遭遇 その18
自分達が映っている事を自覚しながらも、東仙一輝は新田浩二がスマートフォンの中で流れている動画を見続ける。
高性能のカメラで撮影された映像には一輝自身が発動した浄化魔法バブル・クリアによるシャボン玉が教見津太郎を包み込む姿やパトカーのサイレン音によって仲間が怯えている姿まではっきりと見えていた。
一つ一つの動作の度に周りにいる生徒らしき声も聞こえてくるが、自分達は第三者のつもりで廊下の窓から覗いているようで緊張感はあまり伝わらない。
最後に一輝が転移魔法で六人全員で瞬間移動した時、カメラで撮影している廊下からは驚きの声が思わず耳を塞ぎたくなる程に響き渡る。
「うおおおおおおっっ! なんだ今のっ!」
「すげえええええ! 映画かよ!」
「え!? ちょっと待ってちょっと待って! マジすっご!」
「なんでなんでなんで!? 意味わかんなーい!」
他にも騒ぎに応じて色々な事を言っているが全ては聞き取れない。
この後、上空に出来た青と白の渦巻き状になっている異空間は青空と同化するように消えていく。
完全に見えなくなると、運動場は何事も無かったかのような落ち着きを取り戻していた──ここで動画は止まる。
相当目立つ行為はしてしまったと自覚していたが、まさか撮影されるだけではなくこうしてインターネットを通して晒されているのは予想外だった。
見終わった今、一輝は一体どういう反応すればいいか困ってしまってずっと黙っている。
「音止まったけど終わった?」
浩二が一輝に問いかける。
「あ、終わってます……すみません、ちょっとボーっとしてました。 あははは……」
油断していると、つい自分がやってしまった事ばかり考えてしまう一輝は今だけでも今やれる事に集中する。
「いやー、何回見てもサッパリ分からんわ~。 学生さんの反応とか見てもヤラセっぽく感じないし、動画の編集だとしても、こんな海外のA級映画ばりのCG技術とか絶対無理っしょ!」
「そう……ですよね~」
腕を組み、うんうんと頭を頷きながら熱く語る浩二に言える筈がなかった──まさか目の前にその全てを行った張本人がいるという事を。
「でもなんでこの動画を撮った子は自殺なんてしたんだろうねぇ……いくら責任があるからって死ぬのはやり過ぎだし早すぎるっしょ……」
(──動画を撮ったから自殺……? それに責任って……)
浩二がついポロリと漏らした言葉にどういう意味があるのか一輝は理解出来ず、聞くならチャンスが出来た今しか無いと判断した。
「ほ、本当ですよね……でも僕あまり詳しくなくて、何か──知っている事とか……ありますか?」
非常にぎこちなく、そして不安そうに聞いてしまった事にまた不信感を抱かれないか心配する。
「知っている事か~……う~ん、俺もニュースとかネットで聞いたり見た程度の情報しか知らんなぁ」
浩二は腕を組みつつ自信なさげに首を傾げる。
「あー、えーっと……ニュースはどんな事言ってましたっけ~?」
今にも目が泳いでしまいそうなのを必死に堪えながら、浩二を真っ直ぐ見つめて声を出す。
「ニュースでは──ん~っと……両親には自分が撮影した動画をSNSに上げたせいで、学校の先生や生徒達全員に迷惑を掛けた~みたいな事を言ってたんだっけか、多分」
すると浩二は持っていたスマートフォンを使って何かをしている。
一輝は操作している様子を大人しく見ていると、ニ分も掛からない内にスマートフォンを手渡してきた。
「あったあった。 ここのネットニュースに色々と書いてあるから、俺が言うよりこれ読んだ方が確実性あるよ」
受け取った一輝が液晶画面を覗くと、そこには「神越高校の女子生徒が自殺。 自責の念が原因か」という記事の名前が太い文字で書かれていた。
タッチパネル同様、見よう見まねで慣れないタッチ操作に苦戦しながらも下に書かれてある記事の内容を読み続け、浩二の言っていた事を含めて自宅のマンションで飛び降りや遺書の作成等が把握できた──しかし一輝の表情は曇っている。
(僕がこんな騒動を起こさなきゃ……この人も亡くなる事はなかったのに……!)
