表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もしも異世界に憧れる人達が増えたら  作者: テリオス
三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/260

遭遇 その9

 その日の昼休み、昼食を素早く済ませた教見津太郎(きょうみ しんたろう)月下小織(つきした こおり)は、清水栄子(しみず えいこ)と約束通りテスト勉強の為に図書室へ来ていた。


 図書室は様々な特別教室のある三階建ての校舎の二階にあり、津太郎達の校舎からは歩いてもそこまで時間は掛からない。


 広さは数万冊にも及ぶ大量の本を置くための本棚をいくつも設置する為に、幅も奥行きも長い構図になっている。


 他にも正方形の木造テーブルが横二列、縦に四つで均等になるような場所に設置され、座る所と背もたれには黒のクッションが付いている木造の椅子が一つのテーブルにつき四つずつ置いているが、今のところ生徒は片手で数える程しかいない。


 中央の壁際には本を貸し借りする時に使うカウンター。 その上には本を検索するのに必要なパソコンが置かれている。


 床は生徒に読書の集中をさせる為に防音性を重視したカーペット状であり、色は木造の棚に合わせた薄茶色(うすちゃいろ)

 壁の色は全面が白一色で、清潔さと明るさを強調させて気軽に入りやすいよう配慮をしてある。


 本棚には色々と難しそうな内容の分厚い本から勉学に関する本もあれば、図書室の堅苦しいイメージを払拭(ふっしょく)しようと何かの知識になるような漫画も揃っている。


 そして少しでも活字に触れて欲しいという思いからライトノベルも本棚を一つ埋める程に用意しており、昔の名作から一昔前に流行った作品は勿論、更には今流行(はや)りの異世界モノまで完備していて、金銭面で辛い学生には助かるだろう。


 他の生徒の邪魔にならないよう窓際の一番端に三人は静かに移動し、栄子と小織は隣同士で座って津太郎は二人と向かい合わせになるよう座ると時間もあまり無いのですぐに勉強を始める。


 教科は移動中にあらかじめ決めておいた数学一つに絞って栄子が二人に教え続け、津太郎と小織は頭を悩ませ苦しみながら栄子の頑張りに応えようと努力し、たった三十分、されど三十分に渡る勉強会が終わった。


「疲れた~……昼休みに勉強だなんて人生で初めてよ……まぁ宿題を写すぐらいならやってたけど」


 小織はテーブルに倒れ込むようにグッタリした様子で言う。普段やらない分、負担も大きかったのかもしれない。


「もう、宿題はちゃんと自分でやらないと駄目だよ──でも今日はお疲れ様、頑張ったね」


 栄子は涼しい顔で勉強に使う筆記用具やノートをカバンの中に片付けた後、小織に微笑みつつアメとムチの『アメ』を与える。


「何で栄子はそんな平気なのかしら……三十分という授業の半分以上の時間を費やしたのに何ともないなんてアタシからすれば信じられないわ」


 小織は倒れ込んだまま栄子の方に顔を向けているが、長い薄茶色の髪が顔に掛かったその状態は少しだけ不気味なように思える。


「そ、そうなのかなぁ……三十分勉強しただけで大袈裟なような……教見君も大丈夫? 何だがとても静かだけど……」


「教見もきっとアタシみたいに普段こうやって勉強しないから疲れてるのよ。 ねっ?」


 小織は身体をゆっくり持ち上げると両手を頭の後ろに組んで今度は津太郎の方へ顔を向ける。 軽くウインクをしたのは同類と主張したいのだろうか。


「──あ、いや、違っ……」


 津太郎の言葉はどこか歯切れが悪い。


「もしかして勉強するの嫌だったとか……?」


 申し訳無さそうな表情をする栄子に津太郎は首を横に振り、誤解を解こうと口を開く。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ……! 別に迷惑とかそういうのじゃなくてさ」


「じゃあ何なのよ」


 どこか落ち着きのない津太郎に小織が栄子の代わりに答える。


「──加賀とまた会ったらどうしようと考えてたんだ。 俺の中では今も学校中を探し回ってるイメージがあってさ、もしここへ来たらと思うと色々としんどいし……」


 津太郎にとって加賀愁(かが しゅう)は別に悪い子ではないと分かっていても、第一印象があまり良くなかったせいか警戒心が強くなっていて、苦手意識も若干ながら持ってしまっている。


