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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その19

「っと! ごめん、ちょっと電話出るね!──この時間帯に掛けてくるとかほんと誰? こっちは迷える少年の相談に乗ってるっていうのに……」


 新田浩二にった こうじがブツブツ言いながらテーブルに置いてあるスマートフォンを手に取り、画面を見ている。


「って社長かーい! うわなに面倒くさいわ~──はい、お疲れ様です~♪ どうかしましたか社長~?」


 電話に出る前の嫌そうな顔かつ低い声から一転、電話に出るとニコニコしながら高い声で対応し始める。

 向こうが何か言っているみたいだが、東仙一輝とうせん いっきの耳には届いておらず、終わるのを黙って見ているしかなかった。


「え? 今どこにいるのかって──外でご飯食べてますけど~……はい、はい──えっ!? それホンマですか!?」


 途中まで落ち着いて対応していた浩二が急に驚きの表情を見せると共に大きな声を出す。

 それからスマートフォンを持っていない左手で、迷彩柄のパンツにいくつもあるポケットの部分を何度もポンポンと叩いている。


「はいっ、分かりました。 今からそちらへ向かいます。 はい、失礼します」


 どうやら話が終わったらしく、浩二がスマートフォンをポケットに戻すと同時に一輝の目の前で手を合わせてくる。


「ごめん、一輝君! 今から急いで仕事場へ行かないといけなくなっちゃった!」


 謝罪をする浩二に、一輝は自分の為に時間を使わせる訳にはいかないと思った。


「えっと……僕の方は自分で何とかしますので、新田さんの用事を最優先にしましょう」


「いや、ほんと申し訳ないっ」


 そう言うと浩二は残っていたフライドポテトを急いで一気に食べ始めた。

 一輝も合わせて食べようとするが、まだまだ沢山残っていて食べきるのに時間が掛かりそうである。


「すみません、まだいっぱい余っていて……」


 しかし残すのは店にも浩二にも失礼と思い、自分からそういう決断するのは出来ない。


「うーん、じゃあお持ち帰りしてから後でゆっくり食べるってのは?」


 こうしてる間にも既に浩二は全て食べ終わっていて、テーブルの端にある紙ナプキンを使って口を拭いていた。


「え?……あ、そうですね。 そう──させてもらいます」


 危うく出来るのかどうか聞いてしまう所だったが、ギリギリで踏みとどまる。

 一輝の発言を聞いて浩二は早速タッチパネルを使ってお持ち帰りのボタンを押した。


(こうやってお持ち帰りできるんだ……)


 タッチパネルを操作する姿をじっと眺めている。

 次はいつ行けるか分からない、今のうちに少しでもこちらの世界に関する事を学習、復習しておく必要があった。


 少し待つと店員がすぐにお持ち帰り用の黒い容器を持ってきて、一輝はすぐに詰め始める。


「いやーまさか仕事場に俺の家の鍵が落ちてあるって言われてさー。 さっき慌ててポケット確認したらマジで無かったんだもん。 パチ屋で落としてたらもう終わってたね、割とガチで」


 詰めている間に手が空いて暇な浩二が話しかけてくる。


「でもどうして新田さんの家の鍵だと分かったんですか?」


「鍵を手で持つ所に穴の空いた部分に付いてる……えーっと、ステンレスで出来たリング状のやつあるじゃん? それに名前書けるキーホルダー付けてるから分かったんだと思う──にしても仕事場の何処で……うーん、まぁ拾ってくれたから別にええか!」


 浩二としては結果よければ全てよし、らしい。


「そうだ、一輝君に一応俺の電話番号を教えとこうかな」


 そう言うと浩二は紙ナプキンを一枚取り、何故かポケットの中に入っていた黒のポールペンで携帯の電話番号を書き始める。


「電話番号なんてそんな大事な情報……つい少し前に会った僕に教えてもいいん……ですか?」


 普通なら出会って間もなく名前しか知らないような相手にまず電話番号を教えるなんてまず有り得ない──流石の一輝もそれぐらいは把握出来ていた。


「ホンマなんとなーく──なんだけど、一輝君は信用しても大丈夫かな~って思ってね」


 書き終わった浩二はポールペンをポケットに片付ける。


「えっ、それだけの理由で──ですか?」


 一輝は浩二の想像していたよりあやふやな意見に、ついポテトを詰める作業を止めそうになる。


「ん~、自分でもよく分からんのよね。 ただ、君には人を安心させる魔力みたいなものや、人を惹きつける魅力があるような気がするし……まぁ難しく考えず受け取ってやっ! 別に無理して電話してこなくてもいいしっ!」