結果的にとはいえ、女子生徒を死なせた原因を作ったのは自分のせいだと一輝は悔やみ、下唇を噛み締める。
「──まぁ、自分から振っといてなんだけど暗い話じゃせっかくの飯が美味しくなくなるし、冷めるから食べよ食べよ!」
一輝がスマートフォンをお礼をした後に返すと、浩二は半分に割っていたハンバーグを美味しそうに食べ始めた。
だが一輝は目の前にあるオムライスに手が進まない。
「え? もしかしてお腹いっぱい?」
浩二は一輝の手が止まった様子に気付き、声を掛ける。
「あ、いやそうではないんですが──い、いただきます……」
ここで手を完全に止めていたら、それはそれで意識し過ぎて変と思われるのもまずい。
持っているスプーンでオムライスを取って口に入れる──だが最初とは違い、味はあまりよく分からなかった。
◇ ◇ ◇
二人は主食を済ませ、残るはフライドポテトだけになっていた。
浩二はケチャップに付けて食べたりして楽しんでいるのに対し、一輝は女子生徒の自殺をまだ引きずっていて楽しめず、気が緩むと表情が重くなりそうになる。
「いやー、ほんとフライドポテトって美味いわ~。 芋を揚げただけなのにどうしてこんなに美味しく感じるのかマジで分からんけど。 これでビールでも飲めたら最高だったのに帰りはチャリだからなぁ……流石にダメ絶対! 飲酒運転!」
浩二は両手を斜め上に傾けながら重ね合わせ、罰点のポーズを取る。
「な、なんだかお酒飲んでないのにお酒飲んでる時みたいにテンション高いですね」
一輝もまた、まだまだ大量に余っているフライドポテトを少しずつ食べていた。
「こうやって美味いもん食ってる時が一番幸せっていうか生きてる実感? みたいなのあるからさ~。 やっぱテンション上がっちゃうよ」
「生きてる実感……ですか」
「そうそう。 死んだら実感なんて分からんし、美味いもん食べて好きな事して、悔いの無いように生きなきゃ!──まぁ、そうやって婚期を逃がしてさっさと結婚しとけばよかった~と後悔してるけどね! はっはっはっ!」
上機嫌な浩二は笑いながら冗談なのか本気なのか分からない事を言う。だがその顔は本当に幸せそうだ。
(悔いの無いように……か──さっきの生徒さんの事といい、既に後悔の連続で僕には全く似合わない言葉だけど、それでも僕は母さんを探すのだけは諦めたくない……! これだけは悔いの無いようにしたい!)
浩二の何気ない言葉が、一輝の気持ちを前向きな方へと切り替えた。
「あ、あの! 話は急に変わるんですけど、ちょっといいですか!?」
しかし気持ちが入り過ぎて、つい大声を出してしまう。
「うおっと!? 急にどうしたの!」
浩二もまた、今まで静かだった一輝の声に戸惑いを隠せない。
(まさかさっき結婚とか言ったから相談に乗ってくれってこと!? だとしたら困った……雑なアドバイスなんてしたら俺の彼女いない歴が年齢と一緒って事がバレてしまう)
余計な一言が無ければこういう勘違いはなかったかもしれない。
「実は相談があるんですが」
一輝の発言とこれまでにない真剣な表情に浩二は自分の予想が確信へと変わった。
「な、なんだい? 一輝君より倍以上は生きてて人生経験豊富な俺が何でもアドバイスしちゃおうかな!」
頭の中で恋愛や結婚に関する空っぽの引き出しを全力で引き出していたが、何も出てくる筈もなかった。
「僕、彼女と……お互い離れた所に住んでまして──今日ようやく会いに行けると思って家に向かったら──いなかったんです……それでどうしたらいいか悩んでまして」
ここで母親を探してるなんて包み隠さず言えば浩二にいらない負担や心配を掛けてしまいそうと思った一輝は、遠回しに言ってみる事にした。
「……え? ん? どゆこと?」
浩二としては意味の分からない言葉に思わず小さく呟く。
予想外というよりは何か謎解きと思わせるような言い方に混乱してしまう。
(彼女と離れた所にいる……つまり遠距離恋愛──まぁここまでは分かる。 ようやく会いに行けると思ったらいない──これがどういうことか……)
浩二は頭を悩ませる。
(彼女とすれ違い……? そしてスマホはホテルに置きっぱなしで連絡も取れず、あんな時間までこの町をさ迷い続け──そして俺と偶然出会った?──はは〜ん、なるほど〜。 それならなんで誰もいない所で座り込んでたのも納得するわ。 ていうか見かけによらず、ちゃんと彼女いるのかチクショウ!)
視線を何も残っていない皿に一点して見続ける浩二に一輝は不安を覚えた。
「あの~……」
一輝が声を掛けたら浩二はセンサーに反応したかのように視線と顔を一瞬で向けてくる。
「ゴメンゴメン! ちょっと探偵みたいに推理しちゃってたわ」
その後、浩二は水を飲んで一息つく。
「ま~、俺としても会いたい気持ちは分かるけどさ、今は自分の部屋に戻った方がいいと思うよ。 それで彼女さんと連絡取り合って、また明日にでも待ち合わせすれば完璧さ」
浩二はきっと場所も分からずスマートフォンも持ってない一輝は色々と不安になって自分にこういう相談をしてきたんだと思い込む。
「それが──連絡先とか全く分からなくて……」
連絡手段を一切持っていない一輝としては当たり前の事であった。
「えぇっ!? 連絡先が分からんってどういう──」
浩二は顎髭を手で触りつつ再び自称、推理モードへ突入する。
(彼女なのに知らんってそれマッチング的なアプリで騙されてる可能性もワンチャンありそう……いや、待てよ)
推理モードを解除した浩二は一輝に視線を向けた。
「一輝君、もしかして会いたい人とはもう数年に渡って出会っていない──違うかね?」
何故か台詞や声の出し方が探偵が犯人のトリックを見破る時みたいになっていた。
「あ、合ってます……」
一輝は驚いていたが、そのまま話を続ける。
「だから連絡先を知らないまま数年ぶりにここへ帰ってきた君は、きっと会えると信じてあの人気の無い場所へ向かった──どうだい?」
「はい……その通りです」
浩二は意味そのものは違えど、偶然にも一輝の行動を的確に当ててしまう。
「ふむ──じゃあ俺から言えるのは……え~っと──」
しかし肝心の大事な案が思いつかないまま時間だけが経っていくのに焦り始める。
(ヤベエ……全然思いつかない、どうしよう)
一輝から期待と不安が入り混じった視線を感じ、更にプレッシャーとなっていたその時──スマートフォンから電話音が鳴り響く。




