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もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

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遭遇 その10

「いや~ビックリしましたよぉ! まさかいきなり人が出てくるなんて思いもしませんでしたから~」


 特別校舎の入り口付近の廊下にいる加賀愁かが しゅうは見ていて気持ちの良いぐらいの笑顔をしながら言い、手に持っている小さい白のパレットとチューブタイプの十二色の水彩絵の具がセットになっている道具を両腕で抱えるように持ち替える。


「本気でごめん……!」


 教見津太郎きょうみ しんたろうは愁の前で手を合わせて謝罪をした後、つい自分のやらかした事に思わず歯を噛み締めてしまう。


「もう~、教見先輩は気にし過ぎですってば~。お互い怪我もしてないんですから良かったじゃないですかぁ」


 こう話してる間も笑顔で見上げてくる愁に津太郎もつい気が緩んでしまいそうになる。


「いや、でも万が一ぶつかってたら怪我してたのは加賀の方だったし……やっぱ気にするよ」


「うーん、そうですかぁ……気にするんであーれーば……んーっと──そうだっ! 今から教見先輩はどこに行くんですか〜? 部活とか用も無いのにわざわざここまで普通は来ませんよね〜?」


 両腕で抱え込んだ絵の具セットごと上半身をメトロノームのように軽く左右へ動かしながら質問をしてくる愁に、津太郎はどういう意図があるか分からないがとりあえず答える事にする。


「俺は図書室で本を借りに行こうかなと思って向かってたんだ。 そしたらここで加賀と、ばったりって感じで」


「あーなるほどそうだったんですね~! じゃあさっきのお詫びとして付いていっていいですか!?」


 動きを止めた愁は津太郎の答えに呼吸を置かず一息で返す。しかも隙を与えないよう早口で。


「えっ、そんなのでいいのか? 何か他の事でも──」


「はい! そんなのでいいんです! じゃあ行きましょう!」


 愁が津太郎の言葉に被せるようにして勢いよく言うと、そのまま二人は歩き出す──しかし既に場所は図書室のある特別校舎なので、目的地に着くにはゆっくり歩いても三十秒すら掛からなかった。


「もう着いたけど……」


「じゃあ中に入りましょう!」


 すると愁は津太郎に密着する手前の距離まで近付く。


(あ、ここで終わりというわけじゃないのか……って近い近い!)


 だが今の津太郎に愁へ向かって何かを言う権利はない。とにかく流れに身を任せるしか出来なかった。


 図書室へ入るも、放課後は利用する生徒があまりいないのか昼休みよりも遥かに人が少なく静まり返っている。


「何だか放課後の図書室に行くって新鮮ですね〜。 これはこれでワクワクします……!」


 愁の会話のノリはいつもと一緒だが、流石に図書室の中ではいつもみたいに大声は出さず、津太郎に聞こえる程度の音量で話してくる。

 