「まー、あの子の行動力がなかなか侮れないのは確かね。 昨日の事もそうだけど、少し前にあったアレを撮影しに行こうだなんて普通は思わないわよ」


 小織はそう言いながらカバンをテーブルの上に置き、荷物を片付ける。


「アレってなんだ?」


 当然の事ながら、小織の言う『アレ』について津太郎は全く分からない為、即座に質問をする。


「ほら、運動場の件の前日に学校全体が赤い光に囲まれたり、凄い音で皆がパニックになった時があったじゃない?」


 津太郎は小織の言葉で謎の幾何学模様(きかがくもよう)が羅列した赤く巨大な円、通称『魔法陣』を廊下から見た光景が頭の中をよぎる。


「あぁ、覚えてるけど……それがどうかしたのか?」


 だが魔方陣と愁がどう関係してるのか津太郎はピンと来ない。


「あの時、外に出て何が起こってるかスマホを使って撮影してた一つ下の学年の子がいる──と言ったの覚えてないかしら?」


「あー何か言ってたな……ん? 一つ下ってまさか……あのSNSに写真載せてたのは──加賀なのか!?」


 津太郎はその次の日の朝、小織が教室の入り口でSNSの中の写真を見せてきたのを思い出して思わず声を上げる。


「きょ、教見君……! 声が大きいよ……」


「あ──」


 栄子に小声で注意された後、津太郎は周りを見渡すと図書室を利用している他の生徒達から明らかに不満そうな目で見つめていた。

 津太郎は内心焦りつつ周りの人達にぎこちない笑顔で頭を下げると、見ていた生徒達は定位置に体勢を戻す。

 

 それを見て何とか許してもらえたと思った津太郎も身体を真正面に向け、一息つくと片付けを終えた小織は自分のスマートフォンをいじりながら声を出す。


「そうそう、あの時に見せたSNSのアカウントの持ち主は加賀ちゃんの物なのよ。 流石にあんな何が起こるか分からない状況で外に行くなんて危険行為をした人は他にいなかったわ」


 そう言いながら小織が津太郎の目の前に手を伸ばして自分のスマートフォンの画面を見せると、そこには愁のSNSのプロフィールやアイコン、フォローとフォロワーの数が映っていた。


 プロフィールには『現役高校生にして動画配信者』である事をアピールしており、自分のチャンネルと思われるリンク先も貼ってある。

 アイコンは意外とシンプルに制服を着た愁が笑顔でピースサインをしてる画像で、そこまで凝っていない。


 あの時は載せてある写真にしか意識がいかず他を疎かにしていたが、まさか愁が撮影していたとは考えもしなかった。

 そして分かったと同時にあの小さな身体の中に秘められている行動力の凄まじさを津太郎は改めて認識する。


──徐々に周りの生徒達は立ち上がって移動をし始めるのを見た栄子は二人の話に割り込む。


「えっと……私達も教室に戻った方がいいんじゃないかな」


 その言葉を聞いた小織が壁に掛けてある時計を見ると、針は既に午後の授業が始まる五分前を指していた。


「栄子の言う通りね。 あまり時間も無いし早くここから出ましょ」


 小織の一言で三人は一斉に立ち上がると、そのまま図書室から出ようと歩き始める。


 津太郎がライトノベルの置いてある本棚の横を通り過ぎようとした際、何となく歩きながら棚の中を確認していると、隅の方に置いてある一冊のタイトルに目が奪われた。


 時間があまり無いと分かっていながらも立ち止まってその一冊の本を手に取る。

 

 その表紙には『あなたは異世界を信じますか?』という作品名が上の方に白色の文字で書かれていて、他にはそれぞれ髪の色と髪型、服装が全く違う四人の美少女が雲一つない青空を背景にした草原に立っており、一番手前にいる茶髪のメインヒロインらしき子が笑顔で手を差し伸べたイラストが載っている。


(異世界……か)


 昔なら信じなかった異世界も今は東仙一輝とうせん いっきがきっかけで色々と考えるようになり、本当に存在するのではと津太郎は僅かながら思うようになっていた。

 そのような状況でこういった名前の作品を目にしたら気になるのも無理はない。


 津太郎は表紙を確認した後、裏面に書かれているあらすじを読もうと思っていた時、入り口付近にいる小織から声が掛かってきた。


「ちょっと教見! 早くしないと授業に遅刻するわよ!」


 小織の呼びかける声に反応した津太郎は手に持っていた本をすぐ棚へ戻すと二人の元へ向かう。


「悪い悪い。 ちょっと気になった本があったからつい……」


「言い訳はいいからもう行くわよ!」


 小織はそう言うと栄子の手を引っ張るようにして教室へ走り出す。


「いっ、いきなり引っ張らないでぇ~~!!」


 二人があっという間に図書室から離れていく中、津太郎は少しだけ後ろへ振り向き──。


(放課後にでも借りに行くか……)


