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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その28

 教見津太郎(きょうみ しんたろう)東仙一輝(とうせん いっき)が握手をしてから数秒が経つ。


「何か異変は起こった?」


 津太郎からは何かを吸い取られてるような感覚も、魔力のようなものも感じる事はなく、誰とでもする普通の握手と変わらない。

 その為、どうなっているかは一輝に聞くしかなかった。


「……今のところは大丈夫」


 どうやら一輝の言う魔力の暴走というのは発動していないらしい。そこまで頻繁に起こるというわけでもないのだろうか。

 とりあえず実験という意味での握手は無事に終わったという事で津太郎は手を離す。


「ふぅ……お互い何ともなくてよかった」


 津太郎は自分の中では堂々としていたつもりだったのだが、どうやら気が付かない内に緊張していたらしく、手を離したら力が抜けるかのように息を吐き出してしまう。


「はぁ~……本当によかった~」


 一輝は何事もなく無事に終わって安心し、つい膝に手を付けて地面に向かい津太郎よりも長く息を吐いた。

 『される』側に比べて『する』側の方は万が一何か起こった場合の責任というものがある──そう考えれば一輝がこういう反応をするのは仕方のない事なのだろう。


「終わった後に聞くのもなんだけど──魔力の暴走が起こってたら最悪の場合どうなってた……とか分かる?」


 津太郎の質問に対し、一輝は右手を顎に当ててから少し考え込んだ後に口を開いた。


「──この現象自体、こっちの世界に帰ってきて起こり始めた事だからまだ確証とかは無いけど……もしさっきの握手で最悪の場合が起こったとすれば──君の記憶全てが僕の中に入ってくる可能性もあったし、干渉したせいで記憶自体を無くしていた可能性もあったかも……あくまで仮定だけど」


 この言葉を聞いて津太郎は冷や汗が出てくる。

 もしさっきの握手で本当に一輝の言った事が起こっていたらと考えるだけで恐ろしく感じた。


「嘘だろ……? じゃあ初めて出会った時は大したこと無くて済んでよかったって事……か」


 下手すると運動場で一輝の言っていた最悪の場合が起こっていた可能性もあり、名前と家だけで済んだのは本当に幸運だった。

 説明を聞くと一輝がいきなり頭を下げて謝る気持ちも分かる気がする。もし津太郎も自分が同じ立場だったら同じ事をしていただろう。


「うん、本当によかった……でもそう考えると僕、あの時は浮かれてたんだろうね……津太郎君の名前を把握してたにも関わらず何の疑問も抱いてなかったし。 それに最後もあんなヘラヘラ笑いながらまた会いましょうとか何であんな事言ってたのか意味が分からないよ……」


 一輝としても運動場での件は色々と思う所があったのだろうか、ここぞとばかりに津太郎に向かって今の気持ちを全力でぶつけてくる。


「そこまで自分を責めなくても……別に悪気があってやった訳じゃないんだから。 でもさ、それが起こったのは握手した時だけ? だとしたら確率そのものは低そうな気もするけど」


 津太郎は一輝がこっちに戻ってきてどれだけ魔法を使ったは知らないが、何十回も使った内のたった一回なら魔力の暴走が起こる可能性は極僅ごくわずかなのではと思った。


「実はついさっきも……。 本当は津太郎君の家の前に転移する筈だったのに、失敗して何故か津太郎君の目の前に転移してて──」


 それから一輝が軽く津太郎に転移魔法の内容と使用回数について説明する。


 一輝によると今日までに何回か使った事はあるが、頭に浮かんだ所に行けなかったのは今回が初めてらしい。

 この転移魔法も向こうの世界では何の不便もなく使えたらしいが、こちらの世界では魔力の暴走により何処へ飛ぶか分からないリスクがあるらしく、そう簡単には使えないという。


 現代社会において誰もが欲しがる瞬間移動も、そんな高すぎるリスクを聞かされたらあまり欲しいとは思えなくなってしまうのはロマンより現実を見てしまうからなのだろうか。


(転移魔法かぁ……ガンガン使えたら絶対くっそ便利なのに勿体ねぇ)


 津太郎もこれが使えたら遅刻ギリギリまで家でダラダラしてから栄子を迎えに行けるのに、という妄想をしてしまう。

 他にも都会とか海外なんかにも一瞬で行く事が出来るとか色々な妄想は捗るが、流石にやってもらおうとは言えなかった。


「そ、それでね……津太郎君に一つお願いがあるんだけど」


「お願いって、俺に?」


 予想外の言葉に津太郎は驚きながら自分の顔に指を差すと一輝は頷く。


「マジか……」


 異世界から帰って来た一輝は恐らく魔法以外にも様々な事に長けているだろう。見た目とは裏腹に実は戦いにおいても強い可能性だって十分あり得る。

 逆に津太郎は何か特技があるわけでもなく、生まれも育ちも平凡で誰もが羨むような物は持っていない。


 だからこそ一輝が頼んでくる内容がどういうのか気にはなる。


「津太郎君の家に行ってみたいんだけど……いいかな?」


 一輝が照れくさそうに言ってきたその内容は想像していたよりも大したことない筈なのに津太郎は驚いてしまう。

 まさかほぼ初対面の人の家に行きたいだなんて一輝が言うとは思わなかったからだ。


 なんで?という言葉が出そうになるも、津太郎は何とか抑え込む。

 わざわざ高いリスクを冒してまでここに来た理由がどうして自分の家なのかという疑問が津太郎の頭の中で浮かび上がる。


 食料や水、それ以外の物資が欲しいから?

