遭遇 その23
自殺未遂の騒動に巻き込まれてしまった教見津太郎は、一段落した後にスマートフォンをポケットから取り出して時間を確認すると、時刻は想定の範囲を遥かに越えていた。
歩いていたらとてもじゃないが間に合わない距離の為、これはまずいと後の事を考えずひたすら走り続ける。
結果、校門を抜けた後に間もなくチャイムが鳴り始めた。
気温の高さも合わさって既に肩で息をする程に息が切れていた津太郎は、出来れば膝に手をつき一息つきたい気持ちもあったが、必死に我慢して今度は急いで二年の校舎の中へと入る。
授業が始まる前から体力が限界寸前の状態でようやく教室の中へ入るも、担任教師がまだ来ておらず遅刻扱いは免れた。
まだホームルームが始まっていないという事もあってクラスメート達は休み時間と同じ感覚で過ごしている。
チャイムが鳴っているにも関わらず立って話している者も普通にいた。
そのおかげで津太郎が教室へ入ってもそこまで目立つ事は無いと思っていた──が、何やら様子がおかしい。
「──っぷはぁ……! あー疲れた……ってなんだ?」
無事に辿り着いて一安心した津太郎は思いっきり息を吐き出した後、急に静まり返った教室を見渡す。
「教見が一人で学校に来たぞ……! 同じクラスになって初めて見たわ……」
「栄子ちゃん珍しく遅いな~と思ったら、いないなんてどうしたんだろ……」
「清水さんいないとかマジかよ~。 毎朝あの人を見るのが俺の楽しみだったのにさぁ……」
「俺もなんだけど……あーあ、やる気なくなったわ」
どうやら津太郎が清水栄子と一緒に来ていないのがクラスメート達からは非常に珍しく思っているらしい。
特に一定の男子は心底ショックを受けていて気を落としているようにも見える。
(あーなるほど、いつも二人で来てたから俺一人なのが意外なんだな)
クラスメート達が話している声から大体の理由を察した津太郎は深呼吸をした後に説明しようとするが、
「おいおい、もうチャイム鳴ってるんだから席に着けよ~……って何かあったのか?──それに教見も、そんな所に突っ立ってて何してるんだ?」
前の出入り口から担任教師が教室へ入るも、どういう状況なのかは全く理解出来ていなかった。
とりあえず生徒達は言われた通りに席へ着き、担任も教壇まで歩くとようやくホームルームが始まる。
出欠確認を取る前に担任が少し遅れた理由を説明し始めた。
どうやら清水彩から「栄子は熱が出た為、今日は学校を休ませます」といった内容の電話が掛かってきたらしく、その対応に追われていたらしい。
「よし、俺がプリントとか持っていこう」
「あんたなんかが行ったら清水さんが可哀想よ」
「はぁ!? なんでだよっ!」
「おい、まだホームルームは終わってないんだから騒ぐのは後にしてくれ。 それと今日渡すプリントとかを誰かに持っていって欲しいんだが……教見に頼んでいいか? 確か清水の家は丁度通り道だったよな」
担任が津太郎に目を合わせながら頼み事をしてくる。
「はい、大丈夫です」
津太郎自身も特に文句も問題も無い為、すんなりと引き受けた。しかしクラスメート達は担任の「清水の家は通り道」という言葉に食いつく。
「教見君と清水さんって家も近いんだ~。 幼馴染みとかそんな感じなのかなやっぱり」
「俺もう勝ち目なくね?」
津太郎と栄子の関係に妄想を膨らませる女子や敗北感や絶望感を味わっている男子で教室が盛り上がる。
これもまた思春期らしい反応ともいえるだろう──ただ、その後にまた担任が生徒達を注意したのは言うまでもない。
あまり目立ちたくない津太郎にとっては少々辛いホームルームがようやく終わり、休み時間になると一気に気が抜けて思わず机に身体を伏せる。
(朝から色々としんどい……今はもう何もしないでじっとしよう……)
少しでもじっとして身体を休ませようとしたが、何やら大きい足音が聞こえてくる。
「シンタモーン! 栄子ちゅわーんがいないから寂しいよー!」
伏せている為、姿は見えていないがその鬱陶しそうな喋り方と暑苦しい雰囲気で辻健斗だとすぐ分かった。
どうせ何を言っても意味は無いと察した津太郎はすぐに身体を起こす。
「誰がシンタモンだ誰が。 それに栄子も三十七度台の微熱だから明日には大丈夫だろ」
確信は無いが今日一日安静にしているんだから、すぐ良くなるだろうと考える。
「さすがシンタモン! そんな事まで知ってるんだね!」
担任は熱が出たから休むとしか言っていない為、津太郎の他に微熱であることを知っている人はいなかった。