 そう決めると先に教室へ向かった二人に追いつくよう、危なくない程度の速度で走り出す。


──何事も無く平和に授業が終わった放課後。


「や……っと終わったぁっ……!──今日は一日中勉強したから疲れがヤバいわね、帰ったらすぐ寝ちゃいそう」


 授業から解放されて思いっきり背伸びをした小織が栄子と一緒に津太郎の元へと来る。


「帰ったら今日の復習して、それから明日の予習もしないと駄目だよ♪」


 気が緩んだ所に栄子は優しく、そして悪気無くサラッと言う──しかしその一言は小織にとっては不意打ちのようだ。


「……そ、そうね。 やれたらやるわ……!」


 他にいい言葉が思い付かなかった小織は模範的返答しか出来なかった。


(それ絶対しないパターンのやつだろ)


 小織の言葉に津太郎が反応したら、それはそれでややこしくなりそうなので心の内に留めておく。


「──二人共、悪いけど図書室に用事あるから教室でちょっと待っててくれないか」


 すぐ戻ってくるのにわざわざ付いてこさせる必要はないだろうと思い、津太郎は二人をここで待たせて図書室に行こうとする。


「教見君が図書室だなんて珍しいような……」


 普段ならすぐ学校を出る津太郎が今日に限って図書室へ行く事を栄子は不思議に思う。


「昼休みの終わりごろに持ってた本でも興味があるんじゃないの? じーっと眺めてたし」


「まぁどんな内容か気になってちょっと読んでみたくなってな」


 栄子は津太郎のその言葉に両手を顔の近くで合わせて喜ぶ。


「でも私は嬉しいなぁ。 いっつもゲームしてるかベッドの上でダラダラしてるだけって美咲みさきおばさんが言ってたから本を読んでくれるだなんて思わなかったよ♪」


(母さん……頼むから栄子に余計な事を吹き込まないでくれ……)


 だが美咲の言う事が正しい為、津太郎は何も言い返せない。


「──じゃあ早く図書室に行ってきたら? その間にアタシは……栄子にちょっとでも宿題を見てもらおうかしらね」


 小織が早く行くよう促すと手に持っているカバンから今日の分の宿題を取り出して近くにある椅子に座る。


「分かった、じゃあさっさと借りに行ってくる」


 津太郎はそう言うとカバンを机に置いたまま廊下へ飛び出す。

 ただ、栄子と小織を自分のせいであまり待たせたくない津太郎は図書室までなるべく急いで向かおうと小走りで廊下や階段を突き進んでいた。


 そのおかげで五分も経たない内に特別校舎へ繋がる一階の渡り廊下に辿り着く。

 幅の広さは五人が横一列に並んでも余裕で歩ける程だ。

 

 放課後は特別校舎に用がある人が少ないのか渡り廊下の近くに人はいない。

 それを確認した津太郎はそのままの勢いで入り口に入ると、すぐそばから出てきた小柄の女子生徒と津太郎はぶつかりそうになる。


「きゃっ!?」


 女子生徒は反射的に顔を手で防ぎ身を庇う動作をしながら、甲高くも可愛らしい驚きの声を咄嗟に出す。

 その声は特別校舎の廊下に響き渡り、目の前にいた津太郎は思わず耳を塞ぎそうになった。


「す、すみません! 大丈夫ですか!」


 津太郎は危うく自分のせいで危ない目に遭わせそうになった事を真っ先に謝る。


「い、いえいえ! 自分なら全然大丈夫ですので気にしないで──ってあれ?」


 女子生徒が身を庇うのを止めて顔を見上げると津太郎はその子と目が合う。


「あっ……」


 そこにいる女子生徒と会うのは初めてではなかった。


「誰かと思ったら昨日ぶりですね! 教見せーんぱい♪」


 何故なら目の前にいるのは昨日会ったばかりの加賀愁だからだ。 

この作品に評価して下さった方、本当にありがとうございます! とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