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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その20

 荒れ果てた名も無き山の頂上付近に一部だけ綺麗に整備された場所があり、そこにはポツンと洋風のドアが一つ立っている。

 何も知らない者がこの光景を見たら、一体何がどうしてこうなっているのか謎だろう。


 その洋風のドア付近の整備された地面から円状の陣が出現すると同時に、囲った部分を白く光り出す。

 すると円の中心には黒のジャケットに黒のパンツを身に着けた黒髪の少年、東仙一輝とうせん いっきが地面に右膝を付けた状態で姿を現す。


「ふぅ……良かった──今のところは失敗してないからいいけど、もし失敗して変な所に飛ばされたら怖いなぁ……」


 失敗せずに済んで安心した後、立ち上がって周りを見渡すと一輝は自分でも分からない内におもいっきり口からため息を吐き出す。

 すると同時に全身の力が抜けるような感覚に襲われ、今にも倒れてしまいそうになる。


「はぁ~……やっぱり気が張ってたのかな。 それとも魔力の使い過ぎ……?──う〜ん……」


 色々な可能性はあるが、一つだけ確実に分かるのは疲れが溜まっているという事だ。

 考えてもしょうがないと思った一輝はとりあえず開きっぱなしのドアの中に入る。


 そこは現実世界とはかけ離れた場所である白の異空間となっており、一輝の目の前にはレンガで出来た二階建ての大きな家が夢や幻ではなく建物として存在している。


「もう皆は寝てるだろうし、僕も部屋に入ったら今日はすぐに寝よ……あ、でもこのフライドポテトはどうしよう。 明日になったらもう完全にふやけてるよね……勿体ないから食べようかな」


 一輝は歩きながらビニール袋を顔の辺りまで持ち上げると、どうしようか考え始める。

 貴重なお金と新田浩二にった こうじの電話番号のメモは部屋のコンテナに保管するとして、食べ物に関しては決めかねていた。


 そして一輝は、もう一つの自分の家の前に立つ──空き地になっていた昔の家とは違い、確かに実在し、実際に住んでいる家。

 目の前にして安心感や帰ってきた気持ちに浸れるという事は、この家にも愛着が湧いているからなのだろう。


 ここを出てから戻ってくるまでの数時間、色々な事がありすぎて一輝にとっては一つの冒険をしてきたような感覚だった。

 母親と会うという一番の目的は果たせなかったものの、浩二のおかげで沢山の情報を得る事が出来た──今はそれだけでも十分かもしれない。


 とにかく今日はもう寝て魔力を回復させようと決めた一輝は、ドアノブを掴むとゆっくりと開ける。


「ただいま~……」


 いつもの癖で挨拶をしてしまうが、やはり返事はない──と思っていたその時だった。


「おかえりなさいませ、イッキ様」


「……とりあえず、おかえり」


「イッキ君、おっかえり~! 待ってたんだよ~、もー!」


 クリム・クレンゾンとコルトルト・ブルーイズとリノウ・ショウカの三人が食堂から出てきた。

 出る前はまだ普段の服装だったコルトはネグリジェを着ており、リノウは麻で作られた上下共に白の服を着ている。


 もう寝ていたと思っていた一輝は驚きを隠せない──だが、こうして出迎えてくれる人がいる喜びの方がまさっていたのだろう。 


「ただいま……!」


 一輝の二度目の挨拶は、自然と笑みがこぼれていた。




   ◇ ◇ ◇




 コルトが一輝を気遣って食堂にまで案内すると、他の二人も付いていく。やはりどうなったのか気になるのだろうか。


 コルト以外の三人が椅子に座り、一輝が白のビニール袋を大きくて高級に見えるテーブルに置くと、向い合せに座っているリノウが話しかけてくる。


「ねぇねぇ! その白い袋ってなに~! あと触っていい!?」


 今まで見た事の無い物に興味津々なのか、目を輝かせている。


「うん、それは全然構わないけど……リノウはてっきり僕の部屋でぐっすり寝てたから起きてるとは思わなかったよ」


「そうなんだよ~、せっかくイッキ君の部屋で気持ちよく寝てたのにクリムに叩き起こされちゃってさ~──ってこの袋すっごーいっ! 何か変な音するしツルツルする~! 変なの~!」


