遭遇 その17
注文を終えた後、新田浩二が席を立ち、「水を持ってくるわ、一輝君は休んどいて」と言い残して席を立つのを見届けた東仙一輝は一人ポツンと座っていた。
空き地に転移してから考えて、悩んで、困って、思い出して、疲れて──そして出会って……ようやく一段落したのか、一輝はお風呂の湯船に浸かった時に出るような深いため息を吐き出す。
その勢いのままテーブルに顔を伏せそうになるが、周りにも人がいる上に自分の物ではないので何とか堪えた。
(こっちが僕にとって元の世界なのに、何か凄い違和感がある……向こうでずっと過ごしてあまり発達してない科学や技術に慣れてしまったから……っていうのもあるのかな)
天井に付いているライト一つ取っても向こうの世界で作るのは不可能だろう。
発展された化学は魔法と変わらないというが、正しくその通りだと一輝は認識する。
すぐ側にあるタッチパネルに至ってはあの五人が見ると、得体の知れない超魔術と勘違いして、この世界に一種の恐怖を覚えるかもしれない。
彼女らが自らの意思で来たのは分かっているが、ここへ来た以上ちゃんと自分が責任を持って慎重に知識やマナーといったものを教えなければならないと思った。
そう考えている内に浩二が透明のグラスに氷の入った水を両手に持って自分の椅子へ座るとグラスを一輝へ渡す。
転移してからまだ何も飲んでいない事に気付いた一輝はグラスに口を当て、水を飲み始めるとそのまま空になるまで喉が動きを止めてくれなかった。
気持ちのいい飲みっぷりをすると同時にせっかく持ってきてくれた水をあっという間に飲み干してしまい、申し訳ない気持ちになる。
「おぉ~、喉仏が動いているのがよく分かる程にグイグイ飲む姿──CMみたいでいいねぇ!」
「あはは……すぐ全部飲んですみません。 水、入れてきますね」
そう言って一輝は席を立つと浩二が水を取りに行った方向へ足を運ぶ。
色々なジュースが飲めるドリンクバーには夏用の学生服を着た女子が二人いて楽しそうに何か話している。
一輝は気にせずドリンクバーの左側に置いてある『おいしい水』と書かれた青いステッカーが貼られた蛇口から、透き通った水を入れて戻ろうとした時だった。
「そーいやさぁ、少し前にすっごい話題になってた神越高校って覚えてる?」
女子の一人がグラスにオレンジ色のジュースを注ぎながら話を振る。
「神越……あー! あったねーそんなトコ! 確か学校の運動場で……んーっと、コスプレみたいな服を着た人らがいきなり現れたアレでしょ? それがどしたの?」
もう一人の女子はドリンクバーが使えるのを待ちながら話を聞く。
「その後にさー、神越の三年の女子が自殺したってニュースしてたの覚えてるー?」
注ぎ終わったグラスを持ち上げた後、ドリンクバーのテーブルに背を向け、後ろに体重を寄りかかる。
(自殺とか物騒な話だなぁ……あまり立ち聞きするのも良くないし、早く行こう)
二人の会話が嫌でも聞こえていた一輝は盗み聞きしてると思われたくない為、水を入れ終わったグラスを持っていこうとする。
「ん? そんなのあったっけ」
聞き手の女子は空いたドリンクバーにグラスを置き、タッチパネルを押して緑の色をしたジュースを注ぎ始める。
「あったんだってば! それでその自殺した三年の母親がなんかもうすっごい発狂しちゃってるみたいでさぁ~。 昼とか夜とか関係なくもう泣き叫んだり物をぶっ壊して何回も近所から通報されてるみたいよ~」
一輝が立ち去ろうと背を向けた時に話し手の女子による早口で語った内容が耳に残り、ふと足を止めてしまう。
「えぇ~、なにそれこっわ! てかなんでそんな情報知ってるの?」
「親戚がちょうどその近所に住んでて~、情報というかもう愚痴?──それを電話でずっと聞いてたってワケ。 まぁこっちも裏話的なの知れて楽しかったからいいけどっ♪」
実はこういう裏情報があったんだと自慢する事が出来て、気分が良くなり声が大きくなる。
「アハハハハハッ! なにそれ親戚めっちゃ災難じゃ~ん! マジ笑える~!」
最初はそこまで乗り気で無かった聞き手の女子も、誰かの不幸話になった途端に態度が変わり始めて今では面白おかしく笑っている。
「他にもまだあるんだけど~」
「まだあるの!? じゃあもう座ってから話そ! さっきから立ちっぱなしで疲れてきたし~」
「そだね~」
それから女子二人は一輝と真逆の方向へ歩いていった。
一人その場に立ち尽くす一輝は、自分がいなくなった後に母親がどうしていたのかで頭が一杯になっていた。
もしも発狂していたらどうしよう。
もしも自暴自棄になっていたらどうしよう。
もしも……もしも──自殺していたらどうしよう。
持っているグラスが震え、中に入っている水が器から溢れそうな程に揺れる。
その水の揺れ具合は、まるで揺れ動く心を表しているようだ。
(駄目だ、また良くない方向に考えてしまう……! 落ち着こう、まだ決まったわけじゃない。 決めつけはよくない。 これから何とかなる。 自信を持て。 大丈夫、きっと大丈夫)
自分に対してそう必死に言い聞かせ、最後に深く深く息を吸い、そしてゆっくりと息を吐く。
よし、と気持ちを切り替えた手に持っているグラスから、水は揺れていなかった。
一輝が席へ戻ると浩二は暇だったのかスマートフォンを手に持っている。
「おっ、やっときた~。 全然帰ってこないからどうしたんかと思ったよ」
「えっ、えーっと……喉が凄く渇いてたんで向こうで水を三杯ぐらい飲んでました!」
