日常 その二
まだ五月だというのにどうしてここまで気温が高いのか太陽に問いただしたいと思った津太郎は、一人静かに高校へ向かっていた。 既に夏に近い気温にも関わらず衣替えの時期ではないという理由だけで未だ黒の学ランを着ている。
実は津太郎は小学校の頃から通学路の途中にある同級生の家へ行くのが平日の日課となっており、今日もまた普段と同じ様に特徴の無い通学路を歩いていたのだが、何か違和感がある事に気付く。
(あれ? ここに昔から貼られてた紙が無くなってる──まぁ大分前からボロボロになってて、ただの紙切れ当然になってたし剥がされるか……)
数年前、津太郎の住んでいる地域より大分離れた所で一人の小学生が行方不明になる事件が発生した。
しばらくの間は小学生に関するニュースが取り上げられ、色々な所で警察やボランティアの大人達が捜索活動をするも、着ている衣服一つ発見する事も出来なかった。
その小学生に関する貼り紙を広範囲に渡って配る。 テレビを通じて捜索隊が何か少しでも情報があれば連絡して欲しいと呼びかける──等、色々な方法を試すもいつまで経っても見つからず捜索は打ち切られてしまう。
あれだけ毎日のように報道していたニュースでも徐々に回数や時間が減っていき、最終的にはどのテレビ局でも無かった事にされてるかのように触れなくなる。
壁や電信柱にある貼り紙は誰もがどうすればいいか分からず放置され続け、紙の劣化や文字の擦れ等々が原因でとても読めた物ではなくなっていた。
そして今日、津太郎の通学路にある電信柱の貼り紙もまた何者かによって撤去されたのか、破けて何処かへ飛んで行ったのかは分からないが、少なくともここから完全に無くなったという事実だけは変わらない。
(あの事件……そういやどうなったんだっけ──駄目だ、全然思い出せねぇ)
何年も前で曖昧な事を気にしても仕方ないと思い、気持ちを切り替えて同級生の家へと向かうとする。
──それから五分後、住宅街の中にある普通の車であればニ台ならギリギリ通れる程の道路の右側を歩いていたら同級生の家が見えてくる。
見慣れてる筈なのに改めてじっくり眺めると、凄い光景だなと実感してしまう。
「知らない人が見たらどう思うんだろうな……」
その同級生の家は二階建ての一軒家という点では津太郎と変わりないのだが──。
窓ガラスは全て樹脂を含んだ特製の防弾ガラスを使っており、ハンマーを使っても割るのは困難。
庭には家を囲むようにこれでもかと言わんばかりの砂利石が散らばられていて、仮に侵入すればすぐにバレるだろう。
家の周りにはニ(に)メートル以上の銀色で網目状のフェンスが隙間無く設置。
玄関の上には録画機能や防水加工、人感センサーを搭載したセンサーライトがニ十四時間、常に通る人を監視し続けている。
ホームセキュリティと契約して家の中には探知機が備えられ、勝手口には監視カメラを設置。何か異常があればすぐに警備員が家に向かう。
玄関の鍵はカードキー型のスマートキーの為、ピッキングをして入る事も出来ない。
このように普通の一軒家にしては異常ともいえる厳重なセキュリティとなっており、まず誰も侵入しようなんて考えないだろう──ただ、目立ち過ぎて近所の人達には『城』と呼ばれているとかいないとか。
家の観察が終わった津太郎は玄関から十メートルほど離れた所にある門扉の高性能そうな見た目のインターホンを鳴らす。
無論、ここも家からはインターホンに付いてあるカメラで訪問側の姿が丸見えである。
「すみません! 教見津太郎ですけど!」
少しの静寂があった後、落ち着きのある大人っぽい女性の音声がインターホンから流れてくる。
「あらあら〜! 津ちゃんいらっしゃい♪ ちょっと待っててね………栄子ーー! 津ちゃんが来たわよーー!」
自分の部屋にいる娘を呼ぶ為の大きな声がインターホンからだけではなく、家の中から直に津太郎の耳へと聞こえたような気がした。
「まだ学校まで時間ありますし、そんな焦らさなくても大丈夫ですよ」
家の中にいる同級生に、何だか自分のせいで慌てさせてしまった事が申し訳なくなる。
「さっきまた二階に上がっていったから言っちゃうんだけどね〜? 栄子ったらもう『まだかなー、まだかなー』って一階をウロチョロしながら津ちゃんの事を待ってたのよねぇ。 今は部屋で髪を梳かしてるんじゃないかしら~?」
「お、お母さんっ! なんでそんな事まで言っちゃうのっ!」
可愛らしさの中に柔らかさが包まれているような声は間違いなく聞き慣れた同級生の声だった。 母親に呼ばれてすぐ降りてきたのか真っ先に反応している。
「あらやだ聞かれちゃったかしら! でもそこまで照れなくてもいいじゃな~い♪──あっ! 今すぐ津ちゃんの所に向かわせるからね~!」
そこでインターホンから聞こえていた会話が途切れる。
(何を照れてるんだろうか……?)
ふと出てきた疑問に対して考える暇も無く家の入り口にあるアルミ製の黒いドアがゆっくりと開く──するとそこから長い黒髪の女の子が顔だけ出して何も言わず津太郎をじーっと見ているのだが、その表情は不安と恥ずかしさが入り混じっている。
「こら~、長年の付き合いなのに今更これぐらいで恥ずかしがってどうするのよ〜! 遅刻しちゃうから早く行きなさーい!」
女の子が玄関先から動かないのを後ろから見ていたのだろうか──後一歩を踏み出させる為に後押しをしようとする母親の大きな声が、玄関先から聞こえてくる。
(あの二人は相変わらず仲が良いな)
津太郎がそう思っていると入り口で立ち止まっていた女の子がドアを開けて小刻みに走りながらアルミ製の門扉の前まで向かってきた。
同じ体勢で乱れた長い黒髪を手で急いで整えた女の子は、後ろに手を組み照れた様子で挨拶をする。
「お、おはよう教見……君……」
そこに立っていたのは小学校からの付き合いである清水栄子だった。