遭遇 その16
「新田浩二さん……ですね、こちらこそ宜しくお願いします」
東仙一輝はその場から立ち上がると、深々と頭を下げた。
「よろしくー。 あーでもこんな所で頭下げるのはちょっと止めてな? 他の人に見られたら俺が恐喝か何かしてると勘違いされそうだから」
浩二はそう言いながら頭を下げていた一輝の両肩を掴み、元の姿勢に戻す。
「でも周りには人どころか、い……家も……無いですよ」
自分の家が無い──その事実を認めるも、胸が締め付けられる程に苦しく悲しい感情を押し殺して何事もないように話を進める。
「何年か前まではここら辺も普通に家があったんだけどねえ。 何か工事してるなぁ……と思ってたら家を取り壊してんなぁ──の繰り返しで、気付いたらもう今みたいな感じよ」
一輝は浩二の言葉から、この辺りについて前々から状況を把握している事に気付く。
「どうして周りの家が無くなったのか知っているんですか!?」
分かった途端、何か知っているなら聞きたい欲求が抑えきれず一輝は少し興奮気味になり、今度は逆に浩二の両肩を力強く掴む。
「ちょちょちょ痛い痛いっ!──ストップストップッ! 動けないからっ! フリとかボケとかじゃないからっ!」
ようやく何か情報が得られると思ったら居ても経ってもいられない気持ちなってしまい、無我夢中で浩二に迫ってしまう。
「──あっ、す……すみません! その……新田さんが何か知ってるかと思ったら──つい……」
ようやく落ち着きを取り戻した一輝は急いで両肩から手を離す。
「おービックリした~……いやまぁ? ほんとは全然痛くなんてなかったけど? うん、いやマジで。 さっきのアレはノリの一種だから、ノーダメだから」
浩二は肩の埃を払う動作を笑顔の表情を崩さず行って、痛くも痒くもないアピールをする。
「ほ、本当ですか……よかった──あ、でも次からはこんな事ないように気を付けますので……」
「はっはっはっ! 若気の至りってやつさ、いやー若いっていいねぇ」
浩二は一輝の肩をポンポンと叩いて大人の余裕を見せつけた後に少しだけ背を向ける。
(めっちゃ痛かった~、肩の骨が砕けるかと思った~、見かけによらず凄いパワー持ってるわ~、若いって怖いわ~……)
人生の先輩として後輩の前で不細工な格好を見せまいと痛みを堪え、顔では笑い、心で泣いていた。
「──それでさっきの家が無くなった件についてなんだけど、実は俺もよく分からんのよ。 ここは仕事の帰り道で通ってるだけで」
再び浩二は振り返り、何事も無かったかのように話を始める──しかし、聞かされた内容は一輝にとって期待出来るものではなかった。
浩二からしてみればこの道はただの通り道に過ぎず、この近辺に住んでる人と特に誰かと関わりを持っていない為、知らないのは仕方ないだろう。
「ていうかなんで知りたいの? 空き家マニアか何か?」
「空き家マニアではないんですが……えっと、その──」
一輝にとっては正直返答しづらい質問だった。
どう答えても何かしら指摘されてしまいそうで、一番納得してもらえる答えを探すが何も思いつかない。
「──よし! 今の質問ナシ! 男なら誰しも言いづらい事の一つや二つはあるもんだ! うんうんっ!」
少しの沈黙の後、浩二は顔の前で両手を交差するように振り回す動きをして無かった事にする。
その後に突然、浩二のお腹が空腹を主張するかのように大きく鳴り出す。
「そういえば昼に食ってから何も食べてなかった……ここでずーっと話すのもなんだし、おっちゃん腹減って堪らんし、とりあえずファミレスでも行かない? 時間ある?」
「えっ?」
突然の誘いに一輝は少し戸惑うも、母親以外の事でも何かしら色々と知ることが出来るかもしれないと思った──ただ、お金を持っていない。
「行きたい気持ちはあるんですが……僕、お金持ってなくて」
「お金持ってない──って、そうか。 今の若い子はスマートフォンやカードでの決済が普通だもんね。 大丈夫大丈夫、今から行く所は出来るから」
一輝は『スマートフォンやカードでの決済』という言葉の意味がよく分からず、頭の中が『?』で埋め尽くされそうになる。
「……? あの、そういう意味じゃ──」
「なーんて冗談冗談! こっちから誘っといて将来ある若い子に払わせるわけないって! そーれーにー……実は今日の仕事の帰りにスロットで一万円勝っちゃったから、遠慮しないでOK!」
浩二は頭の上で腕全体を使って丸の形を作って満足した後、迷彩柄のパンツのポケットから折り畳み式の黒財布を取り出すと、開いて一輝に一万円を見せた。
見てる側が気持ちよくなりそうな程に満開の笑顔を見せるにあたって、見栄では無さそうにも思える。
(うわ、一万円札なんて見るの何年ぶりだろ……向こうでは金貨だったから紙の方に違和感を覚えちゃうなぁ)
一輝は一万円札を物珍しそうに眺めている。
そして浩二もまた、不思議そうに一輝の方を見つめる。
(一万円札にこんな興味津々だなんて、きっと家では苦しい生活を送ってるんだろうなぁ……)