 てっきり図書室の中でも今までと同じ感覚で話すかと思っていた分、そういう配慮もちゃんと出来る事に津太郎は少しホッとした。


「こうやってお互いが側にいれば小声で話せて迷惑になりませんし、周りからはカップルに見られて一石二鳥ですね……!」


 カップルに見られるのは困るが、離れたら大声で話す可能性があるので図書室にいる間はこの距離を保っておく。


「周りに気を遣ってくれるのは助かるし今は人が少ないからいいけど、ここを出たら少し距離を取ってくれ……」


 放課後に廊下で手の肌と肌が密着するほどの距離でいる所をすれ違う生徒達に見られたら、本当にカップルだと勘違いされるかもしれない為、それだけは避けたかった。


「えぇ~、もったいなーい」


 何が勿体無いのか津太郎は分からなかったが、教室で栄子と小織をこれ以上待たせない為にも話すのを止めてライトノベルの置いてある本棚まで移動する。

 そして棚の隅を見ると『あなたは異世界を信じますか?』というタイトルが書かれた本が全く同じ位置にあるのが確認でき、他の誰にも借りられていない事に安心した。


「よかった、まだあった」


 津太郎は早速お目当ての本を手に取ると、最後に何回か本のページをめくって表紙と中身が違っていないか自分の目で確かめ、間違いなく合っている事が分かると本を閉じる。


「へぇ~……このラノベが教見先輩の求めていたものなんですね~。 なんか意外です」


 背が低い愁は背伸びをしても津太郎が開いている本の中身が見れず、諦めて仕方なく横から表紙のイラストを見ながら呟く。


「意外って──俺がこういうの読むのがって事?」


 津太郎は読みたそうにしていた愁に持っている本を渡そうとすると、先に絵の具セットを近くのテーブルに置く。

 それから本を手に持ち、最初の方のページに描かれているカラーの口絵くちえをじっと眺めつつ口を開いた。


「だって教見先輩の見た目からしてラノベ読むイメージなんて無かったですし、正直びっくりしてますよ」


 茶色に染めた髪に三白眼ともいえるようなツリ目でそこそこ筋肉質の体付きの見た目はどっちかというと不良の印象が強そうではある。


「そ、そうか……」


 自分が周りから一体どういう風に見られてるのか気になる──が、今は用事を済ませる事が最優先である為、気を取り直して愁から本を返してもらった津太郎はカウンターへ向かい、貸し借りの手続きを図書委員とおこなう。


 この間も愁は必要ないのに必要以上に津太郎のすぐ側にいる為、男子の図書委員からどう思われているのか不安でしかなかった。


 難なく手続きも終わり、二人が図書室から出て少し離れると、気苦労が続いた津太郎はとりあえず一息つく。


「ふぅ……静か過ぎると話すだけでも気を遣うというかなんというか──図書室みたいな場所って何か言葉では表せない独特な雰囲気がありますよね~」


 愁もあまり慣れてない所に来たからか珍しく少し疲れた様子を見せる。疲れ知らずの印象があった津太郎には少し意外だった。


「まぁその気持ちは分かる。 入った瞬間どこか別の空間に来たみたいなあの感覚って不思議だよな」


「そうっ! それですよそれっ! やっぱりみんな似たような感じになるんですね~♪」


 津太郎の言葉に共感したのか愁は喜びを表すように目を輝かせて見つめている。


「う~ん、まぁ見慣れた教室と全く違う風景だしな。 それに置いてある物も普段の生活で見ない物ばかりっていうの大きいかもしれない」


「なるほど~、一理あるかもしれません!」


 二人でいる内に自然と苦手意識が減り、最初に比べると会話が弾むようになっているのだが津太郎は気付いていない。この警戒心を解かすのも愁の一種の強みなのだろうか。


 ただ、話が弾んでしまったせいで思っていたよりも時間を取ってしまう。

 栄子と小織をこれ以上待たせられない津太郎はついソワソワし始めたり何度も校舎のある方へと顔を向ける。


 とはいえ自分から切り出しづらい為、どうしようか悩んでいた。


「教室へ戻りたいんですか?」


 津太郎は動きに落ち着きがない事に自覚が無いのか、まるで心を読まれたかのような発言に驚く。


「あ、あぁ……今からそうしようかと──」


「じゃあ早速行きましょう!」


「──え?」


 愁はそう言うと先導するかのように前へ出てくる。津太郎にとっては予想外過ぎる発言に薄い反応しか出来なかった。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ……! お詫びはもう終わりじゃないのか?」


「やだなぁ~、付いていくとは言いましたが、『図書室まで』なんて言ってませんよ~?」


 言われてみて図書室へ行く前のやり取りを思い出すと、確かに言ってないのは本当だった。

 それにここで色々と言っても時間を浪費するだけだと分かっていた津太郎は大人しく愁の言う通りにする。


「……これは加賀にしてやられたな」


「えっへへ~♪ してやりましたよ~♪」


──それから二人で二年生の校舎まで歩いている途中、津太郎が愁に質問をし始める。


「そういえば加賀の方こそどうしてあの校舎にいたんだ?」


 すると愁は立ち止まって持っている絵の具セットを両手で掴み、持ち上げて津太郎に見せる。


「自分のクラス、最後の授業が美術だったんですよ。 それで納得するような作品を完成させるのについ時間が掛かりすぎちゃって……美術部の活動が始まるギリギリまで粘っちゃいました」


 それが良いか良くないかは別にして、何事も徹底的にやらないと気が済まないのが愁なのだろうと津太郎は感じた。

 

「仕上がった作品は準備室に置いといていいから、と先生から言われてたので言う通りにした後、ちゃんと美術部の人達に謝ってから教室を出たんですよね──そしたらなんと! 教見先輩と運命の再会を果たしたんじゃありませんか!」