 浩二はテーブルの上に置いてある紙をスライドさせるように手で一輝の前まで移動させた。

 そこには浩二の名前と携帯番号らしき数字が割と綺麗に書かれている。


「あはは……分かりました。 確かに受け取らせて頂きます」


 ここまで言われたら断る方が失礼と思い、素直に受け取る事にした一輝は紙をジャケットに付いてるポケットに入れた。


 そして詰める作業も終わってここにいる用も無くなった二人は会計を済ませて外に出る。


 外に出ると、つい先程まで暗闇とは無関係の明るい所にいたせいなのか周りの景色が入る前より暗く感じてしまう。

 道路を走る車の数も減り、営業終了して閉めた店が増え始めたのも原因の一つかもしれない。


 浩二は駐輪場に置いてあった自転車を手で押しながら持ってきて、通り過ぎる人の邪魔にならない所に置いている。


「じゃあ名残惜しいけど、ここでお別れやね」


「そう……ですね、新田さんには感謝してもしきれません」


 出会ってから体感的に二時間ぐらいとはいえ、色々な事を知ることが出来た一輝にとっては非常に大きい収穫のある時間であった。


「ただ飯を奢っただけなのにそんな大げさ過ぎだってっ!──あ、そうだ」


 すると何か思いついたのかポケットから財布を取り出すと、中から五千円札と千円札を一枚ずつ持って一輝の方に手を伸ばす。


「これ、さっきの相談に乗れなかったお詫びとタクシー代。 こんな時間に一輝君みたいな子が一人で歩くのは色々と危ないから、タクシーで帰った方が絶対いいよ」


 唐突に突き出された合計六千円を目の前にした一輝は驚きを隠せない。


「だ、駄目ですよこんな大金を頂くなんてっ! 受け取れないです!」


 流石の一輝もこれは即座に断ろうとする。


「まぁまぁ、ええからええから」


 そう言いながら浩二は一輝の手を掴み、おさつを渡す。


「そんな……! やっぱり貰えないですよ……」


 一輝は手に持ってしまったお金をすぐに返そうとした。


「これはさっきのお釣りだよ? それにほら、あぶく銭って誰かの為に使った方がいいって言うじゃん? だったらいつ使うの? 今でしょ!──みたいな感じだからそこまで気にしなくていいって! はっはっはっ!」


 一輝は浩二が堂々と言うその理論の意味が正直よく分からなかった──だが、受け取って欲しいという意思は伝わってくる。

 それに、ただでさえ急いでいる浩二の時間をこれ以上割く事は出来なかった一輝は決断する。


「本当に……いいんですか……? 六千円も貰って……しまっても」


「渡す気が無かったら外に出てこんな事言わないってっ! あーでもそのお金をポケットに入れて万が一落としたら大変だから、これに入れといた方がいいかも」


 浩二が自転車のカゴの中に入っていた白のビニール袋を渡してくる。


「何から何まで……頭が上がらないです」


 一輝は感謝の気持ちを述べながら袋にお金と詰め合わせたフライドポテトの容器、そして電話番号のメモ用紙も入れた。


 その間に浩二は自転車を歩いてきた所とは真逆の方に向けた後、お尻をサドルに乗せるよう(またが)る。


「それじゃあ一輝君、元気でな! 彼女さん探すのも大事だけども、今日はもう身体を休めて明日からにしといた方がいいよ!」


 浩二は後ろにいる一輝の方へ身体を出来るだけ振り向き、目を合わせると別れの挨拶と助言をする。


「新田さんこそお元気で……! 今日は本当にありがとうございましたっ……!」


 一輝は深々と頭を下げる。浩二には感謝してもしきれなかった。


「どーいたしましてー! はっはっはーっ!」


 浩二は一輝とは逆方向に自転車を漕ぎ始めると、右手を上げて大きく横に振りながら大声で返事をする。


 一輝は、浩二が暗闇で見えなくなるまで後ろ姿をずっと見つめていた。


──僅か一分も掛からない内に見えなくなってしまい一人きりになってしまった一輝は、浩二の言う通りにして家に帰る事にする。


 転移魔法を使うのに人がいない所なら何処でもいいのだが、あらゆる場所に人がいそうな町の中では無理そうと判断して、時間は掛かるものの空き地まで歩いて戻ろうと決めた。


(でもなんだろう……ずっと向こうにいたせいなのかな──自分の住んでた町……の筈なのにあまり覚えてないのはなんでだろう)


 歩きながら町の中を見ていた一輝はどうしても懐かしさや戻ってきたという実感を味わう事が出来ないままでいた。


(数年という年月が故郷だということを忘れさせたんだろうか……何か寂しいや)


 もしかしたら一輝がいない間に新しいお店やマンション、新築の家が建てられて周りの光景が昔とは別物になっていた可能性もある。

 ただ、そうであったとしても初めて来たかのような感覚になっているのは否定出来ない。


 結局、何かを思い出す事も無くひたすら一直線に歩き続けて町を抜けるとそこはもう街灯以外の明かりも無く、嘘みたいに静まり返っている。

 だが今の一輝にはこの光景が一番見慣れており、そのせいか山を思い出して落ち着いた気持ちになる。


 町を抜けた後の二車線の道路横にあるのは田んぼや畑、建てられた家や更地といった殺風景な景色になってきて、いよいよ近付いてきているのを嫌でも分かる。


 まだ空き地に辿り着いてはいないが、既に人気ひとけも無く適当な更地で転移魔法を使っても良かった──だが、山へ戻る前に僅かでも自分が帰ってきたという実感を持ちたい一輝は、唯一の思い出が残っているあの電信柱を見てから帰る事に決めた。


 そして黙々と歩き続けた一輝はようやくスタート地点でもあり、ゴール地点でもある()()()()()()()場所へ帰ってきた。


「……ただいま」


 一輝の声に勿論、「お帰り」なんて言葉は返ってこない。それでも言わずにはいられない。

 その後に落書きをした電信柱に手を当て、今日の事は忘れないと誓い、気持ちを切り替える為に深呼吸をする。


「……帰ろう」


 再び草むらの中へ入り、転移魔法を発動させると一輝は帰る事にする──仲間が待っている家へ。

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