一輝が二階建ての屋敷みたいに立派な家で全く苦しくない生活を送ってるのを知らない浩二は全く違う妄想をしていた。
──それから一輝は浩二とファミレスへ向かうのに人が多くいそうな家が並んでいる方へと歩き出す。
歩いている途中でスマートフォンに関する話題となるが、一輝は「家に忘れてしまいました」と言って何とか持ってない事はバレずに済んだ。
こちらに来てから未だに時間の把握が出来ていなかった一輝は、絶好の機会と思って浩二に「すみません、今って何時ですか?」と聞いてみる。
すると浩二は一輝の世話が出来て嬉しいのか笑顔でスマートフォンを手に持ち、液晶画面をタッチしてから画面を見せてくれた。
一輝が眩しいぐらいに照らされた液晶画面を覗くと今年が西暦何年かは把握出来なかったが、今日が六月の中旬で、今はニ十時三十分なのを確認出来ただけでも満足だった。
時間は流石に無理だが、日付だけでも覚えてこれから毎日ちゃんと数えていこうと一輝は決める。
それから前へ進むに連れて建てられた家の数だけではなく、すれ違う人や車の数も増え、更に周りにはスーパーやレストランといったお店も見えはじめた。
昔から知っている筈の町なのに、一輝はまるで地方から大都会に初めて来た人みたく首を横に振ったり、見る物全てが珍しいような反応をしてしまう。
これは一輝がいなくなっていた間に色々と変わってしまったのか、それともただの覚え間違いなのか、自分の中の記憶にある町の光景と違って見えてしまっているからかもしれない。
歩き始めてから二十分ぐらい経った頃、二車線の道路の道沿いに背景が白で、中には大きく赤い丸が目印の看板があった。
赤い丸の中には黄色の小さな文字で店の種類、白の大きな文字で店の名前が書かれている。
外観は全体的に長方形の見た目をしていて、派手な装飾は特に無いシンプルな建物だ。
屋根付近は赤のペンキで塗ったように赤一色に染まっていて、道沿いの面には看板と同じように店名が大きく書いており、通り過ぎようとした人は嫌でも目に付くだろう。
側面の壁は白一色だが大きな窓ガラスがいくつも設置していて、面積的には圧倒的に窓ガラスの方が占拠しており、外からは中に入っている客や店員が丸見えである。
「やっぱ安くて沢山食べれるといったらここっしょ!」
浩二はそう言いながら自転車を駐輪場へ置くと早速入ろうとするが、一輝は道端からずっと店を眺めていた。
(ファミレス……かぁ。 まさかまた見れる日が来るなんて思いもしなかった。 いずれ皆と行ってみたいな──それに……母さんとも……)
出来ればもう少し眺めながら色々と考えたりしたかったが、いつまでも待たせるわけにはいかないので浩二の元へ駆け寄る。
(ファミレスに入れるってだけで立ち尽くすぐらい感動してるなんて……よっぽど嬉しいんやな
……今日ぐらい腹一杯にして家に帰るんやで)
浩二の考えている事も間違えてはいないのだが、何処か微妙にズレていた。
一輝が中へ入ると今度は店内を見回す。
床は黄土色のフローリングで壁一面は白で構成されており、天井に設置してある無数の丸い形をしたライトが均等に美しく並んでいて、夜なのに昼間と変わらない明るさとなっている。
座る場所によって椅子の種類が違っていて、一人で座るシンプルな椅子からソファーまで様々だ。
テーブルの素材は床と同じくフローリング材を使っているのだが、一人用から家族用まで座席によって大きさは違っていた。
客の出入りのピークはもう過ぎたのか見える範囲では人の姿も無く、あまり騒いでいる声も聞こえない。
「いらっしゃいませ~、お好きな席へどうぞ~」
一輝と浩二の元へ上下共に黒の制服を着用した黒髪の女性店員が現れ、笑顔を維持したままマニュアルらしき接客の台詞を言った後に去っていく。
(あれ? 昔は店員さんが席へ案内してたけど……今は違うのかな)
以前と今の店員の接客の違いに少しだけ違和感を感じている一輝とは逆に、浩二は何の迷いもなく向かい合わせになって座る二人用のテーブルまで移動する。
そして席へ座った途端、浩二は壁際に置かれてある黒いタッチパネルを使って何を食べるか選び始めた。
(ん? メニューってパンフレットみたいなのから選ぶんじゃ──しばらく見ない内にここまで変わるの……?)
一輝は浩二がタッチパネルを使っている姿を真剣に見つめている。
(次はいつ食べれるか分からないからって何にするかすんごい必死になってるのがビンッビンッ伝わってくる……! 今の彼はハンターや……間違いないっ)
一輝がタッチパネルの操作を覚えようと必死に違いはない──ただ、そのせいで何を食べるかまでは頭に入っていなかった。
浩二がサクサクと注文した後に一輝が見よう見まねで慣れない操作に苦戦しながらも何とか注文に成功する。
(な、なんか知らない内に色々変わってるなぁ……これから付いていけるのか不安になってきた)
今なら竜宮城から地上に帰ってきた後の浦島太郎の気持ちが痛い程に分かる一輝であった。