「そんなに喉渇いてたの!?──あ、さっき渡した揚げ物食べてから何も飲んでなかったもんな~。 言ってくれれば道中でジュースでも買ってあげたのに」
我ながら意味不明な理由を言ってしまったと一輝は思ったが案外あっさり信じてくれた。
「ここで食べさせてもらうだけでも十分なのにそれ以上は頂けませんよ」
「は~、その若さで言えるセリフそれ? 俺だったら『あざーっす!』とか言って貰っちゃうけどな~」
その後、一輝が軽く笑いながら席へ座ってから間もなく店員が注文していた料理を持ってきて、テーブルに置く。
「ごゆっくりどうぞ~」
と言うと同時にその場から立ち去っていく。
一輝が頼んだのはトロトロとしたオムレツと濃厚なビーフシチューのソースが特徴のオムライスだ。
「それだけでいいの? 遠慮せずまた頼んでも問題ないよ?」
そう言う浩二の目の前に置かれているのはデミグラスソースのかかったハンバーグ、ソーセージ、ポテト、ガーリックソースがたっぷり乗せてある鶏肉のグリルが熱々の鉄板に乗せてあるミックスグリルと別に頼んだ白い皿に乗せたライスだった。
しかも白の器に山盛りに入っているフライドポテトを二つ注文していた。きつね色になるまで揚げた衣は食欲をそそられて一度食べだすと手が止まらないだろう。
わざわざ二つ頼んだのは一つだと一輝が遠慮するかもしれないという浩二の気遣いだったのかもしれない。
「これだけ頂いて更に頼むだなんてそんな……」
「う~ん、まぁ無理強いするのもよくないしなぁ──とりあえず食べよ食べよっ」
二人は手を合わせると食事を始める。
浩二はよほどお腹が空いていたのか勢いよく食べるのに対し、一輝は味わってゆっくりと食べている。
母の事はまだ全く気にしていないといえば嘘になるが、せっかく浩二がこうして食事を提供してくれるのだから今はありがたく頂くのが礼儀というものだろう。
二人が食べている最中、一輝は母の事とは別に気になる事があった。質問するなら今しかないと思い、浩二に聞いてみる。
「あの、一つ聞きたい事があるんですけど」
浩二は切ったハンバーグを食べようとした手を止め、一輝の声に耳を傾ける。
「ん? どした? おっちゃんに答えれる事なら答えるけど」
「新田さんは神越高校という所で少し前に何があったのかご存じなのでしょうか」
ドリンクバーで女子二人が一番最初に話していた事だった。
あの情報だけではどうして女子生徒の自殺にまで繋がったのか一輝にはよく分からない。
一輝が質問した後、何故か浩二は呆然とした表情をしていた──が、意識を取り戻した後に細い目が完全に見開いた状態で口も開く。
「一輝さん、それホンマですか!?」
浩二の迫力ある言い方に、何かまずい事でも聞いてしまったのかと内心少し焦ってしまう。
「ぼ、僕なにか変な事を言いました……?」
「変……といえば変か……流石に日本中が大騒ぎになったあのニュースを知らないっていう人がいるなんて考えられんし──テレビ持ってなくてまさか携帯も電話しか出来ない奴とかじゃないよね?」
浩二の顔が前と比べて明らかに一輝を疑っているように見える。
まさかそこまで大事になっているニュースとは予想出来なかった一輝だが、ここまで来たらもう後戻りはできない。
「あ、あーっ! 思い出しましたっ! あの運動場で起こった事ですよね! 急にメイド服やチャイナドレスとか鎧姿の人達が上から降ってきて現れたっていう!」
とりあえず一輝は自分達がここに来た直後にやってしまった事を浩二に伝えてみる。
「そうそうっ! なんだ知ってるじゃん! いやー顔は隠されて見えなかったのが残念だったけどねぇ。 上に出来た黒い穴とかすごいCGでほんと映画かと思ったし」
一輝が言っていた事は運良く当たっていたらしい。
(黒い穴……ってこの世界に行くのに開けた穴と同じようなものかな)
浩二の言っている『黒い穴』についても気になったが今はそれどころではない。
「よ、よく出来てましたよね~。 体操服を着た人がシャボン玉に包まれたりする場面とか突然現れた人達が突然消えた所とかクオリティ高すぎますよ~」
言い終わった後にこれはちょっと無理があると思っていた──しかし。
「あれな~。 もう最初見た時ほんとビックリして開いた口がホントに塞がらんかったわ」
浩二は共感できて嬉しいのか満足げに頭を頷いている。
(え? 当たってる? でもなんで?)
一輝はここまでピンポイントで当たる意味が分からなかった。
どうして当たるのか悩んでいる内に浩二がまたスマートフォンを取りだすと液晶画面を触っている。
「あったあった、これよこれ。 やっぱいつ見てもすごいわ」
浩二はそう言いながら一輝にスマートフォンの液晶画面を近くで見えるように手を伸ばす。
何の事かよく分からない一輝は流れるままに目の前にあるスマートフォンを覗くと、そこに見えたのは全世界で有名な動画サイトだった。
映っているのは学校の中から運動場を撮影している光景で、遠くからなのでハッキリとは見えていない──しかし一輝はすぐに気付く。
(こ、これって……!)
黒のコートを羽織る者。
鎧を装着せし者。
メイド服を着用した者。
チャイナドレスを着こなす者。
ワンピースを着ている者。
ゴシックロリータを身に纏う者。
(僕達じゃないか……!)
顔は隠されているものの、一輝自身が普段から着ている服に周りは信頼してる人達の服装──そこに映っているのは間違いなく自分達だった。