「あんまりしつこいと殴るぞ。 後これは俺が栄子から直接聞いたんじゃなく、向こうの母親から母さんに電話が掛かってきて俺も知ったんだ」
別に隠す事ではないので実際にそうであった事をそのまま話す。
「分かった分かった──ん? 親同士でも連絡し合うってコトはよぉッ……! 家族ぐるみで仲が良いって事じゃあないかッ! 親公認とかオメーどんだけ恵まれてんだオラァッ! このっこのっ!」
健斗は羨ましさや妬みから座っている津太郎の右肩に肘を当て、すり鉢の中のゴマをすり潰すかのようにゴリゴリと押しまくる。
「痛っ! いってぇよっ! お前重たいんだからマジでやめろってっ!」
恐らく加減はしているだろうが、重量ある肘で負担を掛けられるのは間違いなく痛いだろう──数秒後に肘を離すと健斗の顔はスッキリとしていた。
「~~っ! 痛ってぇ……。 な、仲が良いっていうか、親同士で連絡取り合ったりするなんて別に普通の事だろ……!」
津太郎は押された右肩を左手で触りながら苦痛に歪んだ顔をしつつ話す。
「こんな朝早くから何してんのよ二人とも……」
そんな男子高校生ならではの慣れ合いをしていた二人のすぐ近くに月下小織が来ていた。
「何ってそりゃ男同士のスキンシップってや・つ・さ♪ そんだけ~!」
健斗は小織の前に右手を突き出すと、人差し指だけ伸ばして左右に振りながら話しかける。
「こんなヤツの相手をするなんて損だけね……」
やれやれと言わんばかりに冷静に対処をしようとしたが、健斗は何かに気付く。
「ん……? そんだけ、損だけ……うわぁ……あの月下がダジャレを言うなんて思わなかったわぁ……」
「ちっ、違うわよっ!」
小織は顔を赤くして、真向から狙って発言した疑惑を否定する。先程の冷静な態度は完全に消えてしまっていた。
「あーもうっ! 辻は早くどっかいってっ! アタシは教見に用があって来たの!」
そう言いながら手を外側へ振る動作はまるで野良の動物を追い払っているかのようだ。
「用っていうのは?」
痛みが治まった津太郎は机の横にいる小織の方に身体ごと向けて聞いてみる。
「──栄子のことなんだけど……今日、家に行くのよね?」
小織は健斗の事を追い払うのは諦めたらしく、ため息を吐いた後に津太郎と話し出す。
「おっ! まさか付いていくとか言うの! 言っちゃうの!?」
健斗が小織を煽るかのように話に割り込んでくる。
言いながら両手の親指と人差し指を伸ばし、拳銃のようなポーズで指を突き出すその構えは人によっては苛立つかもしれない。
「……」
小織は無表情かつ無言のまま健斗の突き出した右手首を持ち、甲の皮膚を凄い力でつねり始めた。
「~~~~っ!! 痛い痛い痛いっ!! いやマジで痛いってっ! 姐さんっ! ストップ! ストップ! レフェリーッ! 早く止めてくれ!」
健斗は必死に津太郎へ訴えかける。
「俺がレフェリーだって言うんだったら……試合続行、ファイッ!」
「なんでこういう時だけ乗り気なん──ノオオオオオオオッ!!」
小織は皮膚を指で掴んで伸ばすだけではなく下へ引っ張り体重を掛ける事によって、更に痛みは増していた。
あまりの痛さに床へ片膝を着いてしまっているこの光景は、傍から見れば屈伏しているようにも見える。
「ギブギブギブギブッッ!! ていうかずっと黙ってるのが怖いんですけどっ!?」
この時、ようやく小織は掴んでいた皮膚から指を離す──その時の表情はスッキリしたのかとても満足げだった。
「じゃあ教見、先に言われたけどまぁ……そういうことだから。 放課後、先に帰らないでよね」
小織はハンカチで手を拭きながら何事もなかったかのように津太郎へ話しかけてくる。
「お、おう……」
津太郎は少し怯え気味に返事をすると、小織は自分の席へと戻っていった。
健斗はというと膝を屈したまま掴まれた右手の甲に左手を添えていて、余程痛かったのか唸っているようにも思える。
ほんの少しだけ心配になった津太郎は声を掛けようとした時、健斗の方から顔を下に向けたまま声を出す。
「なぁ津太郎……知ってるか?」
「な、なにが?」
突然の冷静な口調による問いかけに津太郎はどう対応すればいいか困った。
「プロレスラーが一番やられたら嫌な事は『つねり』なんだぜ……」
「……そうか」
これ以上、二人は言葉を交わさなかった。
そして痛みを味わった二人だからこそ思う──朝から何やってんだろ……と。
あけましておめでとうございます!
今年もコツコツ頑張っていきたいと思いますので応援、よろしくお願いします。