 それともこちらの世界が今どうなっているのか色々調べたいのか?


 結局考えてもそれらしき明確な回答は出てこなかったが、勇気を出して正体を打ち明けた一輝なら信用して家の中に入れてもいいんじゃないかとは思った。


「──そんな頼み事ならもう全然大丈夫。 立ったままここでずっと話してるのも流石に疲れてきたし、時間も……げっ! もうこんな経ってんのかよ……!」


 津太郎がスマートフォンで時間を確認すると既に夕方一歩手前ぐらいまでの時刻となっていた。

 まだ空は明るいものの、確かに学校を出た時に比べれば暑さ自体はマシになってはきているのを実感する。


 学校から出るまでも遅く、月下小織つきした こおりとマンションの前で立ち話をし、清水栄子しみず えいこの家の前でも話をしてから今に至るということもあってか、時間の進み具合は予想を遥かに越えていて流石に今から家に入れるのは怒られそうな気がした。


(あー、さっき母さんとばったり会ったのは夕飯の食材の買い出しに行ってたのか……納得はしたがちょっとこれどうする?)


 また明日同じ時間帯にここへ来れる?と言えたらいいのだが、やはりリスクという問題のせいで気楽には言いづらい。

 かといっていつまでもここで話していたら教見美咲きょうみ みさきから電話が掛かってきそうな気もする。


「……そっか、もうどの家でもお母さんが夕飯の準備とかしてる時間なんだ」


 何かに気付いた一輝が近くにある家の屋根を見ながら言う。


「えっ?」


「だってほら、何だか良い香りとかしてきたよ」


 悩んでいる時は気付かなかったが、一輝に言われてみれば確かに何かを揚げている時の匂い、そして肉を焼いている時の香ばしい匂いが周りの家の換気扇から出てきているのが分かる。


「……確かに。 こういう生活感溢れる匂いを嗅ぐと夕方って感じがするな~」


 津太郎は目を瞑って匂いを堪能しているとお腹が減りそうになる。

 しかしペットボトルのジュースは既に飲み干していた為、家まで我慢するしかなかった。


「来てもいいと言ってくれたのは嬉しかったけど……やっぱり帰るね。 夕飯の準備をする時間帯にお邪魔なんて家族の人達にも凄い迷惑だし」


 唐突に帰ると言い出した一輝に津太郎は焦り始める。


「えっ、でも何か理由があってここに来た筈なのにもう帰るなんて勿体無いような……」


 引き止めようとするが、いい案が思いつかず普通の事しか言えない。


「まぁ本当の目的は果たしていないのは事実かな……」


「だったら──」


「でも、ここまで来れただけでも満足してるんだ。 津太郎君とこうやって話せないまま終わってた可能性もあったから、今すっごくホっとしてるし」


 津太郎は一輝の満足げな笑顔を見る。

 今思えば笑っている顔を見るのはこれが初めてかもしれない。そこまで言われると津太郎も引き止める訳にはいかなかった。


「……分かった。 でもせっかくなら俺の家の前までは来てみないか? 実際に見てみれば転移が成功する確率も増えそうだし」


 そんな根拠は勿論無いが、何もしないよりはマシだろう。


「う、うん。 じゃあ家の前までなら……」


 そう言うと一輝は残っていたジュースを一気に飲み干した。


「よかった──でも後五分ぐらい歩いた所に俺の家があるから、転移自体は大失敗では無いと思う」


 津太郎はここから家までの距離を何となく教えようとしただけなのだが、つい勢いで慰めのような発言をしてしまう。


「……慰めてくれてありがとう。 でも今思えば家の前で待ち伏せするように会うのは何か印象悪そうだし、それよりも津太郎君の前に転移したからこそ、こうやって上手くいったのかも。 そういう意味では成功かもしれないね」


「まぁ、あんな風に出会った方が確かに印象は悪くないかも。 本当に『遭遇』って感じだったし……」


 もしも津太郎が栄子の家に行っていれば道中で二人が会う事は無かっただろう。

 もしも一輝が転移に成功していたら、こうして二人が同じ道を歩く事も無かっただろう。


 この二人の遭遇は、偶然と偶然が重ね合った結果によって生まれた産物なのかもしれない。

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