 リノウはビニール袋を触ったりつまんだり引っ張ったりして楽しんでいた。


「これ、せっかくイッキが持って帰ってきた代物をそんな粗末に扱うな。 破れでもしたらどうする」


 隣に座っているクリムが玩具にして遊んでいるリノウを手で止めた後、背筋を伸ばして腕を組み、一輝の方へ視線を向ける。


「それで、母親とは会えたのか?」


 帰ってきたらこの質問をされるのは分かってはいた。

 しかし、いざ言われたらどういう気持ちでどういう顔をして答えればいいのか困ってしまう。


「やはり……会えなかったか」


 少しの間が空いた後、先に口を開いたのはクリムの方だった。


「……うん。 でもなんで分かったの?」


「……帰ってきた時にすぐ言わなかった時点である程度は察していた。 それに先程の問いに対して声を出すのに躊躇していれば答えを言っているようなものだ、誰でも分かる」


 クリムは入り口から一輝を一目見た時にはもう、雰囲気や態度で母親と再会出来なかった事を見抜いていたのだろう。


「あはは……そっか、クリムはすごいや……。 でも、察してくれてありがとう」


 ただ、見抜いて察するという事は一輝の考えや気持ちをある程度は理解出来たという事でもある。それだけでも一輝にとって心の負担は軽くなっていた。


「何を言っている。 お前とは長い付き合いなのだからこれぐらい出来て当然だろう」


 言い方は冷たそうに感じるが、一輝に視線を合わせるその表情はとても穏やかに見える。


「えーっ! ボクぜんっぜん分かんなかったー。 クリムすごいねー!」


 重めな雰囲気を出していた二人と違い、リノウは普段通りに軽く接してきた。


「……ショウカはもう少し洞察力を磨いた方が良いのではないか?」


「いえ、洞察力よりもまずは場の空気を読めるようにした方が宜しいかと」


 キッチンの方からコルトが歩いてくる。

 金属の取っ手が付いた高級感溢れる白色の大きなトレーを両手で持っており、その上には皿に乗った焼き色のクッキーと白のティーカップ四つ、小さめのティーポットが乗っていた。


「今日はもうメイドとしての仕事は終わってるのに……」


 一輝は何だか申し訳なさそうな気持ちになる。


「これはわたくしが好きでやっている事ですので、お気になさらず♪」


 コルトは笑顔で答えると、トレーをテーブルに音を立てないよう置いた後に慣れた手付きで少し遅めのティータイムの準備をしていく。

 するとあっという間にテーブルの上が優雅な見た目となり、ティーカップの中には温かい紅茶が入っていて湯気と共に心が安らぐ香りも立っている。


「ねぇねぇ! 食べていい!? いいよね!」


 リノウは紅茶の香りを堪能する事もなく真っ先にずらりと並んだクッキーに目がいく。誰かが止めなければ今にも手が飛び出しそうだ。


「イッキ様がいいと言うまでお待ちなさい」


 準備を終えたコルトは一輝の隣に座るとリノウを見つめながら言う。その視線には何か圧力のようなものを感じる。


「うぅ……イッキく~ん……」


 目の前にある御馳走を前にお預けを食らったリノウは顔を少しだけ下に向き、一輝に上目遣いで訴えかける。何だか可哀想に見えてきた一輝はすぐにでも食べさせる事にした。


「うん、いいよ。 でもこれは皆の物だから一人で全部食べないでね」


「わーい♪ ありがとーイッキくん!」


 一輝からの許可を貰った途端にリノウはすぐクッキーを両手に持って食べ始める。

 おいし~、と言いながら幸せそうに甘いお菓子を食べてる姿を見て、一輝も幸せな気持ちになっていた。


「それでイッキよ。 転移先では何があったのか聞いてもいいか? その袋を持っているという事は何かしら出来事があったからなのだろう?」


 クリムもまたティーカップに注がれている紅茶の口にしつつ、一輝に尋ねてくる。


「分かった。 まずはね──」


 一輝は転移してからの事を出来るだけわかりやすく話した。


 自分の家が既に何年も前に無くなっていて、母親とも会えなかった事。

 どうしようと困っていた時に一人の男性と出会い、色々な情報を聞いたりレストランで御馳走になったりと手助けをしてもらった事。

 その帰りにレストランでお持ち帰りした食べ物や、この世界でのお金を頂いた事も話した。


 しかし、自分達がこの世界に来たせいで一人の若者が自ら命を絶った事件──その若者の家族もまた不幸にさせてしまった事は語らなかった。

 どういう経緯でそうなったのかを話したとしても、この世界の文明や常識を全く知らない三人が理解するのは不可能だろう。


──何より、一輝は彼女達に自分と同じ辛い想いをさせたくなかった。


「……なるほど。 確かに家自体が無くなっていてはどうしようもないな」


 腕を組んでいるクリムは冷静な反応をしようとするが、目線は斜め下を向いていて辛そうに見える。


「イッキ様は……これからどうなされるんですか?」


 コルトは自分の事のように悲しんでおり、一輝を心配そうに見つめている。


「僕は──母さんを探そうと思ってる」


  その言葉や態度に揺らぎは無く、諦めたくないという強い意志を感じた。 

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