 愁は上げたままの状態に疲れたのか絵の具セットを再び抱えるように持ち直す。


「出会い方は数ある中で最下位のような気もするが……」


 津太郎の発言の後、一瞬の間が空く──すると愁が何かある事に気付いたのか目を見開く。


「──はっ! 今のは再会と最下位を掛けたギャグですよね!……お上手です」


「いや別に狙った訳じゃ……まぁ、いっか」


 さっきの発言は運命とは真逆の偶然の産物だったのだが、これ以上突っ込むと話が変な方向へ行きそうな気がした津太郎は踏み留まる。


「そういえば加賀は動画配信者なんだって?」


 再び歩き始めると同時にまた津太郎が質問をする。

 黙っていたら色々と聞かれるのは間違い無いだろう──それなら先に話しかけて質問責めされるのを防ぐというのが津太郎の考えだ。


「もしかして月下先輩から教えてもらったんですか!?」


 月下から教えてもらったんだけどさ──と言おうとした所に合わせられた津太郎は思わず言葉を詰まらせる。


「ま、まぁな……やっぱり有名になるって大変なのか?」


「大変ってもんじゃないですよぉ! 昔と違って今や配信者なんて星の数ほどいますから常に何かしてないと視聴者なんてすぐいなくなりますし! それに動画のネタだって毎日毎日考えないといけないの辛すぎますっ!」


 愁も配信者として上手くいかない事に不満やストレスが溜まっていたのか津太郎へここぞとばかりに愚痴をこぼす。


「じゃあ、あの赤い光が照らされた日に加賀が撮った写真も動画や生配信のネタとして使おうと?」


 津太郎は小織に見せてもらったSNSに載せてある例の写真について聞いてみる。


「はい!──でもこの目で実際に見た時はスッゴい衝撃的な光景だったのに、空が元通りになった後に確認したらスマホ越しだとなーんも代わり映えしてなくて……絶対盛り上がると思っただけに残念でしたぁ……」


 有名になれる絶好の機会を逃したのが本当に残念だったらしく、声のトーンが露骨に低くなる。

 自分の身の安全よりも知名度を求める愁には恐怖心が無いのかと思ってしまう。


「加賀は怖くないのか? あの時も急に何かが降ってきて大怪我──なんて可能性も十分あり得たのに」


「怖かったですよ──でも自分がもっと怖いのはその時点でベストを尽くさなかった、全力を尽くさなかったのを後で後悔する事なんで……勇気を振り絞ったんです」


 愁の笑みは消えており、真剣な表情から発するその言葉には今までにない重みを感じる。

 SNSでは気軽に呟いてたあのツイートも、実際は手を震わせながら書いてたかもしれない。


「加賀だってどこにでもいる普通の女の子だもんな。 怖くないわけないか……ごめんな、余計な事聞いて」


「そうですよぉ! 自分はどこにでもいるか弱い乙女なんですから教見先輩が守ってくださーい!」


 さっきまでの真剣な表情はどこへいったのか、あっさりいつもの愁に戻っていた。


「前言撤回しよう。 加賀は度胸あるから大丈夫だ」


──結局、愁に振り回されながら二年生の校舎の入り口まで辿り着くが予想以上に時間が掛かってしまった。


「それじゃあここでお別れですね♪ いやー思ったより充実した時間を過ごせて大満足でしたよ~♪」


 愁は入り口の手前で立ち止まり、津太郎に向かって今日一番ともいえる笑顔を見せながら言う。

 ただ、教室まで付いてくると覚悟していた津太郎はここで別れを告げられたのは少し意外だった。


「あれ~? 教室まで付いてくると思いました~? ホントはそうしても良かったんですけど教室で友達待たせてるんで流石にもう行かないといけないんですよ~」


 それを聞いた津太郎は安心する。 教室にまで入られたら帰る時間が更に遅くなりそうだったからだ。


「あぁ、分かった。 それじゃあ気を付けてな」


「はーい!──あ、それと自分の動画の高評価とチャンネル登録、よろしくお願いしますね、教見先輩♪」


 愁は絵の具セットを脇に抱え、津太郎に別れの挨拶として手を思いっきり振るとそのまま一年生の校舎へ走っていく。

 別れ際にちゃんと配信者アピールをしてから立ち去る愁に、津太郎は最後の最後まで抜け目がないと思いつつ見えなくなるまで見送った。


 解放され、一気にきた疲れと同時に一人でいる事の心地よさを実感しながら階段を上がり、教室へ戻るとそこには椅子に座って宿題をしている清水栄子しみず えいこ月下小織つきした こおりの姿がある。


 教室へ入ると遅くなった事に栄子からは心配され、小織からは怒られたのは言うまでもない。

 しかし津太郎は、両極端の反応をしている二人を見て居心地の良さや安堵のようなものを感じた。

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