わないさ。 そこまで礼儀正しくされると逆に仕事みたいに思えてしまうからね」
「すみません……」
つい男性の話し方に影響を受けて無理してしまった事に恥ずかしさを感じてしまう。
異世界ではリーダー格だった一輝も、大人の余裕ある態度の男性の前では子供同然だった。
その後、男性は一輝に向かって軽く手を振ると公園から出ていく。
夕日を背景に背筋を伸ばし、無駄のない動きで静かに立ち去っていく後ろ姿──これが一輝の目には大人の雰囲気が出ているように見えて格好よく感じていた。
(格好いい人だったなぁ。 僕もああいう大人になりたい……ってボーっとしてる場合じゃなかった、早く帰らないと)
一輝はもう一度通り道を見て誰もいない事を確認すると、急いで滑り台の反対側に回って右膝と右手を地面に付ける。
(津太郎君のお母さんには会えたけど、まだお父さんには会えてないんだよね。 今度、家に行ったら会えるかな)
違う事を考えてしまって少し気が緩んだ一輝は集中して転移魔法を発動させると、今回は失敗することなく家のある山へと帰っていった。




